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緋の扉 改訂版  作者: 緋龍
避けられない戦い
32/36

32話 黒と黒

「ダレス! いるかダレス!」


 聖宣の間へと続く扉が勢いよく開かれると同時にレヴァイアが駆け込んでくる。どす黒い空気をまき散らして、自国他国問わず同じ部屋にいた騎士や兵士を怯えさせていたダレスは、壁に立てかけていた大剣を持ってさっと椅子から立ち上がった。


「何事でございますか、陛下」


 レヴァイアの後ろからナヴォルディスやバルドゥクの兵士も控えの間に入ってくる。息も絶え絶えのシャラトゥーラは部屋に足を踏み入れた途端に床にへたり込んでしまった。


「シャラトゥーラ様!」


「ナヴォルディス陛下!」


 控えの間で戴冠式が終わるのを待っていた兵士たちが、自分たちの王のただならぬ様子に血相を変えて駆け寄る。 


「セアルグが聖宣の間に現れてヒュザード殿を――いや、その話は後だ。ダレスよ、バルディオ王子の許に行ってくれ。私たちを逃がすためにゼフマーと共にセアルグの手の者と戦っているのだ」


 レヴァイアの服の裾は赤黒く変色していた。視線を巡らせれば、他の王の服にも同じような染みがあり、バルドゥクの兵士の鎧には血飛沫ちしぶきと思われる血痕が付着している。一人二人死んだくらいでは、まずこのような状態にはならない。


「セアルグの手の者――ロウジュ」


 ライカに怪我を負わせた黒髪の暗殺者。奴ならばそこらの兵士が束になってかかったところで敵うまい。


「ああ、確かそのような名だった」


 レヴァイアが頷く。何故セアルグはバルドゥクを裏切ったのか。いや、それよりも囚われの騎士、ゼフマーを助けるために、兵士に成りすまし聖宣の間に入り込んだはずのライカは無事なのか。

 尋ねようとして、寸前でダレスは思いとどまった。彼女の存在は騎士さえ知らないのだ。このような大勢がひしめき合う場で訊くなど出来るはずもない。たとえ誰も自分たちの会話に注意を向けていなくても、どれほどライカのことが心配でも。

 ダレスは血が出るほど強く拳を握りしめると、レヴァイアに頭を垂れた。


「――すぐに向かいます。フォレス、ザハーノ殿のところに事態の説明をしに行け。シルグは俺と来い。残りの者は全力で陛下をお護りしろ」


「はっ!」


 騎士とレヴァイアの近衛に指示を出し、控えの間を出て広く長い廊下を駆ける。

 早く、早く――。

 突き当りの扉をくぐり、応接室のような部屋に入り奥の扉からまた廊下に出ると、剣同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 直角に折れた廊下を曲がる。


「あれは」


 廊下の先で激しくやり合っている三人の姿を見て、ダレスの足が止まった。

 一人は自分の部下、ゼフマー。彼の攻撃を容易くかわしているのは、ファラムルで会った男、ロウジュ。そして残る一人、ゼフマーの隣で巧みに剣を操っているのは――厩舎でライカと話していた男だった。兵士の恰好をしており髭もなかったが、厩舎での出来事は悪夢として脳裏に焼き付いている。見間違えるはずもない。


「あの男が、王子」


 ライカは知っていたのだろうか。己の話す相手がこの国の王子だと気付いていたのだろうか。

 どうでもいい考えがダレスの頭をよぎる。


「団長? どうかされましたか?」


「いや」


 シルグに声をかけられ、ダレスは頭を振って浮かんだ考えを遠くへ追いやった。今は余計なことに気を取られている場合ではない。知りたいのなら後で訊けばいいのだ。彼女に直接会って。


「あの男は俺が一人で相手する。お前は二人を」


「分かりました」


 シルグが眼で頷くのを横目に剣を抜き鞘を床に落とす。ふっ、と息を吐いた次の瞬間、ダレスは三人との距離を一気に詰め、ロウジュに向かって剣を振りかざした。空気がうなる低い音がする。


「ゼフマー、よく持ちこたえた。もう下がれ。王子殿下もお下がりください」


 ゼフマーと王子の前に出て、短剣を構えるロウジュを睨みつける。


「ダレス団長! はっ!」


 ダレスを見たゼフマーの顔に、一瞬安堵の色が広がったが、すぐに表情を引き締め、じりじりと後退を始めた。彼の身体にはロウジュにつけられたと思われる傷がいくつも出来ており、服を赤色に変えている。


「ローディスの騎士団長さんのお出ましかぁ。助かったわ。ちょっときつくなってきたと思ってたのよね」


 灰色の髪の王子の口調は場違いに軽いものだったが、その口調とは裏腹に、彼の額にはびっしりと汗が浮かび、左手の指先からは血が滴っていた。鎧に覆われていてもどうしても防御が弱くなる部分がでてくる。その弱い部分――鎧の継目にロウジュの放った短剣をくらったからだった。すぐに抜いたものの、出血はまだ治まっていない。


「シルグ」


「はっ。殿下、参りましょう。すぐに手当てを致します」


「ほいほい、ありがとね」


 ゼフマー、シルグ、王子の三人は後ずさりしながらロウジュから離れ、くるりと踵を返して走り去っていった。


「お前、ファラムルで邪魔した奴」


 ゼフマーと王子とずっと戦っていたにも拘わらず、ロウジュの顔には汗ひとつ浮かんでいない。黒い服に血がついているが、全て返り血だろう。


「この前は逃がしたが、今度はそうはいかん。ローディスにあだなす者を許しはしない。貴様を殺す」 


「誰が来ても同じ。俺には勝てない。死ね」


 何の感情も篭っていない声でそう言うと、ロウジュは眼にも止まらぬ速さでダレスの喉目がけて短剣を繰り出した。ダレスはそれを大剣で振り払う。ロウジュの短剣は空を裂いて廊下の壁に突き刺さった。


「ローディスの騎士を甘く見るな!」


   

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