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この世代、というか年齢のお嬢さんなら、ここで「きゃー」とか、反応してバスルームに戻るところなんだろうけど、やれやれとため息ひとつ零して、「おはようございます」と頭を下げると、彼らの横を通り抜け、寝室に移動する。



いくら、さっきまで裸のお付き合いをしていたヒトとか、ご夫婦とはいえ、若い男のヒトがいる場所をいわばバスタオル一枚の姿で通り抜けるなんて若い娘のやることじゃないわな。なんて、思いながら入ると、先程までの惨状の気配は全くなく、シーツは新しい物に取り替えられ、ベットはきちんと整えられていた。部屋の隅においてある洗濯物専用の籠に無造作にいれてあるシーツを見て大きく息を吐いてしまった。…思わず自分で洗おうかと思って止めて置く。ギルドで調べ物をしたときに宿泊のシステムも読んだのだけど、スイートクラスの部屋になると、こういったサービスも料金の中に含まれていると書かれてあった。なら、遠慮なく使わせていただこう。恥ずかしいって言えば恥ずかしいけどね。



巻いていた布をそこに入れ、服を取り出し身につけていく。


しかし、このシーツ取り替えたのウォルフさんなんだろうな…別の意味で居たたまれません。旦那みたいにやりっぱなしで居てくれた方が良かったかも…ああ、いやいや、そんな罰当たりなことを考えてはいけませんな。







ゆるく髪を編んで彼らが居た部屋に戻ると…うん、解ってはいたことだけど綺麗さっぱり山積みの食料は消えて、私の分と思われるサンドイッチみたいな物と、果物に果汁が置いてあった。

「いただきます」と手を合わせ、食べ始める。彼らは何も言わない。あらかじめ話は付けてあるのだろう。なら、私が藪を突く事はない。

ピタパンみたいな物に、野菜や肉が挟んである。うん、美味しい。そんな私の表情を読んだのか、隣や前から安心したような気配が漂ってきた。


「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」

「まったくだ」

ため息をついてウォルフさんが口を開く。睨みつけるレーエンさんを意にも介せず、彼は私の頭を軽く小突いた。

「口に出して何か言えば、動きはするが反応は遅い、すぐにぼーっとあらぬ方向を見る。…傍で見ていて心臓に悪い」

「すみません」

そう言いながら、ああ、と目頭が熱くなった。私の迂闊な行動を容認して、他事に摩り替えてくれている彼らに感謝するしかない。



「あ、そうだリーリア」

もう、おしまい、と明るく言うと、レーエンさんが傍らにあった袋を差し出した。

「朝一で市場を回ってきたんだ。お土産」

礼を言って受け取ると中身を見る。王都にもあった焼き菓子だった。王都まで一緒に旅をしていた時、食欲が無くても、これ位はと食べていたのを覚えてくれていた見たいで、思わず笑顔で礼を言う。返されたレーエンさんの笑顔を見て、本当に心配をしていてくれたのだと解り、申し訳なくなる。一枚取り出して口にする。薄焼きクッキーに似た味と食感のそれは、今まで食べた中で一番甘く…苦かった。



果汁を飲んで一息つく。どこまで話すべきかの整理はお風呂でつけてきた。さぁ、ここからは猫かぶり…違うな二枚舌…これも違う気がする。丸っきり嘘を言うつもりもないけれど、話せないことも山ほどあるからね。辻褄を合わせるための作為はやむを得ない…なんちゃって。




「私の魔力がたいしたことないのはお気づきだと思います」


話し始めた私に、三対の視線が集まる。うーん、緊張するなぁ。若いころ社内のシステムっていうか、講習の一環にプレゼンがあって所属の課に関係なくやらされたとき以上だわ。…まぁ、一緒に組んだ営業が考え出したことを発表しただけなんだけど。


「ただ、生まれ持った能力で魔族とあるラインを共有することができるんです」

「ライン?」

首を傾げるレーエンさんに頷きを返す。

「相手が望めば、その光景を私も見ることができます。とはいえ、お互いに接触していなくてはいけないんですけど」

ここで言葉を切る、表向きはどう伝えようか迷った振りを。実際は、辻褄があっているか、相手が不審に思っていないか、確認する為に。


「マーサが最後に見せてくれた映像は、一人死を待っていた彼女を襲った複数のヒトでした」

飲まず食わずでただ一人、恐ろしいほどの飢餓感と戦っていた彼女を襲った複数の人物。意識が朦朧としていたせいか、はっきりと顔を見ることはできなかったけど、気配でヒトと解った。その為反応が遅れ、彼女は捕まったのだ。



余計なことは言わない。自分の主観も、マーサの事情も口にはしない。今はただ、事実を話すのみ。


「一度妖魔と化した魔族が、自我を取り戻す事は非常に稀だ」

私の話に反応したのは、意外にもエルグさんだった。

「対峙する魔法使いの魔法が相手を凌駕し、ほんの一瞬ではあるが自我を取り戻すことがある、と聞いたことがある。…その殆どがその場で自ら命を絶つことが多いそうだ。もしくは、対峙した相手に殺してくれと願うかだ、今回のようにな」

遠い目をして話すエルグさんに何かが引っかかる。聞いた話、として語ってはいるけど…でも、それは私が口を出す事じゃない。

「極めて親しい相手が、心の琴線に触れてもそうなる、か。だが、いくら親しい相手でも、今回のような奇跡が起きるとは思っていないのだろう?」

首を縦に動かした私に、ウォルフさんが大きく息を吐く。うう…呆れられてしまいましたかね。ごめんなさい。

「少なくとも次からは、馬に乗せるんじゃなくて、縛り付けて置くべきだな。知った魔族なら同じ事をやりかねん」

すみません。できるだけ自重しますが、自信ありません。


「それに、問題もある。あの時オレはリーリアの周囲に結界を張ったんだ。迂闊に飛び出さないように。だが、それを易々越えて来たんだ」

へ?確かに結界が張られていたのは知っていましたが。対防御用じゃなかったんですか?

「気が付いていなかったのか?」

こくこくと頷く私に、エルグさんが大きく息を吐いた。いや、そんな疲れきったようなため息をお吐きにならなくても。

「無意識に妖魔が消したんじゃないの?リーリアに傍に来て欲しくって」

レーエンさんの言葉にエルグさんは首を振った。

「今まで意識したことも、その必要も無かったんだろう。結構対魔法の属性があるぞ。掛けられた魔法に対して無効、とまでは言わないが耐性が強い」

エルグさん曰く、私を抱き上げて馬車に乗せるときに防御魔法がかかったままだということに気が付いた、との事。妖魔が消してしまったものだと思い込んでいたから、自分自身が一番驚いたのだそうだ。




チート能力は要らない、と言ったはずだぞ息子たち。


色々話し合う必要がありそうだわね。


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