寄り道 シェロン 7
ようやくの更新です。
目の前の生き物を見上げて、思わず感嘆の息を吐く。
「おお、ワイバーン」
「やはり知っていたか」
カーマインの台詞に首を縦に振る。
カードゲームとか、精々ファンタジー系のアクションゲーム辺りでしか知らなかったけど…うん、成程ねぇ。
「結構個体差がある生き物なんだねぇ」
「竜族は特に、な。知能も矜持も高いから、下手な相手に近づくと噛み殺されるぞ」
ほー。
言っておくが、生態系の設定はしていないからね。とはいえ、ファンタジーの世界だから「こういうのも有りかな」なんて思ってはいたけどさ。
カーマインの騎竜は、漆黒でひときわ大きい。大きさのイメージで行けば、アフリカゾウより大きいんじゃないかと思う。
ゲームなんかのワイバーンのイメージよりは小さいけど、あんなのが沢山居るのも、なんだかって気がする。
「触れてみるか?」
「殿下っ!?」
「何を!?」
カーマインの言葉に慌てたような部下の人たちの声が聞こえた。ふーん、そんな危険な生き物に乗せようとしていらっしゃるんですか。
「問題ない…多分、な」
こいつ、と思いながら顔を上げるとカーマインの騎竜と目が合った。女は度胸よ、と半ば自棄気味に手を伸ばすと、身体を低くし擦り寄ってくる。うわ、可愛い…って、いい加減私もゲンキンだね。
「やはりな」
笑う気配に振り返ると、カーマインばかりじゃない、セレスもレイもそこに立って苦笑を浮かべている。
「ここの『生き物』はお前を傷つけぬ、ということだ、リーリア。『ヒト』以外はな」
『ヒト』人間と獣人の事だと理解する。魔族はそれに含まれない。勿論、神族も。
しかし、離れたカーマインの部下のヒト達は、別の意味で驚いていらっしゃった。
「あの『黒王』が」
「殿下とセレス殿以外、誰も触れさせぬ『黒王』が」
なんてことをざわざわざわとやっていらっしゃる。しかし、ふむ『黒王』ね。
「なかなか素晴らしいネーミングセンスですこと」
「遺伝だ」
しれっと言ってのけるカーマインに、思わず拳を握り締めてしまった。この場合、誰を指して『遺伝』と言っているのか、解らないほど私も馬鹿じゃない。
擦り寄ってくる黒王を撫でていると、さっきまでとか明らかに騎士の人たちの私を見る目が違う事に気が付いた。何て言うのか、どこか畏敬の念が含まれた、っていうか尊敬の眼差し、というか、どこかくすぐったい。
「こいつが此処まで懐く相手だ。騎竜乗りなら、誰でも見る目が変わる」
そこまで考えて…いないな、こいつ。黒王の事はただ単に確認したかっただけだろう。触らせれば十分、位で終わっていたはずだ。
呼ばれて、部下の人たちの元に行くカーマインを見ながら、そう結論を出す。そこまで複雑な精神構造を設定した覚えはないからね。まぁ、色々『持って』いるキャラクターではあるけどさ。
「母上」
困ったような顔のセレスに肩を竦めて見せた。やっぱり、洩れてた?
「俺やセレスは付き合いが長いからな。下手な連中よりお前にシンクロしやすい」
レイの言葉に大きく息を吐く。流石にカーマインには洩れていないよね。
「それはない。付き合いが長いとはいえ、あれも『ヒト』故な」
レイの言葉に頷いて、部下に指示を出しているカーマインに視線を移す。
「さっきの言葉を返せば、自分たちが必要と判断したら、私を殺す可能性もある、ということね」
宗教を始めとする、何かの信奉者は一つ間違えればどんな集団と成り果てるか。それを幾つも『向こう』で見てきたのだ。元々の「神」の教えとは何だったのか。彼らを導いた存在が、本当は何を望んだのか。
少なくとも、元は同じ教義でありながら、剣を向け合う事ではなかったはずだ。
「カーマインの傍なら心配ありません。あの国は、国王の力が強い。皇太子の庇護を受けた者にたいして迂闊な真似はしません」
「保険として俺も暫くお前の傍にいる」
レイの言葉に、思わず「いいの?」と言ってしまう。確かに彼は『神属』ではないけど、ヒトとの距離をとってきたはずだ。
「お前が関われば話は別だと言ったろう。それに、監視も必要だろうしな。いつまでも大人しくしているとは思えんし」
失礼な。必要とあれば食っちゃ寝の生活も享受しましてよ。
「太るぞ」
「うら若き乙女に言う台詞じゃないわね」
「誰が『うら若き乙女』だ。気色悪い」
「本当に失礼な奴」
私とレイのやり取りをセレスが笑って聞いている。
後に、この魔族の軍師は書き残す。金の歌姫が逗留していた間が、カーマインにとって一番穏やかな時代だったと。
シェードの皇太子の騎竜の背に乗り、私はシェロンの大地を離れた。
これにて、シェロン閑話編終了です。