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初めての野営。基本的な料理のノウハウは、王都の宿の料理人に教えてもらった。
しかし、目の前に置かれた、彼らが狩ってきたた『もの』を見て、思わず固まってしまった。
…丸ごとの大猪もどき。某アニメ映画に出てこられた大物俳優アテレコの猪さんといい勝負の大きさだ。
いかん、現実逃避したがっている。
だって、パック肉の世界の人間ですよワタクシ。自慢じゃありませんが、ウサギどころか、鳥だって捌けません。クリスマスに売られる丸ごとチキンなんて買おうとも思いませんもん。
固まってる私を訝かしんで、レーエンさんが声を掛けてくれたから、正直に申し上げたら、「なんだ、そんなこと」と笑うとエルグさんの背中にあった剣を抜いて、あっという間に部位ごとに分けてくれた。途中からは、エルグさんもご一緒に。流石というか、何と言うか、見事としか言いようのないお手際です。
これで、料理ができるってモノです。魚はね、捌けるんだよ、一応。鰤みたいな大物は無理だけど、鯛程度の大きさなら何とかできますです、はい。
ちなみに、この毛皮結構良いお値段で売れるそうで、エルグさんが水の魔法で綺麗にしていらっしゃいました。うーん、生活に根付いた魔法って便利だわ、うん。
自分が作った料理を、笑顔で「美味しい」と食べてもらえるのは嬉しい。そういえば、旦那はそういうことは言わなかったな、と思い出す。子供たちはきちんと言ってくれてたんだけどな。指摘すると「残しちゃいないだろ?」って、なんかねぇ。外食した時なんかは、あれは旨かっただの、これはいまいちだったとか、よく言っていたのに。
麦はあるので(何故米が無いっ)パンは有る。しかし、携帯用のパンは固い。唸っていた私に料理人さんが教えてくれたパンもどき…いや、むしろ「ナン」だよ、これ。練った小麦を火で熱く焼いた石に貼って焼いたもの。
味噌があったら、牡丹鍋にしたいところだけど、そういうわけにもいかないから、ハーブを使って、臭みを消し、焼く。生で食べられる野草(と、いうか薬草の一種。解毒作用があるんだって)と果物でサラダもどき。…酢はあるから、今度マヨネーズを作ってみよう、とひそかに決意する。
どう考えても(特に肉)10人分以上有る料理はきれいさっぱり無くなった。お粗末さまでした。
近くに川があったので、お皿なんかはそこで洗う。正直、煮沸したお湯とか欲しい所だけど、まぁ良しとしましょう。
この世界には「結界石」という物があって、普通に市場に売られている。魔法使いが魔力を込めて作ったもので、四方に置くとその場を囲うように結界が生じるんだそうだ。作った魔法使いの魔力にも寄るけど、足止めと警報装置を兼ねたカンジ?
エルグさんが、吟味に吟味を重ねて購入したのは、相当強い魔力が込められている物だった。なんか、作ったのがエルグさんの知り合いらしい「呆れた副業だ」と笑っていらしたが…魔道具を見て作り手が分かるなんて、流石です。
それでも、一応交代で火の番。私もやると言ったら、笑顔で皆に却下された。しかも、なんだかとてつもなく怖い笑顔だったのは気のせいだろうか?
