寄り道 シェロン 1
お待たせして、申し訳ありませんでした。
結論から申し上げましょう。ウィンたちの紹介はできませんでした。
走ってやってきた「なっちゃん」と「リン」は私を軽く抱擁すると、他の二人と共に現れたときと同じように消えてしまいました。
とはいっても、前と違って向こうの世界のときと同じように彼らの存在を感じ取れるので、私自身としては問題が…無いとは言えないけれど、とりあえず先送りしておく。
戻ってきたウォルフさんたちは、周囲を見回してから、氷漬けになった男に気が付いて目を見張る。
「何者だ?」
さて、この場合、その質問は何を指すんでしょうね。
とりあえず、自分の身に起こったことを話す。彼らのことは「守護者」とだけ言っておいた。それに対して、妙に納得した気配が返ってきたので、思わず首を傾げるとレーエンさんが苦笑を見せた。
「フランドル公から聞いていたんだ。リーリアには『とんでもない守護者』が付いているって」
なるほど、「とんでもない」わね、と笑うレーエンさんに引きつった笑いを返すしかなかった。
…別人です、と流石に言えませんでした。すみません、小心者で。
フランドル公の言われる「守護者」はヴィダの事で。確かに彼もある意味「とんでもない守護者」ではあったんだけど、解任させちゃったからなぁ。
「しかし、『コレ』をどうするかが問題だな」
氷漬けを眺めながら、エルグさんが呟くように言う。
「火の魔法で溶かせない?」
「加減が分からん。下手をすれば焼き殺しかねない」
ウィンさん、どうせなら後始末もきちんとやってほしかったです。
ふいに、小さな笑い声と共にかすかに香る花の匂い。なるほど、氷を溶かすのは春風ですか。
「リン」
ゴォ、という音と共に起こる竜巻。その渦の中心に居た存在は、次の瞬間水浸しになって、その場に座り込んでいた。
あっけに取られていた皆だったが、いち早く我に返ったのは、やっぱりというべきウォルフさんだった。猿轡を噛ませ、後ろ手に縛り上げる。
そのロープどこから出したんですか?旦那…って突っ込みは、しないほうがいいかしらん。
高く口笛を鳴らすと、馬がやってくる。ううん、訓練されていますなぁ、と感心していると、その一頭に男を乗せレーエンさんに視線を移す。
ちょっと待て、ひい、ふう、み…数が合いません。
「気にするな」
あっさりとおっしゃるウォルフさん。いや、気にするな、とおっしゃっても。
「多分、こいつの馬だろう。そこに繋がれていた」
あっさり、エルグさんが種明かしして下さいました。あーびっくりした。
「リーリアは俺が乗せていく。エルグ、こいつに術を」
頷いてエルグさんが小さく詠唱を始めた。レーエンさんに顔を向けると「捕縛の術、よ」と笑って答えてくれた。
それぞれに馬に乗って村を後にする。視線は感じたけれど、ヒトの姿は見られなかった。小さく息を吐く音が聞こえ、見上げるとウォルフさんと視線が合った。
「悪かったな、こういった罠も想定しておくべきだった」
ゆるく首を振り、私は笑う…上手く笑えているといいんだけど。
「大丈夫です、守護者がいますから…ただ」
目的地を、素通りするつもりだった近場の町に変更した為、馬の足は緩やかだ。だから、こんな風に会話もできるんだけどね。
「彼らは私だけしか守りません。構いませんか?」
「無論だ。ステアからも言われている。お前を守るのは俺たちの役目だ」
にやり、と笑う相手に、少し照れてうつむいてしまう。言われたこと無いからなぁ、流石に恥ずかしい。
今回は勝手が分からなかったから、結果的にウォルフさんたちも助けたことになるけれど、彼らは私しか守らない。命も受けない。懇願しても、何をしても「私」だけだ。
「それに、残すお前の身の事を心配せずに動ける、というのは正直ありがたい。…残念でもあるが、な」
止めてください、低音ボイスで耳元に甘い言葉を囁くのは。「ほんと、誰かさんのど真ん中のタイプ」と、抱きついた瞬間に笑ったリンの言葉を思い出す。
子供たちの母親の事は、誰も口にはしなかった。これから、あの子供たちがどうなるか、私には分からないけれど、きちんと良識有る判断を下して欲しいものだと思う。そこまでヒトが愚かなものだと、そう思わせないで欲しかった。
「さて、と。どう捌くかな」
後ろを振り返って言うウォルフさんに釣られて、そちらをむくとレーエンさんと目が合い微笑まれた。…いや、なんですか、その生暖かい微笑みは。
彼女の後ろには、荷物よろしく馬の背に乗せられた、先程の男がいる。その横で馬を進ませていたエルグさんの口元が、ゆっくりと上げられた。
ぞくり、と何かが背中を走った。初めて見た彼のその笑い。忘れていたわけじゃないけど、彼は狂戦士となったレーエンさんを事も無げに止めることができるヒトだった…そういえば、何気にウォルフさんの口調も楽しそうに聞こえた。
「そろいも揃ってS属性かよ」
小さく呟いた私に、軽く首をかしげたウォルフさんが「ん?」と笑いかける。その目の奥に、楽しそうな光があることに気が付いてしまった…やばい、やばい。
にっこり笑顔で「なんでもないです」と答えると、大きな手で頭を撫でられた。…ああ、やれやれ。
ヒトに剣を突きつけた相手のその後なんて、私の知ったことじゃない。
と、いうことにしておこう。