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Side ウォルフ、ということで。
そのいち、です。
今回も色々飛ぶので、読みづらいと思います。ごめんなさい。
「遊びだったら許さないよ」
剣を喉元に突きつけ、眦をあげるレーエンに俺は両手を挙げることで応えた。
過大評価をするつもりは無いが、彼女の腕では俺は倒せない。エルグというサポートがついたとしても、だ。
だが、ここで彼女と争うつもりは毛頭無い。そして、彼女の言葉に異を唱えるつもりもない。
「遊びじゃないなら、いい」
エルグの言葉にレーエンが剣を引くと大きく息を吐き出した。まぁ、無理も無いだろう、俺に剣を向けるということがどういうことか、知らない彼女たちではない。
しかし、それを押してまで行動に移すほど、こいつらは彼女を気に入っている、ということになる。普段の彼らからは到底考えられない事だが、自分にも思い当たる節がある為か何もいう事はできない。
「今更、愛だの恋だの青いことを言うつもりは無いけどさ」
おい、何を枯れたばばぁ…もとい、年老いたご婦人のような事を言っているんだ?俺から見れば、お前たちだってまだまだ若造だ。
「遊びじゃなきゃいいんだ。リーリアだってそんなことを望んじゃいない」
「そうだな…リーリア自身も言っていた…繋ぎ止めてくれて感謝する、とな」
妖魔が消えて、大気に溶けた瞬間、自分の掌を見つめたまま動かなかった彼女を思い出しぞっとする。声を掛ければ反応はするが虚ろな瞳は何も映してはいなかった。ただ、言葉に反応するのみ。それは、まるで糸の無い操り人形を見ているような不気味ささえあった。
正直怖かった。無反応に近い彼女を見ていて、恐怖と同時に腹立たしくなった。何故、自分たちを見ないのか。泣きそうな顔のレーエンも口を一文字に結んだエルグも…俺も彼女の視界に入っていなかった。
彼女を呼び戻すため、といいながら強引に事に及んだのは、彼女の瞳に再び自分たちを映したいからだっかたも知れない。
今回、俺たちが受けた依頼は、ここ暫くで急に増えた妖魔の調査だった。相手が相手のため俺たち3人が組まされ、リーリアが選ばれた。
彼女に白羽の矢をたてたのはステアだ。グランドの筆頭魔道師は、その立場の視点から彼女を旅の表向きの顔にすることを薦めたのだ。
「大丈夫だよ、彼女にはとんでもない護りが付いているからね」
それが誰かは教えてはくれなかったが、彼女自身、その守護者を呼ぶことは稀であろうから、ぎりぎりまで俺たちに護るようにとも言い添えてはいた。
彼女と俺の髪と瞳が似たような色合いだから、兄妹の擬態が組める、といったのも実はステアであった。
そんな奴のことだから、リーリアに魔族の知り合いがいる事位承知の上だったろう。実際、シェロンの宰相補佐の奥方とも知り合いのようだったし、使い魔に化けてまで彼女を護っていたのは半魔だった。
そして、彼女から聞いた話は、ある意味俺たちの依頼人たちが想定した話を裏付けるものであった。
「やはり、ヒトが絡んでいるか」
苦虫を噛み潰したようなエルグの声に知らずため息が洩れる。急な妖魔の増加に何らかの組織が関わっている。
それを探るべく専門の冒険者を何人か向かわせたが、彼らの消息を聞くことはなかった。遺体すら見つかっていない。
『ヒトはどこまでも愚かだ』
魔族の友人の言葉がふいに過ぎる。
『どこまでも高潔であろうとするものも居れば、どこまでも闇に堕ちていく者も居る。だからこそ、神々は関わることを止めたというのに』
確かにヒトは愚かだ。己が欲望と目的の為に平気で他者を踏みにじる。
そして、それを阻止しようとするものもヒトなのだ。魔族は基本他者には興味を持たない。彼らが興味を示すのは、伴侶と家族、ごく僅かの友人関係。しかし、それすらも持たずに一生を終える魔族もいるときく。
そんな彼らが最後を許す相手としてリーリアを選んだというのは、彼女と、あのマーサとかいう魔族とよほど強い絆で結ばれているのだと考えられた。
「…気になるな」
ぼそり、と呟くように言うエルグに俺とレーエンはそちらに視線を向けた。
「フランドル公のおっしゃるリーリアの守護者だ。…傍についていた使い魔の二人、半魔と言っていたな?」
エルグの言葉に俺は頷く。自分たち獣人は種族にもよるが総じて「鼻」がきく。彼らから純粋な魔族の匂いはしなかったその代わり、かすかに匂う「ヒト」の気配。
「あのときの会話で片方が『ブラン』と呼ばれていた。俺の知るなかで、その通り名を持つ半魔はただひとり」
「『白虹の炎魔』か!?」
記憶にある名前を思わず叫ぶ。
こくり、とエルグが首を動かす。流石にレーエンも顔色を無くしていた。四大半魔と呼ばれる実力者。神々の傍らに在る事を許された者。
「そして、もうひとり…あの色合いを持ち白虹と対等に話す、となれば考えられるのはただ一人…『漆黒の風魔』」
言葉に詰まる。四大半魔のうち二人に護られていたとは。そうなれば、リーリア自身が何者か、という疑問すら起きる。
「でも、さ」
大きく息を吐きながらレーエンが言う。
「なんていうか、友達、みたいな感じだったよ、リーリアも『姫君』なんて呼ばれていたけど、結構遊ばれていたみたいだったし」
確かに。最後の彼らのやり取りは主従というより友人同士がふざけたようなやり取りだった。
「だが、ステアが口を割るとは思えんな…アイツに訊いてみるか?」
二人とも俺に魔族の友人が居ることを知っている。しかし、彼らは同時に首を振った。思惑はそれぞれ異なりはしたが何となく夫婦とはこういうものか、と後で思い出して口を緩めてしまったが。
「リーリアがどういった存在かは知らんが、魔族は決して口を割るまい」
「アタシはリーリアのほうが大事だから。必要ないさ」
二人の言葉に俺も頷いた。本当に必要ならば彼女のほうから話してくれるだろう。
いつの間にか自分たちの懐の中に、しっかり入り込んだ少女の顔を思い出して俺たちは静かに笑いあった。