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色々飛びます。まとまりの無い話で申し訳ございません。
暇だ。
相変わらずの貴賓室暮らし。支度金が半端無い、というレーエンさんの言葉を裏付けるようだ。ちなみに、ご夫妻も準じたお部屋に泊まっていらっしゃるとのこと。…一泊いくらするんだろう。
私が話したマーサの事は、どうやら彼らの受けた「依頼」と関わっていたようで、その連絡やら何やらで暫くこの街に逗留することになった。その為、他の皆様は忙しく動き回っていらっしゃる。私だけ、蚊帳の外、とはいっても自分で望んだ事だから、文句は無いんだけど。
マーサと出会ったのは偶然か作為か。
あの子たちが私を危険に晒すとは思わないから、偶然、だろうね。
もしくは彼女を使ってウォルフさんたちを始末しよう、と考えている人たちがいるとか。危険度MAXだしね。
…止めよう、余計なことを考えるのは…でも、暇なんだよね。
何が起こるか分からないから、と半ば軟禁状態です。でも、彼らが関わっている一件に妖魔が絡んでいるのなら意味無いと思うんだけどね。まあ、少なくとも迂闊な行動で彼らの邪魔になるような事はしないだろう、そう前向きに考える事にする。
開けた窓から風が入る。
ここの風は、私に応えてはくれない。
妄想…ある程度想像力豊かな子供時代を過ごされた方なら、誰しも経験はあるだろう。人形やぬいぐるみを、まるで生きているかのように話し相手にしたことが。それが高じて、さも相手が生きているかのように振舞って「会話」することが。
私の場合、その相手が「風」だったのだ。
客観的にみれば、結構イタい性格だけど、それを声にするほど世間知らずではなかったから、あくまで心の中だけで。
よく旦那が冗談半分で私の事を「風を読む奴」と笑って言っていたが、子供の頃から、有る意味風を観察していたようなものなので、風に含まれている湿度や風向きで、天気を予測するのは難しいことではなかった。
的中率、70%程度は悪くない結果だと思う。
風と会話しているつもり、はやがて人格を持ち、一つのキャラクターを作り上げた。そういう意味ではレンたちよりも古いキャラだと言えないこともないが、私にとって彼らはキャラクターではなく友人だった。
だから、この世界に降り立ったとき最初にしたことは風に語りかける事だった。
結果は…応えはなかった。それだけだ。
確かに、向こうでも声に出して応えてくれる、とかテレパシーみたいに『語って』くれたわけではない。
自分の中の妄想で創った相手なら、世界を別にしようと応えてくれるのが道理。それがない、ということは、あちらの世界でのみ存在する「何か」だったのかもしれない。幽霊は見たことはないけれど、妙なところで霊媒体質があったせいか、そっち方面を否定することはなかったからね。
ただ、無性に彼ら――子供の頃に読んだ児童文学の影響か、なぜか気が付いたら男性キャラだったけど――に会いたいと、そう思った。…やっぱり、暇なんだよね、うん。
「ウォルフで良かったの?」
あんまり暇なので、以前市場に行った時見かけた物をレーエンさんに頼んで買ってきてもらった。
編み棒と毛糸、じゃないですね。太い綿糸のようなもの。手芸一般は壊滅的な腕だけど、唯一編み物だけは得意だったんだよね。あんまり複雑な模様編みは、途中で妙な具合になるけれど。季節柄サマーセーターでも編もうかな、うん。
突然言われた台詞に、思わず顔を上げると、レーエンさんの困ったような笑い顔とぶつかった。
「いや、初めてだったと思うから…あの男より、レックス家の弟君の方が良かったんじゃないのかって」
なんで、そこで副隊長さんが…まぁ、いいですけどね。ちなみに、ウォルフさんと肌を合わせたのは、あの時だけ。
キングサイズのベットは殆ど私が独り占め状態だったりする。…朝方戻ってくるウォルフさんから、ほのかに香る香水にだいたいどこへ行っているかは想像がつくので黙っている…別に私はどっちでも気にしないんだけどね。ただ、いくらお金持ちだからって、毎晩もったいないなぁ、とは思ったりする。いっそのこと自前で別の部屋を取ろうかな、と考えても居たりするんだよね。
「ウォルフさんで良かったです。正直、副隊長さんのような方は苦手なので」
軽く見開かれた目に、今度は私が苦笑する。確かにね、普通に考えれば副隊長さんの方が優良物件だろうね、容姿も身分も性格的にも、そして何よりこっちを想っていてくれる、その気持ちの大きさも。
「…以前、よく似た人を好きになったことがありました」
そっと外に目をやる。レーエンさんは黙って聞く体制に入ってくれた。
「優しくて、見た目も素敵な人で、家柄も良くて…一生、その人と生きるんだと、そう思っていました」
小さな歯車の食い違いは、やがて全てを巻き込んでいった。
選ぶべき選択を私にゆだねたのは、彼なりの思いやりだったと思う。人に任せるのではなく、自身で掴み取れ、と。家柄の違いや周囲の思惑、自分たちの置かれた環境全て。その気になれば乗り越えられない事ではなかった…そういう時代ではなかったはずなのに。
それでも、人の中に格差は残っていた。そういう世界だった。
「結局、負けちゃったんだと思うんです。周囲に、というより自分自身に…ひょっとしたら、全てを乗り越える力になるほど、彼のことを想っていなかったのかもしれません」
結果として、彼は去り、そして、私は「あの子」を喪った。
「それに…」
くすり、と小さく笑う。…いや、「嗤う」だ。
「『歌姫』などと呼ばれていても、私は『姫君』じゃないので騎士はいらないです」
首を傾げるレーエンさん。うわ、可愛い。こういう姿を見ると、本当に年齢疑いたくなるなぁ。
「護られて喜ぶ、ってわけじゃ無いって事です。護って死なれるより、見捨ててくれたほうがいいです。そうしたら、どちらかの生存率が高くなる…って、いうか只の自己満足です。自分が罪悪感にまみれて生き残りたくない、って奴ですから」
「ああ、それ何となく解るよ。アタシもエルグに護られて生き残るより、一緒に死んだほうがいいからね」
それは、少し違う気がするけど。
副隊長さんにはきっと解らないだろう。護りきる、ということは自分も生き残ることが前提だ。散る潔さはいらない。どれだけ汚濁にまみれても、残らなければ意味が無い。あのヒトは「騎士」だ。「戦士」では無い。だから、自己満足に浸って死んでいくだろう。残されたものの危機も知らず。
「だから、私はウォルフさんがいいです。…あ、でも、レーエンさんが男性だったら、そっちのほうが良かったかも」
笑いながら言うと「もー、このコはっ!」とレーエンさんが抱きしめてくれる。タイミングよく戻ってきた、ウォルフさんとエルグさんが何事かと呆れた顔をしていた。
「もしも」を考えるのは嫌いだ。喪った者は還ってこないし、過去だって覆すことなどできやしない。それは「今」の自分ではなく別の次元の違う「私」だ。
人生の上書きなど、ゲームの世界だけ。今の私は「リーリア」であって、「私」じゃない。
週末暇なしなので。
お約束の過去の話は、別の「閑話」としてアップします。