16話 それぞれの使命
「陛下、私もお連れ下さいませ」
仄暗い部屋の中、ライカの言葉に呼応するかのように蝋燭が揺らめく。
ここは緋の扉の先にある、契約の部屋。
バルドゥクの王が逝去したとの報告が、潜入中の騎士よりもたらされたのが、今より五日前。ライカがセアルグの生存を知った十二日後のことだった。
ヴァラファール大陸に存在する四つの国には、取り決めがいくつかあり、そのなかに、王座が空位となった場合、四十五日以内に次の王の戴冠式を執り行う、というものがある。
政を滞らせないためなのだが、問題は、戴冠式には必ず――その国と戦争中でない限り――他の三国の王が出席しなければならない、というところにあった。
表向きには友好関係にあるが、セアルグがローディスの貴族を唆して戦を起こそうとしていたことを考えれば、水面下で何らかの企みが進行している可能性は高い。
バルドゥク王が急逝したことにも疑問が残る。彼が大病を患い、病床に伏していた――そのため内政が不安定になっていた――のは周知の事実だったが、余命幾ばくもない、というほどではなかったはずなのだ。
「……フェリシアは、なんと?」
長い沈黙の後、ようやくレヴァイアが口を開く。
「姫様はお許し下さいました。陛下をお護りし、誰一人欠けることなく無事に帰ってくるように、と」
「そうか。なれば、私が反対する理由はないな。緋色の忠誠を誓いし者、汝の力全てをもって敵を打ち滅ぼせ――頼んだぞ、ライカ」
「御意のままに」
深く頭を垂れる。長い銀の髪がはらりと顔にかかった。
「何事もなければ、よいのだがな」
言葉とは裏腹に、戴冠式で何かが起こるだろうと、確信めいた口調でローディスの王が呟く。
「……はい」
同意するライカもまた、避けられないであろうかつての兄との戦いに、表情を硬くした。
「本日、書状を携えたバルドゥクの使者三名が国境の町を越え、我が国に入ったとの連絡を受けた。早ければ明日の夕方、遅くとも明後日の朝には着くだろう。ただの使いの者だとは思うが、一応調べておいてくれ」
「何か仕掛けてくると?」
「念のためだ。もし三人の使者のうち一人でもお前ほどの腕の持ち主なら、私一人を殺すくらいは出来るだろうからな」
形のよい唇の端を上げ、不敵に笑うレヴァイア。殺されるかもしれないというのに、どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「畏まりました」
ライカは立ち上って一礼し、薄暗い秘密の部屋を後にした。
フェリシアの私室からほど近い彼女の執務室に、三人の騎士団長とマールとエルが揃う。団長は執務机の前に並び、茶色の髪の侍女と地の民は後ろに控える。全員の視線は、優雅に椅子に座る部屋の主へと向けられていた。
「バルドゥクと表面上とはいえ友好関係にある以上、あからさまな人数の護衛をつけることは不自然です。しかし、何の手だても講じないわけにはいきません。そこで、ダレス団長」
一度言葉を区切り、透き通った蒼い瞳で黒髪の団長を見る。
「はっ」
「国王直属の近衛兵ももちろん同行しますが、それとは別に、貴方と第三騎士五名を国王の護衛に任命します。貴方が不在の間、団長代行は副団長が。五名の人選は一任します」
「畏まりました」
胸に拳を当て、ダレスが低い声で答える。
「グレアス団長は国境との連絡を緊密に行えるよう、第二騎士の配置を整えて下さい。ヴォード団長は海上の監視を強めるように」
ダレスから視線を横にずらし、フェリシアは薄青の髪の団長と赤い髪の団長を、順に見やる。
「仰せのままに」
「お任せ下さい」
二人とも自信に満ちた表情で、拳を胸に当てた。
「それから、ライカとエルもバルドゥクに行きます。ライカはお父様の侍女として、エルは……話し相手、かしら」
「ホウ。デハ王ヲ護ラナクテモ良イノダナ」
後ろを振り返って微笑むフェリシアに、エルが鼻を鳴らしながら近づく。
「冗談に決まってるじゃない。お父様をお願いね、エル」
深緑色の毛を撫で、フェリシアはエルの首に『戦の護』の紋章が入った首輪をかける。『戦の護』に近しい者だという証だ。ライカもマールも紋章の入った首飾りを服の下につけている。
「……承知シタ」
普段は嫌がって首輪をつけないエルだが、城の外に出るとあってはそういうわけにもいかない。ただの獣と勘違いされ、攻撃される恐れがあるからだ。
とはいえ、地の民が人間に負けることなど、そうはないのだが。無用な争いを避けるためにつける、というのが一番正しいだろう。
「国同士の戦になれば、必ず多くの民が犠牲になる。そのことを忘れないで下さい。『戦の護』の名において、貴方たちの進む先に加護を――この国の平和を脅かす者には、たとえ何者であれ容赦する必要はありません。私が、『戦の護』であるこのフェリシア・ローディスが、裁きの鉄槌を下すことを許します」
黄金色の髪を揺らして、毅然とフェリシアは宣言する。この国を護るのが『戦の護』に課せられた使命。城の奥深くに住み、民から敬われるだけの存在ではないのだ。
「『戦の護』に絶対の忠誠と絶対の勝利を!」




