17
「お袋」
現実世界では会えないから、夢に介入してきたって訳かな?
「だって、こうでもしないと会えないだろ?」
「人の表層意識を呼んでの会話は、緊急時以外やめなさい。口にして初めて『会話』っていうのは成り立つんだから」
「上の姫と旦那には苦労していたもんな、お袋」
旦那は口下手というわけではないのだが、都合の悪いこととなると途端にだんまりを決め込む人だった。その気質を受け継いだ長女もまた、普段はどうでもいい話までするくせに、変なところで口が重いタイプになってしまった。ホント、この二人には苦労させられたわ。
「それで、どうしたの?」
「どうしたじゃねぇよ、なんであんな話に関わった?」
「何で?理由がわからないような馬鹿に設定したつもりはないわよ、ミルドレン」
ぐ、と黙り込む息子にわざとらしいため息を吐いてみせ、近づく。
「目の前に道があったから進んだだけ。やる、やらないで後悔するなら、やったほうがいい、って主義は知っているでしょう?」
だいたい、最初に彼らに関わらせたのはアンタでしょうが。
「俺たちは基本人界には関われない。だから、最高の人材に接点を持たせたかったんだ」
こんなことになるなら、関わらせなかった、ね。後悔している気持ちが手に取るように分かる。…まぁ、後で悔やむから「後悔」っていうんだけど。
「ヒトの世界じゃ、ヴィダも関わることができない」
あ、ヴィダで思い出した。
「はい、これ」
差し出した音叉に、レンが眉を寄せる。
「お袋」
「母上」
後ろからも聞こえた声に苦笑を向ける。
「ヒトの世界で生きるために『彼ら』を選んだのは私自身よ。…知り合ったきっかけを作ってくれた事は感謝してるわ」
黙り込む息子たちに知らず笑いが深くなってしまう。全く、本当にこの子達ときたら。
ウォルフさん達が何を目的として動くかは知らない。知ろうとも思わない。
「最初から世界を回るつもりでいたんだから、いいんじゃない?無料で護衛を雇えたんだし。しかも報酬つき」
「母上…お気楽すぎます」
「何を今更」
ため息交じりのレギオンの肩をぽんぽんと叩く。
「こんなものが無くたってヴィダも私の大事な息子の一人だわ。親の顔を見るのに、子供に会うのに理由なんて要らないわよ。用があったらこうやって呼び出して頂戴。あ、ついでに私からも『呼べる』ようにしておいてくれると嬉しい」
不承不承、といった顔で音叉を受け取ったレンは、レギオンに向けて放り投げる。受け取ったレギオンの掌の中に、吸い込まれるように音叉はその姿を消していった。
「今回は引いてやるけど、息子達の好意を無碍にするのも大概にしておけよ」
おや、ちょっとばかり本気で怒っていらっしゃいますね、ミルドレンくん。
「当たり前だ」
「…口に出した事以外に反応しない」
「我等に御用のお有りの時は、お休みになる前に心の中でお念じください」
「ん、ありがとう。レギオン」
「お袋はヒトではあるけれど、この世界では『例外』の存在だ。俺たちもある程度干渉はできるけど」
「断る」
「…即答だもんなぁ」
がっくり肩をおとしたレンの頭をよしよしと撫でる。無駄に背が高いから体制的にちょっときつい。
「ったく」
視界が高くなった。これじゃ、母と息子っていうより父と娘の構図だわね。頭を抱えながら撫でていると、さびしそうなレギオンの視線とぶつかった。手を伸ばし移動する。
「こんな事で張り合ってどうするのよ。いい加減こっちが恥ずかしいわ、馬鹿息子」
同じように頭を撫でながら、小さく笑う。キャラクターとしての外見だけでいうなら、兄妹とか、下手すりゃ恋人同士よね。
するり、と腕の中をぬけだすと、並んだ二人を見上げる。ほんと、眼福、眼福。
「彼らが護りきれないって時は、誰がいても同じ。手ぇ出すんじゃないわよ」
「出せねぇよ。ヒトの生死は不可侵だ。お袋の言うとおり、今の地上で個々にいうのなら、最強の組み合わせだ…あくまで『ヒト』であるならな」
獣人も存在としては「ヒト」なのね。
「母上」
レギオンの声に顔を上げると、困ったような笑顔とぶつかる。
「魔族が母上に寄せる思慕の念を否定なさらないでください」
含みの有る言い方だわね。まぁ、いいけど。
「子供たちが寄せてくれる愛情を無碍にするほど非道ではないつもりだけど?」
一応、だけどね。あんまり鬱陶しいと切れるかもしれないけどさ。
やれやれ、という呆れた気配と、少しばかり寂しさを含んだ笑顔がゆっくりフェードアウトしていく。
…某早朝の体操のテーマソングを歌いたくなったわね。