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緋の扉 改訂版  作者: 緋龍
避けられない戦い
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21話 灰色の王都セデアニーア

「侍女殿、不快な思いをさせてしまったことを詫びる」


 ふぅ、と溜息を吐いてザハーノがライカの方を向く。精悍な顔には微かに疲労の色が浮かんでいた。いや、疲労というよりは怒り、或いはもどかしさといった方が正しいかもしれない。それも、侯爵にではなく、今のバルドゥクの現状に対して感じているようにライカには見えた。


「いえ、御礼申し上げなければならないのは私の方でございます。ありがとうございました、ザハーノ様」


 深々と頭を下げる。

 ギゼリ相手に負けるようなライカではないが、かといって力で抵抗するわけにもいかず、ザハーノがいなければもっと困った事になっていただろう。セアルグの企みも分からない今、余計な問題を起こして事態をさらに複雑にさせてしまうことだけは何としても避けたかっただけに、彼が庇ってくれて本当に幸いだった。


「やはりレヴァイア陛下にはここにお泊りいただくべきではなかった。あの男は我が国の恥……いや、今のは聞かなかったことにしてもらえるだろうか」


「もちろんでございます」


 苦々しげな口調から苦笑に変わった隊長に、軽く顎を引いて承諾の意を示すと、彼も頷き返した。


「感謝する。もう問題はないだろうから、安心して休まれるとよい」


「はい、ありがとうございます」


「ザハーノ殿、一つお訊きしたいことがあるのだが」


 ライカとザハーノの会話を黙って聞いていたダレスが、おもむろに口を開く。対峙する二人を見て、どことなく雰囲気が似ているようにライカは感じた。


「何であろうか、ダレス殿」


「ヒュザード王弟殿下は貴殿が忠誠を誓うに値する器の持ち主であられるか?」


 ダレスの問いかけに、ザハーノの太い眉がぴくりと動いた。剣の柄を握っている手に力が篭められ、和らいでいた雰囲気が再び張り詰めたものに変わる。


「……何故そのそのようなことをお訊ねになる」


 冷静を装ってはいても、壮年の隊長の低い声には様々な感情が含まれていた。

 唐突とも思える問い。だが、ダレスにはどうしても訊きたい理由があった。


「貴殿はバルドゥクの平和のために尽力なされてきた。三十年前のヴィアン=オルガとの戦でも、決して必要以上に剣を振るうことはしなかったと聞く。百戦錬磨の英雄、しかし常に規律を重んじ公明正大。そのような貴殿であれば、王弟ではなく王子が王となるべきとお考えではないかと思い、無礼は承知でお訊きした」


 ダレスは幼少のころバルドゥクの英雄の話を聞き、自分もそんな騎士になりたいと思った。他国の人間ながら、ザハーノはダレスにとっての目標だったのだ。だからこそ、彼の気持ちが知りたかった。傲慢で尊大と噂のヒュザードに仕えることが本当に正しいと思っているのか。


「私が忠誠を誓うものは今も昔も変わらない……ただ一つのみ」


 そう言うとザハーノはくるりと身をひるがえし、廊下を歩き去って行く。彼の声には微かにだが、確かに苦悩の色が滲んでいた。



 翌朝、ギゼリ侯爵の館を後にした一行は、夕二の鐘が鳴り響く、分厚い灰色の雲に覆われたバルドゥクの王都、セデアニーアに到着した。

 入口にいた大勢の兵士に周囲を囲まれるように警護されながら大通りを王城へと進む。

 ライカが馬車の中から城下の様子を窺うと、通りの隅からこちらを見る人々の顔には、一様に緊張と不安が色濃く浮き出ていた。

 戴冠式は盛大に祝われるべき行事。にも拘らず、喜びに満ちているとはとても言い難い彼らの様子が、次代の王がどのような人間であるかを如実に表していた。

 

「陛下がご即位なされたときは、国中の民がお祝いしたのだけれどねえ」


 同じ馬車に乗っている、もう一人のレヴァイア付きの侍女マーサがぽつりと零す。

 レヴァイアが生まれたときから彼の侍女をしていたマーサは、すでに六十を過ぎているのだが、年齢による衰えを全く感じさせない。ライカが彼女と初めて会った十年前と、髪の色以外何も変わっていないように見える。

 そういえば、以前レヴァイアが「マーサは実は人間ではなく、数百年を生きる地の民の仲間ではないのか」などと冗談まじりに言っていたのを、彼女の優しい瞳を見ながらライカは思い出した。


「バルドゥクの民の多くは、ヒュザード殿下の即位を望んでおらず、王子殿下に王になってほしいと願っているのだと思います」


 行方不明となっている王子は今どこにいるのだろう。ヒュザードの手の者に命を狙われてどこかに身を隠しているのだろうか。それともすでに葬られてしまっているのだろうか。


「どうにもならないことだと分かってはいても、なんとかならないものかと思ってしまうわね」


「……はい」


 ぽつり、ぽつり。水滴が窓にあたる。外を見れば雨が降ってきていた。空が静かに涙するさまは、バルドゥクの民の思いの表れのようだった。


 (この国で彼は、セアルグは一体何をしようとしているのでしょう)


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