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えーと、目の前では華麗なる兄弟喧嘩が繰り広げられております。
いくら、美丈夫同士とはいえ、喧嘩は喧嘩、です。口喧嘩だけど。…でも、どう考えても頭も口も回りそうなお二人なのに…喧嘩の内容のレベル低いわねぇ。
流石に気の毒に思われたのか。執事さんの指示で椅子とテーブルが運ばれてきました。勧められるままに私とウォルフさんは座らせてもらって、あまつさえお茶など出していただいております。
どうやら、副隊長さんはお兄さんに騙されて家を空けていたらしい。いや、別にそんなことは、どうでもいいんだけどさ。
しかし、さっきから黙って聞いてればなんだ?本人目の前にして、まぁ、言ってくれる事。
子爵様は、とりあえず身分には目を瞑るが年齢的にどうだ、とか。縁者はいるのかとかに始まり、どこそこの家の養女にしたらどうだの、副隊長さんは、まだそんな状態ではない、とか何故騎士団を動かしたのか、とか。
すみません、呼び出された理由はわからないわけではないですけど、当事者放っておいて何やっているんですか。
「なぁ、お嬢…リーリア、一つ聞いていいか?」
私同様呆れた表情のウォルフさんは、どこで学んできたんですかって、言いたくなるような優雅な動きでお茶を口に運び、私の方を見る。
「お前、レックス殿…弟のほうだが、妻問いをされたのか?」
妻問い?ああ、プロポーズですか?は?プロポーズ!?
「その様子では、違うみたいだな?だが、あの会話は『ソレ』前提に進んでいるぞ」
「そうですわね、あのランスが段階を飛ばすなんて考えられませんわ」
…え?
挟まれた言葉に、私たちの視線がそちらに向く。あーえーいつの間に?
椅子に腰を降ろして、キャサリンが優雅にお茶を飲んでいた。その後ろには、執事さんがワゴンを持って控えている。
いつに間にか、使用人の人たちも周囲から消えていた。
「そちらの方のご質問からですわ。失礼、ワタクシはキャサリンと申しますの」
「あ、ああ、名前だけはステアから聞いている。ウォルフだ」
キャサリンが差し出した手に唇を落すまねをする。実際に落としていいのは、相当近い間柄らしい。…とは、ギルドのマナーの先生の受け売り。
「なんだ、お前もやって欲しいのか?」
じっと凝視していた私に、ウォルフさんが笑った。
「あー、いや、いいです」
半眼になった私に、キャサリンが不思議そうに首をかしげた。
「『豹のウォルフ』に礼をとってもらえるなんて事、滅多にありませんのに、おかぁ…リーリアってば遠慮深いんですわね」
違います。頼まなくてもやってくれそうな相手を二人ほど知っています。
――確かに彼らなら、日常的にやりそうですわね――
くすり、と笑ってウインクする彼女に、苦笑を返す。そんな私たちをウォルフさんは不思議そうに眺めていた。
「しかし、妻問いもしていないのに、どうしてあんな会話になるのだ?」
「そうですわね、リーリア、心当たりはあります?」
心当たり、ねぇ。第一副隊長さんと、まともに会話したのって、本当に極僅かだからねぇ。スカボロネタは兎も角として。
「ロウエンの騎士隊を辞めて、冒険者ギルドに登録するから、護衛に雇わないか、とは言われましたね」
「は?」
「ほぅ」
「あと、さっきのあの歌の後半部分だけを歌ったのですが『楽しみにまってろ』とも言われましたけど」
「まぁ」
「……ふぅ」
「私個人としては、例え叶えていただいても御免こうむる話ですが…それ以前に、そんな無理難題を言い出す相手が嫌です」
言い出したのは、お前だろうって言われればそれまでだけど、あくまで酒場の歌謡いとしての仕事だから、いちいち相手にしないでしょう?
「で、どこが『妻問い』なんですか?」
「どこにもないわね」
「しいていえば、歌に対する一言だろうが…酒場での仕事の最中に言われたことならば、真に受けるほうがどうかしているだろうな」
「そうですわね…それにしても…」
キャサリンが半眼を向ける先に、私たちも自然と視線を向ける。
「白熱してますね」
なんか、段々話の趣旨が逸れている気がする。今彼らが論議しているのは、女性の扱い方、だ。内容を聞いていると、二人ともフェミニストだということは解るけど、お兄さんは行動は、弟は…なんていうか、ロマンチスト?自分の中にある的確な女性像に対して妙な執着がある。
「まぁ、アレも仕方ありませんわね。幼い頃から周囲の女性たちの目を集めていますから」
でしょうねぇ、あの容姿ですから。
「だが、なんというか、成る程リーリアに惹かれたのも解るな。アレの理想にとても近い」
やーめーてーくれー。…と、いつの間に来たのか、ブランとシュルツが私の傍らにいた。
「ワタクシが連れてきましたのよ、ご心配なく。…さて、と、そろそろアレを止めましょうかしら」
カップを置いて、優雅に立ち上がる。すぐに執事さんがお茶のセットを下げさせた。と、同時に部屋の外へと出て行く。って、手招きされているようですが。
「いいのか?あちらのほうが安全なようだが。いくら俺でも、魔法攻撃までお前を庇ってかわす自信はないぞ」
「大丈夫です」
にっこり笑顔で答える。膝に乗っているブランも足元に蹲るシュルツも動く気配はない。
「キャサリンが私を傷つけるような事は絶対にありません」
少し驚いたような表情をした彼女が振り返り…とても綺麗な笑顔を見せてくれた。
「そうか。ならば俺もここに居よう」
一度立ち上がった椅子に再び腰を降ろすと、テーブルに肘を着いて、面白そうに視線を送る。流石、特S。落ち着いていらっしゃる。
片手を挙げ、キャサリンが魔力を集めていく様が見て取れた。…淡い、紅色ですか、綺麗ですね。




