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基本蚤の心臓なので(誰だよ、そこで笑っている奴)人前で歌ったことなど数えるほどしかない。カラオケだって片手で足りるほどしか行った事がない。


そんな自分にここで歌えと?


酒場は既に喧騒に包まれていた。港町だから、海の男達が客の殆どだろう。騒がしさも半端じゃない。

呆気に取られている私を、ご主人は面白そうに見ていた。小娘のお手並み拝見、といった所だろう。

…旅の恥は掻き捨て。いや、そうじゃない、これは私であって私じゃない。

いやいやいや、ここで出来なきゃこの先困るでしょう、自分。食べていかなくちゃいけないんだから。



さっき女将さんにお願いして作ってもらった、蜂蜜と柑橘系の果汁をぬるま湯で割ったものを口に運ぶ。歌手は喉が命だからね。

袖の間からとりだしたのは、向こうで言う「音叉」。こちらの世界には無いものだけど、レンとレギオンに頼んで「創って」もらった唯一の魔法。多くの魔力よりもたった一つのこれを私は選んだ。



傍にあるテーブルで叩くと、さほど大きな音ではないが、独特の響きと含まれる超音波がこちらの存在を示す。


視線が集まった次の瞬間、私…いや、リーリアは歌いだした。



私がリーリアというキャラで遊んだ内容は、彼女のイメージで色々なCDやmp3から曲を拾い出して編集していた事だった。

それこそ、耳に入って、声や歌の内容が彼女のイメージにあえばOK。有体に言ってしまえば、自分が気に入った音楽を彼女が歌うイメージで遊んでいたのだ。

流石に演歌は無かったけれど、J-popは勿論のこと、アニメやボーカロイドまで色々なジャンルで曲を選び編集しCDに落として、車の中で歌っていたのだ。おかげさまで、レパートリーは広い。


日本語で歌っていても、流石カミサマ特性『万能翻訳機』だ。此方の言葉で一番近い意味合いで詩にしてくれた。

三曲ほど立て続けに歌って、一息つく。するととたんに周囲から割れるよな拍手と、歓喜の声が沸き起こった。


「すげぇぞ、ねえちゃん!」

「聞いたことの無い歌だが、どこのだ?!」

「他にも何か歌ってくれ!」

「景気のいいのをたのむぜ~」


口々にはやしたてながらも真っ直ぐな賛辞に笑顔が浮かんだ。

ご主人や女将さんに視線を移すと満足そうに笑っていた。…流石だね、リーリア、貴女は一流の歌姫だわ。

おっしゃぁ、ならば景気付けに「テイゲキ」でも歌って進ぜよう。…帝国歌劇団がどう訳されるかは謎だけど、ね。


うわぁ、か・い・か・ん。…って、古い?だって仕方が無いでしょう?若かりし頃流行ったんだから。


人前で歌って、それを褒められるのって、すっごい嬉しい、っていうか病みつきになるわ。



あれから、もう2曲ほど歌ってお開きにした。あんまり調子に乗りすぎて商売道具駄目にしたくないしね。

途中酔っ払いが絡んできた時、適当に相手してあしらっていたら、助けに来てくれた女将さんに「若いのに慣れてるねぇ」って妙な感心のされ方しちゃったけど、すみません、実働年齢アナタよりいっています。


いたんだよね、友達に。性質の悪いのが数人。

絡むわ、説教たれるわ、r…ああ、いや、うん。まぁ、色々ってね。





「たっのしかった~」

部屋に戻ってベットにダイブ。ブランとシュルツが生暖かい笑顔(の雰囲気ね)で迎えてくれた。

【危惧するような事は無かったようだな】

<まぁ、お袋さま世慣れているし>

心配してくれたのかな?なんか、ちょっとばかり引っかかるけど。

【お気になさるな。些細なことだ】

<そうそ、老けるぜ?>

こういう時だけ気が合うのね。


心地よい疲労感の元私はそのまま目を閉じ眠りに落ちた。睡魔に飲み込まれていく中、灯を消す気配と、微かな衣擦れの音と共に布団がかけられる重みを感じていた。








夢を見た。




家の座敷。仏壇の前で、寝ている主人の姿とそれを呆れてみている子供達。ふと気付いたように次女が顔を上げ目を見開いた。それにつられるように長女が顔を向けてくる。

「かーさま」

「お母さん」

おや?と首をかしげ、彼女らを見る「見えてる?」と、声を掛ければ半泣きになって頷く姿。やれやれと苦笑が浮かぶ。


「悪かったわね」

「何が?お母さんは悪く無いじゃん」

憮然とした次女にふっと笑いを浮かべる。泣くのを我慢しているのが解って、手を差し伸べるが、お約束どおり、というか何というか突き抜けた。

「まあ、声が通じるだけ良しとしますか」

大きく息を吐くと主人を見下ろす。仏壇の前には、真新しい位牌と骨壷の入った箱が置かれていた。それと一升瓶とコップ。うわ、人の「取っとき」を飲んだな、こいつ。まぁ、いいけど。


「ずっとこんな感じ?」

「昼間はそうでもない。寝れないって夜はお酒の力を借りてる、みたいな?来週から仕事に行くって」

長女の言葉にふうん、と相槌を打った。結構打たれ弱いからなぁ。大きな図体しているくせに。

「任せてよい?」

「良いも何も、そうするしかないじゃん」


怒ったような次女の口調。苦笑を見せた私に、長女が顔を上げた。

「お兄ちゃんには会えた?」

この世に出る事無くいなくなってしまった存在をこの子達はそう呼ぶ。ご丁寧に「和哉」という名までつけて。首を振った私に「そっか」と呟きが返ってきた。


「通帳と印鑑の場所はわかる?」

首が縦に振られる「かあさまってば、どこまでもリアリスト」と長女が泣き笑いの表情を浮かべた。

「基本名義はあんたたちになっているから問題はないと思うけど」

そう言って、寝転んでいる主人の尻の辺りを蹴る。見事にすり抜けちゃったけど…なんか、悔しい。

「代わりにやっておいて上げるよ。とうさまのケツを叩けばいいんでしょ?」

こらこら、年頃の娘さんが「ケツ」なんていうものじゃありません。

「ご飯つくり頑張れ」

「何故に私っ!?」

次女の肩を叩く真似をしながら言うと、慌てた反応が返ってくる。

「だって、キミが一番まともに作れるんだもん。後は姉に押し付けな」

「ひどぉい、かあさま」

ふふっと笑って子供達を見る。いい子に育ったと思う。…オタクだけど。

実家の母曰く「親を見て育ったのね」……笑って誤魔化すしかない話だ。


何かに呼ばれる気配がした。タイムリミット、かな。


「じゃあね」

え?と顔を上げた娘達に笑顔を見せた。そして、そのままフェードアウト。



眠りから覚醒する中、穏やかで哀しげな青年の笑顔を見た気がした。



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