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緋の扉 改訂版  作者: 緋龍
避けられない戦い
33/36

33話 銀と銀

 ダレスが猛烈な勢いで攻撃を繰り出す。ロウジュも迫る大剣をぎりぎりのところでかわし、反撃に出るものの、彼の攻撃は全てダレスに読まれていた。

 いくらロウジュが凄腕の暗殺者といえども、面と向かって戦うのであれば、通常の戦闘と変わらない。それにライカとの手合せで、素早い攻撃にも慣れている。


「はっ!」


「くっ」


 ロウジュの腕に裂傷がはしる。彼は大きく後ろに跳んでダレスとの距離をとった。人形のように無機質だった紫の瞳に感情が浮かぶ。焦りか、苛立ちか。いずれにせよ、人間らしくはなった。しかし、だからといってダレスが攻撃の手を休めることはない。大剣を構えなおすと、ロウジュに向かって駆け出した。

 黒の暗殺者は硬い廊下の床を蹴って左横に跳び、壁にぶつかる直前に態勢を変えて今度は壁を蹴って右上に高く跳ぶと、真下にいるダレスに短剣を連続で放った。 


「死ね!」


 降り注ぐ刃をダレスは前方に転がって避ける。すぐに立ち上がろうとしたが、床に着地したロウジュの方が早く、彼の繰り出した蹴りで大剣が手から離れた。剣は床を滑り壁にぶつかる。


「ちっ」


「これで終わりだっ!」


 片膝をついているダレス目がけてロウジュは短剣を振り下ろす。彼の腕を掴んで攻撃を防ごうとしたダレスだったが、きらりと光るものを視界の片隅にとらえ、身体を捩じりながら床に倒れる。そして、もう一度短剣を振り下ろしてくるロウジュの身体と、すれ違うようにして上半身を起こした――。


「なっ……いつの、ま、に」


「貴様がいたのだ」


 膝から崩れ落ちるロウジュを、立ち上り見下ろす。黒の暗殺者の胸には、彼自らが放った短剣が深々と刺さり、赤い血の花を咲かせていた。


「かはっ、くぅっ、ご、ごめん、セア、ル、グ、もう、いっしょ、にいれ、な――」


「…………」


 とさりと倒れた暗殺者の瞳から光が失われていく。胸の内に何らかの感情が浮かびかけたが、ダレスはそれを押しとどめた。この男は罪を犯した。だから彼の命を終わらせた。ただそれだけのこと。そう、ただそれだけの――。


「ライカ、今行く」


 大剣を拾ったダレスは、自分が殺した男にもう一度視線を向けてから、聖宣の間を目指して駆け出した。 


 血に染まった聖宣の間で激しい戦いを繰り広げるライカとセアルグ。

 ライカは衣装の下に忍ばせていた暗器はを全て使い果たし、床に落ちているバルドゥク兵の剣を武器にしている。しかし、セアルグの指弾の威力はすさまじく、飛んでくる黒曜石を下手に受けるとすぐに折れてしまう。すでに三回も剣を持ち替えていた。


「腕は落ちていないようだな」


 言いながらセアルグが放ってくる指弾を、弧を描くように宙を舞ってかわすと、ライカは距離を一気に詰めて彼に斬りかかった。身体を後ろに反らすセアルグ。しかし、完全に避けきることは出来なかった。

 はらりと黒い布が床に落ち、見えなかった顔が露わになる。


「貴方は腕が鈍ったのではありませんか」


 短い銀の髪に血のように紅い眼。十年ぶりに見た兄の顔には、額から左眼、頬にかけて大きな傷痕があった。


「ご覧のように片目なものでね。そこらの人間を殺すのには何の支障もないんだが……お前相手だとそうもいかないようだな」


 眉尻を下げて肩を竦めるセアルグ。だが、次の瞬間には一変して険しい表情になり、足元に落ちていた剣を蹴り上げた。指弾を放ち、それをライカが身体を捻ってかわす間に空中で回転する剣を掴み、着地ざまに振るう。


「っ!」


 セアルグの剣を受け止めたものの、無理な態勢だったために身体が大きくよろめく。


「油断は禁物、だ」


 セアルグの蹴りを腹にくらい、ライカは血が飛び散った壁まで吹っ飛び、背中から激突した。


「くっ、かはっ」


 衝撃で一瞬呼吸が止まる。しかし、すぐに次の攻撃がくる。身体に走る痛みを無視して、ライカは向かってくるセアルグ目がけて地面すれすれを駆けた。


「甘いな、っ、なにっ!?」


 ぽたり、ぽたり。血だらけの床に、一滴、また一滴と赤い雫が落ちる。

 それはライカの血であり、セアルグの血でもあった。

 ライカは飛んできた黒曜石を避けずに、剣をセアルグに投げつけた。結果、ライカの左太腿には黒曜石が、セアルグの右肩には剣が、それぞれ突き刺さった。


「いざというときには己の命を賭けた策に打って出る。貴方から教えてもらったことです、セアルグ」


「……そうだったな」


 セアルグは黒衣を貫き肩に刺さる剣を抜き、無造作に投げ捨てる。相当の痛みがあるはずなのに、彼の表情は全く変わらなかった。


「もう終わりです。その肩では指弾を放てないでしょう」


「確かに。だが――」


 セアルグは黒衣をはためかせて身をひるがえすと、聖宣の間から飛び出した。ライカも慌てて後を追う。

 聖宣の間の外は、等間隔に大きな窓が並ぶ一直線の長い廊下。壁には絵が掛けられているが、武器になるようなものは一つもない。ここは城の最上階であり、逃げ場もない。


「セアルグ、何を!?」


「さらばだ、美しき妹」


 そう言うとセアルグは左手で放った指弾で一番手前の窓を割り、床を蹴ってそこから外に身を躍らせた――。 


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