5話 騎士の間
「お待たせ致しました。遅くなりまして申し訳ございません」
ライカは騎士の間に入ると彼女を待っていたヴォードとダレスに頭を下げた。フェリシアとこの部屋を後にしてから四半刻近く経過している。どこかへ寄り道したわけでもなく、ただ騎士の間とフェリシアの部屋を往復しただけで、だ。それほどにこの城は広い。
「謝る必要はないって言ってんのに、ライカも律儀だな」
ヴォードが苦笑しながらライカに近づいてくる。
「お待たせしたことは事実ですから。グレアス様のお姿が見えませんが、お帰りになられたのですか?」
ライカの言うとおり騎士の間に第二騎士団長の姿はなかった。
「ああ、何でも急ぎの用があるんだとか。本人は嫌々って感じだったけどな」
「左様でございますか。では、本日はヴォード様とダレス様のお相手をすればよろしいのですね」
フェリシアが座っていた椅子の後ろに足音一つ立てずに移動する。背もたれの裏側にある小さな取っ手を引くと、その部分がぱかりと開いた。中には一本の細身の剣。ライカは剣を手に取るとそっと扉を閉めた。椅子から離れて部屋の中央に移動する。
ライカが剣を手にしたことからも分かるように、彼女の言う“相手”とは手合わせのことだ。約一年前、何の気まぐれかレヴァイアが三人の騎士団長にライカの正体を話した。それを聞いたヴォードがライカと戦いたいと言いだしたためにこの手合わせが始まることになった。最初はヴォードだけだったのだが、ダレスとグレアスも加わるようになり、今では定期報告の後で手合わせをすることが当たり前のようになっていた。
「まずは俺からでいいか?」
ヴォードが嬉しそうに黒い瞳を輝かせながらちらりとダレスを見やる。
「ああ」
ダレスは低めの声で短く答えた。彼はライカがこの部屋に入ったときから微動だにしていない。ずっと腕を組んで壁にもたれかかったままだ。一見すると、これからすることに全く興味がないように見えるが、そうではない。これでもダレスは上機嫌なのだ。
「よし! じゃあ合図頼むぜ」
ヴォードは両腰に一本ずつ下げられた二本の長剣を抜き、ライカから少し離れた場所に向かい合って立つ。彼は二剣で戦うことを好む。「格好いいから」というだけの理由なのだが、強いので文句を言う者は誰もいなかった。真似しようとする者もいなかったが。
「よろしくお願い致します」
頭を垂れてからライカも鞘から剣を抜く。鞘は腰に巻いてある帯に差した。右手に持った剣を軽く振って感触を確かめてから剣先を床に向けて静止する。
暗殺、つまり対象を密やかに殺すことばかり教えられてきた彼女に、構えるという概念はなかった。
「いつも通り本気で行くからな」
ヴォードは左足を引き顔の前で剣を交差させる。隙だらけの構えなのだが、やはり格好いいからという理由で彼はこの構えを気に入っていた。
「始め」
ダレスの出した合図と同時にライカの姿が消える。見えたと思ったときにはヴォードの剣に打ち込んでいた。剣と剣がぶつかり合う音が部屋に響く。
「くうっ、早い早い。やっぱり速さでは敵わねえな」
ライカの剣を力で押し返すと、今度はヴォードが斬りかかった。常人にはとても避けられない速さで繰り出されるヴォードの剣を、ライカは紙一重でかわし続ける。しばらくその状態が続いたが、突然彼女は後ろに大きく跳んでヴォードと距離をとった。そしてヴォードの上に跳躍し身体を回転させながら彼の背後に着地する。と同時にヴォードの背中めがけて眼にもとまらぬ速さで剣を突いた。
がきぃっっ!
ライカの攻撃はヴォードが振り向きざまに振るった剣によって受け止められた。それから遅れて、広がっていたライカの服の裾がふわりと元に戻る。
「今のは結構危なかったぜ」
「ご冗談を」
剣を交わらせたままする会話。ライカは無表情だがヴォードは違う。楽しくて仕方がないといった感じだ。事実、彼はこの状況を心底楽しんでいた。
「そんなに冗談でもないんだけど、なっ」
ライカの剣を右手の剣で受け止めたまま、左手の剣を彼女に向かって振りおろす。ライカは素早く後ろに跳んで避けると正面からヴォードに斬りかかった。呼吸する暇すらないほどの連撃。それを全て防ぐヴォード。攻撃をする側も受ける側も常人の域をはるかに超えている。
「そこまで」
ダレスの一言で二人の動きがぴたりと止まる。適当なところで止めないといつまで経っても決着がつかないため、見ている者の判断で終わりを合図する決まりとなっていた。ライカとヴォードは剣を鞘におさめると向かい合って軽く一礼をする。あれだけ激しい動きをしたにも拘わらず、二人とも息一つ乱れてはいなかった。
「次はダレス様でございますね」
「ああ」
ダレスは壁に立てかけていた己の身長近くある大剣を持つとヴォードと入れ替わるようにしてライカの前に立った。剣を抜くと鞘をヴォードに向かって放り投げる。
「うおっと、相変わらず人を使いやがって。置いてから行けっての」
危なげなく掴み取るとヴォードはぶつくさ言いながら鞘を床に置いた。というより落とした。ダレスはヴォードを睨むが彼は全く気にしない。ダレスが本気で怒っているわけではないとわかっているからだ。ヴォードは先ほどダレスがしていたように壁にもたれかかると開始の合図を口にした。
「用意はいいかい? ……じゃあ、始めっ!」