馬車の中で雑魚寝。幌馬車みたいな形で、中は、部屋みたいなつくりになっている。結構大きいんだよね。体の大きなエルグさんや、ウォルフさんと私たち二人が寝転んでも、十分余裕がある。貴重品以外の荷物は、外側にくくりつけておくんだって。
畳みたい、というか、これは寧ろ畳だよ!偉いぞ自分、日本文化万歳ってな。…なんだろう、今一瞬、レンの呆れ果てた顔が脳裏を過ぎった気がする。ま、いっか。があって、その上に薄地のラグマットみたいなものを敷いている。
本当は、それやると湿度なんかの関係で畳には良くないんだよね。黴も生えるしさ。
馬車は、馬もどきが二頭で運ぶ。
こっちの動物って、向こうの世界の亜種、というか「もどき」なんだよね。獣人の本来の姿が「そのまま」だからかも知れない。
豹に狼、ライオン。流石にキリンとか象とかはいないけど、熊鷹とか白頭鷲、爬虫類も何種類か…お目にかかった事は無い。
一部、体が元の姿の人たちは兎も角、完全に変形していれば、普通のヒトには分かりませんからねぇ。
私たちの馬車を運んでくれているのは、大雑把に見れば道産子。北海道にいる、あの大きな馬、ね。でも蹄じゃない。なんつーか恐竜の足っぽいカンジ。尻尾も毛ではなく、恐竜の尻尾みたいな物で、これで外敵をたたくのだそうだ。だから、後ろからは決して近づかないように、と言われた。ってか、あっちの世界でも馬の背後から近づく馬鹿は居ないと思うんだけどね。
ちなみに、この馬もどきは非常時に騎獣として使うつもりで選んできたらしい。軍馬としての訓練も受けたことの有るコ達なのだそうだ。
こういった事を色々鑑みてみると、私という要素が加わった為に、相当散財させている様な気がする。それを口にしたら、レーエンさんに一笑された。
「準備金の額が半端じゃなかったんだよ」
確かに、ウォルフさんに見せてもらった金貨の額は凄かったけど。
「それにね」
意味ありげな笑いを浮かべて、レーエンさんは続けた。
「ウォルフって、ああ見えて金持ちなんだよね」
「ああ見えて…ってレーエンさん」
「家はね、アタシとエルグの食費や道具で使っちゃうけど…アイツ独り身でしょう?使い道が限られるんだよね。あんまり使うタイプでもないしさ。でも、特Sふたつ持っているから、報酬も半端じゃない。仕事をやらなくても、十分遊んで暮らせるくらいは持っているはずだ」
それは凄い。と私が笑うと「だから」と彼女は言う。
「貢げる相手が見つかって、少しは働き甲斐が出たってものさ」
貢げるって…用法間違っていません?そう言うと、少し首を傾げ、振る。
「いや、貢げる相手さ」
否定要素も、誤解要素も山ほど有るけど、止めておいた。迂闊な事を言って墓穴を掘らないとも限らないし、この様子じゃ、何を言っても、言い訳にしか聞いてもらえなさそうだったから。
余談ではありますが、始めてあったころに比べると、レーエンさんの言葉使いが、砕けたものになっています。ご本人曰く「化けの皮が剥がれてきただけさ」だ、そうですけど、なんだか嬉しいと思ってしまうんですな、これが。
旅の間のトイレ事情は聞かないでください。多分、ご想像の範疇だと思いますです。
今まで触れてこなかったけど、一応シェロンにも季節は有る。それなりの大きさの国なので地域によって環境は異なるけどね。
ぶっちゃけ、地球と大差ないと思ってください。すみませんね、設定者がアバウトなんで。
今の季節は、初夏。王都の周辺は気候が日本と似ているかな?王都と違って、小さな村や町は、下水は兎も角、水道は普及していないから、基本井戸水。でも、ここは科学の変わりに魔法が発達した世界だから、そこかしこで、そういった道具が活躍している。
一般世界の細かい設定なんかしていなかったので、びっくりすることが沢山だ。井戸水も、くみ上げて大きな瓶に溜めておくのだけど、水を浄化する魔道具があって、いつも綺麗に保たれているのだそうだ。自分の考えた外枠に沿って、世界が発達すると、こうなるんだ、と感心を通り越して感動してしまう。
ここはもう、私の考えた「ヒースキングダム」ではなく、ひとつの独立した世界だと。
子供の親離れを見ているような寂寥感と喜びと。
そんな思いで旅を続けている。