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多少15禁的な表現を含みます。

正直、ここからの記憶はひどく曖昧で。


覚えているのは、動けずに居た自分を抱き上げる浮遊感と、鳥肌が立つほどの快感と、切り裂かれるような痛み。


気遣う、低い声。




気が付くとベットの中に居ました。シーツの肌触りから、素肌に直接触れていることが解る。そして、自分の体に起きたことも解る。


ある意味経験者だからね。


起き上がろうとして…立てませんでした。向こうと違ってこっちの体は初心者なんだ。節々が痛んで起き上がれないって…体中がべとついているからお風呂に入りたいんですけど、しくしくしく。

いかん、現実逃避したがっている。と、いうか混乱している。

あきらめてもう一度ベットに横になる。そこで、初めて気が付いた。ここって、スイートもとい、貴賓室クラスの部屋じゃないですかっ!?


と、突然隣からくつくつと可笑しそうな笑い声が聞こえて、胡乱な視線を向けると、半身を起こしたウォルフさんが笑っていた。

笑ってはいるけど、視線はどこか心配そうな気遣うものがあった。豹頭の時と同じ物言う視線。


どうでもいいけど、やっぱり良い体してますね、おにーさん。鍛え上げられた筋肉がまぶしいです。写真や映像では見たことありますけど、割れた腹筋なんて初めてナマで拝見させていただきましたよ。



「なんですか?」

ち、喉が痛い。どこまで啼かされたんだ?歌い手にとって喉は生命線なんだぜ?

ひやり、と冷たい感触が頬に当たって、冷水を入れたコップが差し出された。サービスいいですね、おにーさん。

礼を言って受け取る。赤蜜柑、は流石に入っていないけど、柑橘系が入った水が美味しい。そうか、貴賓室だと水までワンランク上なんだ。

「いや、思ったより落ち着いていると思ってな。半ば強引に事に及んだから、もっとパニックを起こすものと思っていた」

まぁ、別の意味で慌てていたようだがな、と余計な一言を付け加えてくださいましたが。


初心者を相手にしたからですか?いいですけどね、貞操観念薄いですし。それに、相手が誰だったか位、薄々気づいていましたから。…旦那の顔が浮かばなかった、といえば嘘になるけど。


「繋ぎ止めてくださったって理解していますから。…ありがとうございます」

「礼を言われるのも妙だが…まぁ、お互い様、としておこう。大丈夫か?」

この場合の「大丈夫」は何を指して言うんだろう。体だよね?この会話から察するに体だと思っていいよね。だったら答えはひとつ。

「大丈夫、じゃないです。筋肉痛です。そして、お風呂入りたいです」

ふむ。少し考えるようなそぶりを見せたウォルフさんだったが、立ち上がって(おお、良いお体!)私をそのまま抱き上げる。これは、王道「お姫様抱っこ」ですね。流石に旦那にもやってもらったことないです。(どこからか、『無理言うんじゃない。自分の体重を考えろ』って声が聞こえた気がするけど)



お風呂はすでにお湯が張ってありました。…違う、これ温泉?微かに硫黄の臭いがする。

ゆっくりと湯船に沈めてくれたウォルフさんに礼を言うと、笑って「出たくなったら呼べ」と言われました。


お風呂だ~しかも、温泉だぁ。


暫く入っていると、筋肉が解れて、体が軽くなってきたのが解る。温泉ぶらぼー。

腰の様子を探ってみると、まだ痛いけど動けないほどではない。ゆっくりと立ち上がり、洗い場に出ると髪を洗う。いい部屋だと石鹸も上物ですね。普通の宿に比べ香りが全然違う。アメニティグッズなら遠慮なく貰っていくけど、この世界では石鹸も貴重品。ゆるゆると泡立てて、髪と体を洗う。

うーさっぱり。石鹸の質もいいです。髪の毛がごわごわしません。今度市場で探そうかな。多少高くても、こっちのほうが良いもんね。




もう一度湯船に入り、自分の両手を見る。腕の中で消えてしまった命、この喪失感は初めてじゃないけれど、痛む心に変わりは無い。


向こうの世界で身内を何人か亡くしているけど、泣いた事はなかった。…泣いたのは和哉を失ったあの時だけだ。

全てを知っていた姉は、慰めの言葉など何一つ言わなかった。その代わり、罵倒も何もせず黙って一人にさせてくれた。あの時もホテルの最上級の部屋のバスタブで一人泣いた。

泣く事は、気持ちを浄化させることだと良く聞くけど、否定できないと思ったのもその時。痛む心は自分で飲み込むしかない。時間が経てば忘れるとか、そういうのではなく、自分で折り合いをつけ、この先もやっていくしかない。そう思ったのだ。




ヒトや獣人と違い、基本生きることに血肉を必要としない魔族は、死んだら何も残さない。全てが大気に溶けてしまうのだとレギオンが言っていたのを思い出す。これは、母上の設定ではありませんね。と、苦笑を滲ませて。


不思議な事に、身につけていた服や装飾品ですら消えてなくなってしまう。


流す血は赤いのに。


ついた血すら消えて無くなってしまう。全てが還るのだと、レンは言う。だから、また逢えるのだと。






「だけど」

小さく呟いた言葉は、思いのほか響いた。

「この先、同じようなことが起きれば、危険に晒されるのは私じゃない」

意識せずに動いてしまう、などと始末の悪い行動なら尚のこと。

「レンにでも言って術を掛けてもらうしかないかなぁ」

エルグさんに頼むのも一つの手だな、と考えて、よっこらしょ、と立ち上がる。結構長風呂しちゃったかな、と息を吐いた。


しかし、どう見ても和風の木の風呂桶に、どこからとも無く湧き出る温泉。どういう造りになっているのか気にならない訳ではないけど、説明されても理解できないだろうな、と思う。ほら、あれ、テレビがどうして映るのか。説明されても解らないのと同じだ。



広めの洗い場兼脱衣所。こっちの世界のお風呂って、大きさに差異はあるけど全体的にそんな感じ。

備え付けの布で髪と体を拭いた。流石にタオルなんて存在はないけれど、ある程度洗い晒した布は吸水性もそれなりにあったりする。

魔法で(ドライヤー効果の魔法は便利だから付けて貰った。風魔法の一種だそうだ)大雑把に乾かしてから、バスタオルサイズを体に巻きつけ外に出た。




お風呂から上がった私が思わず頭を抱えたくなったのは、おそらくルームサービスで取ったであろう山のような料理を前に、ウォルフさんばかりでなく、レーエンさんやエルグさんも居たことだった。






…お願いですから、そういうときはせめて着替えだけでも脱衣所において置いてください。



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