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緋の扉 改訂版  作者: 緋龍
避けられない戦い
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17話 野営地

 レヴァイア一行が王都を出立して二日目の夜のこと。この日は付近に町がないため、開けた野原に天幕を張って野営をしていた。

 一番大きく、一番立派な国王の天幕を中心として大小様々な天幕が張られ、いくつもの箇所で篝火かがりびが焚かれている。

 その中の一つ、一番外側にある篝火の近くで見張りをしていた騎士二人は、辺りを警戒しながらも小声で会話を交わしていた。

 

「なあ、今回のバルドゥクの戴冠式、無事に終わると思うか?」


「さてね。でも何かある可能性は高いと思うよ。だからこそフェリシア様は団長に我らの同道を命じられたのだろうから」


 濃い茶色の髪の騎士の問いに、金色の髪の騎士が肩を竦めつつも頷く。


「そうだよな。まあ誰が向かって来ようが倒すだけなんだけどさ。それより……」


 濃い茶色の髪の騎士はそこで一度言葉を区切ると、天幕側に眼を向け近くに誰もいないことを確認してから、より一層声をひそめて続きを口にした。


「あの人が一緒に来るってお前知ってた?」


 二人のすぐ傍の篝火が大きな音を立てて爆ぜた。


「いや、知らなかった。出発のとき陛下の傍にいるのを見ても、見送りに来たのかと思ってたぐらいだよ」


「だよなー。あの人がフェリシア様から離れるなんてさ、予想外っていうか衝撃っていうか。ともかくびっくりだよな。でもさ、これって絶好の機会だと思わねえ?」


「機会って?」


 金色の髪の騎士がきょとんとした表情で訊くと、濃い茶色の髪の騎士は「鈍い奴」とこれみよがしに溜息を吐いた。


「あの人に話しかけるんだよ。こんな近くにいるんだ。この機会を逃すわけにはいかねえだろ」


「ほ、本気で言っているのかい?」 


 金色の髪の騎士はぎょっとなって身体を仰け反らせた。

 確かに、今まで遠くから眺めることしか出来なかった存在がこれほど近くにいるなど、滅多にないこと。濃い茶色の髪の騎士が言うとおりまたとない機会だ。

 名前だって覚えてもらえるかもしれない。

 だが、金色の髪の騎士には肝心の話しかける勇気がなかった。


「っておい見ろよ、あの人が陛下の天幕から出てきたぞ! しかもこっちに向かってくる!」


 ちらりとレヴァイアの天幕を見た濃い茶色の髪の騎士が、眼の色を変えて金色の髪の騎士の背中をばしばし叩く。

 もはや見張りどころではない。


「ど、どどどどどどうしよう、こ、ここ心の準備が」 


「お、落ち着け、落ち着けって」


 そういう濃い茶色の髪の騎士も動悸が激しいのか、胸の辺りを押さえて何度も深呼吸を繰り返している。

 勇敢でどんな敵にも立ち向かっていく強さを持っているはずの騎士が、たった一人の人間と話すのにうろたえるとは何とも情けない話だが、それも仕方ない。何せ相手は騎士の大半が想いを寄せている女性ひとなのだ。

 もうすぐ、もうすぐあの人と話すことができる。しかし、二人の騎士の胸の高鳴りは、一人の男によって一瞬で無に帰したのだった。


「何をしている」


「ひっ!」


 背後から声をかけられた二人の騎士は、冗談ではなく心臓が止まりそうになった。熱くもないのに背中と額から汗が滲み出てくる。

 振り返らなくとも後ろに誰がいるのかは分かる。出来れば振り返りたくはない。だが、そうしないわけにはいかなかった。

 何故なら彼らに声をかけたのは、


「ダレス団長!」


 自分たちが所属する騎士団の団長、ルークウェル・ダレスだったからだ。

 ダレスは、野営地の外を見回りを終えて己の天幕に戻ろうとしていたところだった。

 見張りをしているはずの騎士が何やら興奮して喋っているのを眼にし、何事かと思って近づくと、彼らの視線の先にはライカがいた。

 ただでさえ鋭いダレスの眼が、さらに鋭利になる。もはや凶器に近い。

 現にダレスに睨まれた騎士二人の寿命は確実に縮まっただろう。死者もびっくりなほど顔を青くしている。


「お前たち、今から王都に戻るか?」


 ダレスの問いかけに騎士二人は、千切れそうなほど勢いよく首を横に振る。彼らが必死になるのも当然。任務途中で帰されるなど恥以外の何ものでもないからだ。


「ダレス様、どうかされましたか?」


 眉間に皺を寄せて眼の前の二人の騎士をどうするか考えていると、いつの間にかすぐ近くまで来ていたライカに声をかけられ、ダレスははっと視線を上げた。

 同時に騎士の肩がぴくりと動く。


「いや……何も問題はない。ライカこそどうしたのだ」

    

「陛下より下がってよいとのお言葉をいただいたので、少し歩こうと思ったのです」


 ライカはレヴァイアの天幕でもう一人の侍女と彼の世話をしていたのだが、今日はもういいと言われたため、こうして外に出てきた。

 一日中馬車の中でじっと座っているというのは、なかなかどうして、楽なことではない。

 自分で馬を走らせる方が好きなのだが、侍女の姿でそんなことが出来るはずもなく、バルドゥクの王都に着くまで毎日馬車に揺られることになる。

 だから寝る前に歩いて身体を動かそうと思ったのだ。


「そうか、では付き合おう。一人では危険だ」


「よろしいのですか?」


 ライカの素性を知っている者が聞けば不自然な会話だが、知らない二人の騎士は、ただただ団長が羨ましかった。


「構わない。お前たちは見張りに戻れ」


「はっ!」


 自分が一緒に行きたいと思う気持ちと、任務を解かれなくて良かったと安堵する気持ちを、ひた隠しにして二人の騎士はさっと敬礼する。

 無様なところをライカに見られたくなかった。


「ではお言葉に甘えさせていただきます。フォレス様、シルグ様、見張りご苦労様です」


 濃い茶色の髪と金色の髪の騎士に一礼して、ライカはダレスとともに野営地の外へと歩き出した。このとき後ろを振り返っていれば気付いただろう。

 二人の騎士、フォレスとシルグが身悶えしながら喜んでいたことに。 

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