15
「万一の時があったら、足手纏いは私です」
はっとしたようにレーエンさんが顔を上げる。本当にいい子だわ。本気で私の心配をしてくれている。出会って間がないっていうのに凄く有り難い事だと思う。
「なら、本当に知らないほうが生存率が高いって事もありえますよね」
特Sと特Aクラスが組んでやる仕事だ、半端なものじゃないことくらい想像できる。
「…正直、知っていようがいまいが、命を惜しむ相手ではないがな」
ため息と共に吐き出された言葉に、私は苦笑を浮かべた。危険度MAX,ね。でも、命の保障はどんな立場だってできはしない。それは、「あちら」の世界で思い知った。
「それなら、余計知らないほうがいいです」
黙り込んでしまった三人に、我知らず笑みが浮かぶ。若いわね。相手のことを心配して、一生懸命になっている。相手がそれでいいって、言っているんだから、妥協するのも一つの道なんだけど、そこまで割り切れないのかな?
ただ単に、知ってしまったら色々面倒だな、って思っているだけなんだけど。
<…お袋さま>【ご母堂】
完全に呆れた声が聞こえるけどね。だって、仕方ないじゃん。知ったところでどうなるものでもなさそうだし。
まだ考え込んでいる彼らに、やれやれと心の中で嘆息する。しゃーないなぁ、おねーさんが折衷案を出してあげよう。
<誰がおねーさんだよ>
はい、そこ、余計な突っ込みはいれない。
「ギブアンドテイク」
顔を上げた彼らに、内心の思惑は兎も角、にっこり笑顔を見せる。…しかし、需要と供給って訳されたのは何故だ。
「私は歌謡いです。まだ、多くの世界を知らない為、色々なところを回りたい。ですが、女の一人旅は危険です。護衛を雇うにも相応の金銭がかかる。みなさんに付いて行けば、色々回って、なおかつ護衛代はかからない」
「危険にも首を突っ込むよ?」
「命の保障もできないときがある」
「どこにだって危険は転がっていると思いますが?普通に生きていたって、明日の事は誰にも分かりませんし」
突然、笑い声が聞こえ、そちらを見るとウォルフさんが大爆笑してる。おや、こんな風に笑うことができるんですね、旦那。
「俺たちの負けだ、レーエン、エルグ。お嬢さんは、こっちが思っているよりも大人だ」
…すんません、ばばぁで。
「いいだろう、今は話さない」
「ウォルフ!」
怒りを含んだ声を上げたレーエンさんをひと睨みでウォルフさんが黙らせる。うーん、表立って現れない力関係ってやつですか?
「それと…その『半魔』殿達は、ステアの所へ戻っていただこう」
その言葉に、ブランとシュルツが同時に顔を上げる。
「えっ!?」
「…半魔だったのか」
良く分かりましたね。フランドル公お墨付きの化けっぷりだったのに。
立ち上がり、私の背後に回ると彼らは元の姿に戻った。振り返るレーエンさんとエルグさんが息を呑む気配がする。まぁね、何日も一緒に居て気が付かないほど、彼らは完璧に「使い魔」を演じていたからね、無理もないと思いますけど。
「てめぇ、オレ達に戻れとは、どういうことだ」
「よさぬか、ブラン。…理由をお聞かせ願えるか?」
こういう時はシュルツの方が冷静よね。でも、実は本気で怒ると彼のほうが手におえなくなるらしい。ブランからの情報なんだけどね。
大人しいタイプほど怒らせたら怖い、って奴ですね。そこまで、詳細な性格設定してませんから、私のせいではありませんよ。
<…お袋さま。駄々漏れだってば>
気が抜けたようなブランに笑ってみせる。
「理由は至って簡単だ。彼女をできるだけ危険から遠ざけるため、だ」
「我らが居らぬ方が安全、と?」
「いかにも」
ウォルフさんの口調が妙なものになっているな。敬意を表した口ぶりだけど、なんだか駄々っ子をなだめる響きがある。
「貴公たちのように力あるものが彼女の傍に居れば、それは十分彼女を狙う理由になる」
「それを防ぐために我らがいるのにか?」
しゃべらせることをシュルツに任せたのか、後ろからひょい、とブランが私を抱き上げた。
思わず、足を上げて背もたれを飛び越える…って、何歳児だよ、あたしゃ。
見てくれの割りに力があること、と思わず感心してしまう。…問題は、人を横に立たせて肩に顔を埋めている事だ。…重いし痛いぞ、馬鹿息子。
そんな様子をシュルツばかりでなく、他の皆様も呆れたように見ている。
「随分と懐かれているんだね」
呆れたような笑いを含んだレーエンさんに苦笑を返す。
「確かに彼らが居たほうが戦力的には有利だが」
「でも、逆に言えばこちらを警戒させてしまうことにもなるわね」
「然り」
頷くとウォルフさんは、顔を上げブランとシュルツに視線を向ける。当然真正面から視線を受ける形に私もなるんだけどね。
…うん?
「だとしたら、リーリアを連れて行く意味がない。彼女はいわば、我らの隠れ蓑。力有る存在は彼女を際立たせ仇となる」
<何考えているのかわかんねぇけど、策士だよな>
(少しは冷静になったみたいね)
<ん?まぁな。悪りぃ、みっともないとこ見せちまった>
小さく笑うことで気にしていない、と示すと私たちは対峙?しているシュルツとウォルフさんへと視線を向けた。