1話 緋の扉
――どさり
「思ったより警備が厳重ですね」
足元に横たわる警備兵を冷たい銀色の瞳で見下ろしながら、黒髪の人物は低い声で呟いた。殺してはいない。少しの間眠ってもらっただけだ。無益な殺生はしないと、決めていた。
十年前、新たな生を与えられたその日から――
「任務完了致しました、陛下」
微かな灯りだけがともる暗闇の中、黒髪の人物は跪いて目の前に立っている男を見上げていた。灯りはゆらゆらとかたちを変え、ともすれば消えてしまいそうなほど頼りない。
「うむ」
陛下と呼ばれた人物が微かに頷く。
「証拠となる書類は、第三騎士団団長ダレス様にお渡ししております」
「わかった。いつも危険な仕事ばかりさせてすまない」
「いえ……」
「俺が言うのも何だが、命は大事にするのだぞ。お前が死ねば悲しむ者がいるのを忘れるな」
「承知、致しました」
黒髪の人物は深く頭を垂れると、音もなく姿を闇と同化させた。
「……人は皆等しく幸せを手にする権利があるのだ」
残された男の声は誰にも届くことなく灯りとともに消え、部屋に残ったのは静寂だけだった――
ヴァラファール大陸の中央に位置する国、ローディス。近年、目覚ましい発展を遂げているこの国にはさまざまな噂がある。有名なものもあれば、一部の人間しか知らないもの。限りなく真実に近いものもあれば、その逆も。その中でも特に有名で、かつごく一部の人間しか知らない噂が存在した。
『緋の扉』
王城のどこかにそう呼ばれる扉があり、その扉をくぐる者は王の密命を受けるのだという。けして表に出ることはなく、影からこの国の平和を守っている人間。その存在は真か否か。確かめる術は扉を見つけることなのだが――成し遂げた者は未だかつていない。