27話 戴冠式
ヴァラファール大陸を治める四国全ての王城に共通する部屋、聖宣の間。城の最上階にある、戴冠式でしか使われない厳かな空気に満ちたこの部屋で、今まさに新たな王が誕生しようとしていた。
「ヒュザード・ザン・バルドゥク。貴殿を第十八代バルドゥク王と我ら三国は認める」
「バルドゥクに安定と秩序がもたらされんことを我ら三国は願う」
「王の証“黒き追憶の剣”を掲げ、我ら三国に誓約の言葉を」
ローディス王レヴァイア、ヴィアン=オルガ王ナヴォルディス、リムストリア女王シャラトゥーラが順に口を開く。どの国の戴冠式でも使われる定められた言葉。唯一違う点を挙げるとすれば、それは剣の銘。
遠い昔、ヴァラファール大陸にまだ国というものが存在せず各地で争いが絶えなかったとき。四人の若者が大陸に平和をもたらさんと立ち上がった。彼らは四対の剣をつくり、それを誓いの証として常に携えた。四人が誓いを守り、争いを収め国を建てたその後、四対の剣は王の証として代々受け継がれることとなった。
ローディスは“白き眩耀の剣”、ヴィアン=オルガは“蒼き慟哭の剣”、リムストリアは“紅き凄烈の剣”、そしてバルドゥクは“黒き追憶の剣”をそれぞれ有しており、公の儀式の際には帯剣する決まりがある。
「第十八代バルドゥク国王としてここに誓約する。強き心と鋭き眼を持ち、余は国を導く!」
柄に黒い石が嵌められた長剣を掲げた白髪の老人が、しわがれた声で言い終えた瞬間、扉が勢いよく開かれ、四国の王とバルドゥクの宰相クルツしかいなかった聖宣の間に、大勢の兵士がなだれ込んできた。さほど広くはない部屋が人で埋め尽くされる。全身を鎧で覆った兵士たちは、腰に下げた剣の柄に手をかけ三人の王を取り囲む。
「これは一体何事か! この部屋には王と宰相しか入れぬはずであろう」
若きリムストリアの女王、シャラトゥーラが新たな王を鋭く見据える。しかし、ヒュザードは全く動じなかった。
「リムストリア女王とヴィアン=オルガ王におかれては、この事態を静観していただくようお願いする」
「神聖な場を汚す正当な理由があると言うのだな?」
壮年のヴィアン=オルガ王、ナヴォルディスは、ちらりとレヴァイアに視線を向けてから“蒼き慟哭の剣”の柄を握った。
三十年前のバルドゥクとの戦いで彼は、まだ二十歳になったばかりだというのに先陣を切って敵の陣地に攻め入った。ザハーノとも一戦交えており、酒が入れば必ずそのときのことを語りだす。筆よりも剣を握るのを好む、生まれついての武人だった。
「もちろん。これよりその理由をご覧いただこう」
ヒュザードが“黒き追憶の剣”で床を突く。すると、開かれたままだった扉の向こうから一人の兵士が、ボロボロの衣服を身に纏った男を引き連れて現れた。腕は縛られ、全身には傷が。元は綺麗な赤髪なのだろうが、今は艶がなくくすんだ色になってしまっている。間違いなく、聖宣の間において兵士以上に相応しくない人物だ。
シャラトゥーラはあからさまに、ナヴォルディスは控えめに眉をしかめた。レヴァイアだけは、最初に兵士が入ってくる前と変わらず、同じ表情を保っていた。
「ローディス王、その者が誰かお分かりになられるか」
「さて、このような傷だらけの男に見覚えなどないが」
顎に手を当て、レヴァイアは悠然と答える。緊迫した空気をものともせず、むしろ楽しんでいるようにすら見えるその態度に、ヒュザードの頬がぴくりとひきつった。
「そうか。その者は、四日前に我が国の貴族、ミュリア侯爵を殺めた。貴殿の国の騎士だと、捕らえた者から聞いておる」
「見覚えがなくて道理。騎士は私ではなく『戦の護』に仕えし者。……さりとて見捨てるわけにはいかぬ、か。国を統べる者として私には民を守る責任があるからな。ヒュザード王よ、その男が犯人だという証拠を示していただこう」
「侯爵の館にて血濡れの剣を握っているところを我が国の兵士が捕らえた。これ以上の証拠があろうか」
「殺した瞬間を目撃したものはおらぬと? そのような状況証拠のみで決めつけるとは、些か早計ではあるまいか。その者は自らを罪人だと認めてないのであろう? そもそも他国の貴族を殺める必要がその者にはあるのかえ?」
「リムストリア女王陛下。これは我が国とローディスの問題。発言はお控えいただくようお願いいたします」
ヒュザードの後ろに控えるクルツが首を垂れる。慇懃だがどこか高圧的なその態度に、シャラトゥーラの細い眉が吊り上がった。叱責しようと口を開きかけた彼女を、ナヴォルディスが眼で制する。今は何も言わない方がいいと、その眼が語っていた。シャラトゥーラは怒りの表情のまま口を閉ざす。
「シャラトゥーラ女王と私も同意見だ。確固たる証拠なく我が国の民を罪人として扱うのはやめていただこう。即刻兵を引かせ、その男を渡されよ」
レヴァイアの言葉にシャラトゥーラとナヴォルディスが頷く。あまりに礼を失したヒュザードの振舞いに、二人とも不快感を露わにしている。
「その男が侯爵を殺したかどうかなどどうでもよい。ローディスが罪を犯したという確実な証拠が他にあるのだからな」
醜く顔を歪めて嗤うヒュザード。自信に満ちた老人の顔を見て、初めてレヴァイアの表情が動いた。
「そこの者、兜をとって顔を見せるがよい!」
ヒュザードが握る“黒き追憶の剣”は、男を引き連れてきた兵士に向けられた。




