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緋の扉 改訂版  作者: 緋龍
避けられない戦い
35/36

35話 真の王

「御姿が見えないとバルドゥクの方々が顔を青くしておられました、陛下」


 がらんとした厩舎に一人たたずむ男にライカは後ろから声をかけた。


「ライカちゃん、よく俺がここにいるって分かったわね」


 ここで会うのは三度目になる。一度目と二度目は、侍女と馬の世話係として。そして今回は、侍女と王として。

 今の煌びやかなバルドゥク国王の正装も似合っているが、下働きの服の方が彼――ディーには相応しい気がした。堅苦しい衣装は彼らしくないと思ったのだ。これからは毎日着ることになるのだろうが。


「陛下がこちらに歩いていかれるのが見えましたので」


 ライカたちは今日、この国を去る。その前に会っておきたかった。ずっと返しそびれていたものを渡すために。


「陛下、ね。これからずっとそう呼ばれんのかと思うとげんなりするわ」


 ライカの方を振り返った新王は、首を振って心底嫌そうな顔をした。


「後悔しておられるのですか」


「俺のせいで死んでしまった奴に誓っちゃったからね、王になるって」


 軽い口調で言うディーの金色の瞳には、確かな哀しみの色が宿っていた。ライカの言ったとおり、彼は後悔しているのだ。王になったことではなく、王にならなかったことを。

 揃って厩舎を出る。空は旅立ちに相応しい澄んだ青一色だった。歌うような鳥のさえずりが聞こえてくる。


「……陛下は良い王になられると、私は思います」


「血塗れの王、だけどね」


 ヒュザードの手から落ちた王の証は、血に染まり黒い鞘が黒ではなくなっていた。あの剣で誰かが斬られたわけではない。だが、あれを欲した男と欲しなかった男のせいで、多くの血が流れたのは、紛れもない事実。なかったことには出来ない。


「私はもう戻ります。バルドゥクの皆様には大変お世話になりました」


 戴冠式の日以降、常にダレスが傍にいるようになった。何故か離れようとしないのだ。彼が騎士に呼ばれて部屋から出ていった際、エルが「重症ダナ」と呟いた。確かに黒曜石が刺さった太腿は五日経った今も痛むが、重症と言われるほどではない。何が重症なのかライカには分からなかった。同じ部屋にいたレヴァイアは声を上げて笑っていたが。

 そろそろ戻らねば迷惑をかけてしまうだろう。理由は定かでなくとも、多忙なダレスを煩わせるわけにはいかない。


「ねえ」


 一礼して去ろうとしたライカをディーが呼び止める。下げていた頭を上げて見れば、彼はいつになく真剣な顔をしていた。


「ライカちゃんさ、ここに……この国に残らない?」


 それは誘いであり告白だった。

 自分を必要としてくれている。素直に嬉しいと思った。だが――


「……私にも誓った女性ひとがいますので」


 共に在るとフェリシアに誓った。それを破るわけにはいかない。

 ディーの想いに応えられないことに、ライカの心が少しだけ痛んだ。


「そっか、ざんねん。俺を支えて欲しかったんだけどねえ」


 バルドゥク国の新たな礎となったディーは、大げさに肩を落とす。


「陛下を支えて下さる方なら、たくさんいらっしゃるではないですか。あの方もその一人です」


 自分たちに近づいてくる人影にライカは視線を向ける。 


「あれは、ザハーノか」


「それに、これも」 


「カンテラ?」


 ライカが差し出したカンテラをディーは怪訝そうに受け取る。


「前が見えない暗い道を明るく照らしてくれます。どうか進む未来みちを間違われませんよう――失礼致します、バルディオ陛下」


 深く頭を垂れると、ライカは向かってくるザハーノとは反対の方に歩き出した。


「ちょ、ちょっと待っ」


「陛下! 何をなさっておいでです! 三国とも出立の準備はとうに終えられているのですぞ」


 ライカを止めようと手を伸ばしかけたディーだったが、特務部隊隊長の厳しい声に動きを止める。舌打ちして「わざとじゃないだろうな」と呟くと、「何か仰いましたか」と真顔で睨まれた。バルドゥクの英雄のことは嫌いではない。しかし、彼の真面目過ぎる性格だけは好きになれなかった。ザハーノに言えば「貴方は不真面目過ぎます」と反発されるのは確実なので口にしたことはないが。


「なーんにも。すぐに行きますよー」


 言いながらすたすたと歩き出す。すぐにザハーノもついて来た。


「もう少し王としての自覚を……陛下? 何故そのようなものをお持ちになられておるのですか?」


「それは――この国には光が必要だからさ」


 ディーは空高く光り輝く太陽にカンテラをかざした。

 バルドゥク国第十九代国王バルディオ・ルツァ・バルドゥク。型破りの名王と後世に名を残す彼の治世が始まりを告げた瞬間だった。


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