表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/56

寄り道 シェロン 2

歌謡いである以上、喉を始めとする自分の状態は、常にベストにしておかなくてはいけない。

急ぎの旅とはいえ、コレだけは自分自身に課しておいた事だ。


今宵歌うは、「昭和の歌姫」と呼ばれた、母が大好きだった歌手の歌。


多くの人々に愛され、亡くなって長い年月がたっているにも関わらず女王の二つ名を持つ尊敬すべき歌手。行きにも寄って、仕事をさせてもらった宿のご主人が「よかったら、歌って欲しい」とおっしゃってくださったので、お言葉に甘えることにする。





宿に荷物と私を置いて、ウォルフさんたちは、簀巻きにした荷物…もとい、捕らえた相手と共にギルドに向かった。…何をするためか、なんて、怖くてとても訊けませんでした、はい。






しかし、こうして歌ってみると彼女の凄さが改めて分かる。広い音域、歌ばかりではなく、歌詞や曲調によって変化する声の質、感情の込め方。まさしく女王の名にふさわしい歌い方。

終わって腰を折った私に、一瞬の静寂の後に送られた割れんばかりの拍手と、歓声。

足元にも及ばない、かの存在であるけど、ほんの少しだけでも向こうの世界で受けた感動を彼らが感じてくれたらとても嬉しい。




「豪く懐かしい歌を歌っていたな」

部屋に戻っても、まだウォルフさんたちは帰っていなかった。

酒場で仕事をして、ご飯もご馳走になってきたから、結構遅い時間になっていると思うんだけど…まぁ、子供じゃ無いんだし、心配する事も無いでしょう。実力者が3人揃っているしね。

「まあね、流石に難しいわ」

丁度お茶を淹れていた時だったので「飲む?」と訊くと「是」と返ってきた。必要は無いけど飲み食いはできるらしい。


なんだろう、その魔族仕様は。




「色々試してみたが…制約が多そうだな」

ソファに座って息を吐くウィンに苦笑を向ける。って、いうか何時の間に入ってきたんですか?…今更だけど。疑問を口にすると、答えはあっさり返ってきた。

「お前の居る場所なら、無条件で。ああ、心配するなTPOは弁えている」

「TPOねぇ」

思わず笑ってしまう。カップを渡すと礼を言って受け取って…少し驚いた顔をした。

「香りでもしや、とは思ったが、本当に緑茶なんだな」

ええ、これだけはしっかり荷物に括りつけて持って参りましたとも。



「あの二人にも会ってきた。流石に驚いていたがな」

だろうねぇ、有る意味「キャラクター」として存在しないウィンたちは、私の作品の何処にも存在していない。勿論レン達とも接点は無い。けれど、私の中に居た彼らは、私を通してレン達を知っている。

「『母上が身の中に何か飼っていらっしゃったのは知っていましたが、これほどの存在とは思いもよりませんでした』だとよ」

レギオンが言ったであろう台詞に思わず笑いが零れてしまう。「飼って」いたのではなく、「共存」していたのだが、その感覚は彼らにはわからないだろう。





「こうして触れて、顔を見て話せる事は喜びではあるが、思考を共有していた一つ身が懐かしくもある」

気持ちは凄く良く分かる。向こうでは、思考という形になる前にお互いの考えが分かったし、当然口にすることなく理解できた。自分の別人格ではない「何か」。気が付いたら彼はそこに居た。

「だから、こちらに来てからのお前の経験したことは分からない。…知りたいという気持ちが無いわけではないが、まぁよかろう。追々知っていけばいいのだからな」

別に知られてまずいことはないですけどねぇ。話しにくいこともあるのは確かですね。


ふいにウィンが顔を上げた。

「戻ってきたようだ、俺はここで失礼しよう」

静かに笑うと、彼は私の頭の上に手を置いた。

「必要あらば呼べ。そこに風がある限り我らはお前と共に有る」

少し冷気が混じる風を残してウィンが消えた。本当に「風の四季王」になってしまわれたんですね。




カップを片付けた頃、ノックもなしにウォルフさんが入ってきた。少し驚いた表情で私を見る。…うん?微かに香るアルコール。ここまで漂ってくるとは、どれだけ呑んだんですか?

「悪い、起きているとは思わなかった」

小さな笑いを浮かべてはいるが、口調には苦いものが混じっている。


ぎしり、とベットの軋む音がした。宿に泊まるようになって、何故彼らが上質の部屋をとるのか分かりました。只単にベットの大きさの問題だったんですね。確かに、ウォルフさんやエルグさんの体形では通常の部屋のベット…大きさ的にはシングルベットくらいかな?…ではきつかろう。ゆっくり休もうと思うなら、セミダブルは必要だよね。



因みに、今宵は向こうで言うダブルタイプ…つまり、ベットが一つの部屋。大きさはキングサイズだから問題は無いんだけどね。



黙り込んだウォルフさんを見ながら、私もソファに腰を降ろしたまま口を噤む。いや、なんだか厄介ごとの匂いがするんですけど。




「リーリア」

手を差し出す彼の眉間には、深い皺が刻まれている。

「俺は賭けに勝ったのか…負けたのか」

自嘲と共に深い溜息の中に潜むのは苦悩。

「お前が欲しい」

おお、なんてストレートな言い方でしょう。ここで恥らったほうが良いのか?自分。

「手加減無しなら、もう一泊希望です」






意識せずに返す返事など、所詮こんなものです、私って奴は。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