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「歌謡いのリーリアとはお前のことか?」
顔を上げると数人の騎士の人たち。はい、と立ち上がって礼をとる。ここでは彼らのほうが身分は上だ。立とうともしないウォルフさんに不審の目を向けるけど、一応対象者は私らしいので、彼らもあえて咎めだてはしなかった。
おお、割とまともな人たちだ。
「我らと一緒に来てもらおう」
「理由は?」
私の代わりにウォルフさんが口を開いた。騎士の方々が不審そうに見るけど、私たちを見比べて妙に納得したようだった。
あー、さっきの宿のご主人の台詞が思い出される。
「去るお方のご命令だ。妹御はお借りしていく」
ああ、やっぱり。違いますから、それ。…って、さるお方?誰です、それ?あのセクハラ親父じゃないですよね。
「ならば、俺も一緒に行こう」
え?あのですね。
「やましいことが無ければ、付いて行く事に問題は無かろう?この国の近衛騎士ともあろう者が、フランドル公の既知の者に無体を働くとも思えんが、念のためだ」
フランドル公の名前が出てきた途端、騎士の人たちに動揺が走った。と、いうことは知らなかったのね、おにーさんたち(あ、違う、坊や達だわね)。って、ことはセクハラ親父が相手じゃないって事かな?
ところで、どうして公の名前って、ああ、昨夜話の流れで出てきたっけ?レーエンさんたちも護衛の仕事で会った事があるって。ウォルフさんも旧知の間柄らしくって、世間って狭いねーって話をしていたんだ。酒の席の話を良く覚えていたよなー。しかも、あの飲みっぷりで。
そんな事をつらつらと考えていたので、私はウォルフさんの言った「近衛騎士」という単語を見事にすっ飛ばしてしまったのだった。
「第一成人したばかりの世間知らずを、一人きりで行かせれるわけがないだろう?」
にっこり笑って「なぁ、リーリア」などと、妹に甘いにーちゃんを演じていらっしゃいますが。なんていうか、凄いわコノヒト。
騎士の人たちの言葉尻に乗っかってはいるけど、自分から肯定も否定もしていない。
万一ばれてしまったとしても「先に誤解をしたのはそちらだろう?それに彼女は自分にとって妹みたいなものだ」っていう言い訳でも充分通じたりする。
三文芝居のタイトルは…なんだろうね?しかも、成人したばかりでも世間知らずでもないんだけど。確かに、この世界じゃすこーしばかり常識知らず、だけどさ。
「…まぁ、いいだろう。別に『他のものを連れてくるな』という指示は受けていないからな」
うわー、詭弁だね、騎士さん。言葉にしていなかったら許容範囲とするって、言い訳の初歩じゃん。そりゃ、ありがたいけどさ。いいんですか?と、アイコンタクトしてみると、笑いを含んだ琥珀の瞳とぶつかった。大丈夫だ、とその瞳が言っている(ような気がする)。
「ただ、使い魔たちは置いていって貰おう」
あー成る程ね。魔法使いによっては、使い魔を通信機器的役割に使う者もいる。その目と耳を使って、遠くのものを見、聞くのは、敵側の魔法使いの常套手段だと教えてくれたのは、他ならぬフランドル公だ。だから、ブランたちの扱いに気をつけるように、との事だった。
「承りました。宿のご主人に『このコ』達のことを頼んでまいりますので、暫しお時間をいただけますか?」
「よかろう…仕度をする時間くらい与えてやろう」
おお、上から目線。でも、まぁ、仕方ないか。王都の騎士さまだもんね。
しかも、これは後で知ったのだけど、王都勤務の「近衛騎士」って、貴族で編成されているんだそうだ。制服が、普通の騎士と少し違うらしい。私に解るはずないけどさ。
そう思いながら、後ろから付いて来る相手を見上げた。騎士の人たちの死角に入ると足を止める。
「ありがたいお申し出ですけど、理由をお聞かせいただいてもいいですか?」
絡んでいる、絶対何かが絡んでいる。いくら何でも知り合って間が無い相手にここまでするとは思えない。しかも、特Sクラス。絶対に裏がある。…てか、あったほうが私としても安心なんだよね。
だって、無料より高いものは無いっていうでしょ?
やっぱり、そうきたか的な笑みを浮かべて、ウォルフさんは軽く頭を掻いた。
「ステアに頼まれたから、だな」
ステア…誰です、それ。
「フランドル公だ。カースティア・フランドル。今でこそ親父さんの後を継いでグランドの伯爵なんてやっているが、あいつ若い頃、傭兵ギルドの魔法士に属していたんだ」
ああ、剣士と魔法使い。傭兵ギルドって多種に分かれていましたっけ?
「お嬢さんたちがこっちに来る2,3日前に使い魔が連絡してきてな。知り合いの娘がそちらに行くから、時間があれば様子を見て欲しいとの事だった。あいつには借りが山ほどあるからな。丁度仕事も一段落したから様子くらい見て報告する位構わないと思ったんだ」
あまり時間が無いので、ブランとシュルツを部屋に置くと、ウォルフさんも招き入れる。
「…仕度をするんだろう?大丈夫なのか?」
にっこりと笑顔で返事をして差し上げる。呆れたような笑いを浮かべて、ウォルフさんはベットに腰を降ろした。…やっぱり体積あるわ、この方。ベットが妙な音を立ててきしんだ。
衝立を立てて、着替え始める。すみませんねぇ、慎みって言葉は何十年…もとい…何年も前にどこかに置いて来てしまいましたよ。
「大事な相手の知り合いだって言っていたからな。お嬢さん、ひょっとして奴の婚約者の縁者か?」
「ロザリアさまのですか?いいえ?お目にかかったことはありますけど」
フランドル公の婚約者さんには、ロウエンの領事館でお会いした。すっごい美人の大人しげなお姫様だけど、訳隔てなく誰にでも接するスバラシイお方だ。
あの騒ぎのときは、丁度買い物に行っていらっしゃったらしく、フランドル公が慌てて皆に口止めしていた。
「じゃあ、市場でお会いしたときは、私の事をご存知だったんですか?」
「いや、奴から聞いたのはお嬢さんの名前と歌謡いだって事だけだ。だから、名乗られて正直驚いた」
一応偶然だって事ですかね?息子がらみには違いないけど。
衝立から出てきた私を見て、ウォルフさんが少し驚いた顔をする。
「女性の仕度はもう少し時間が掛かるものだと思っていたが…」
悪かったですね。リーリアは若いから、そんなに濃い化粧をしなくてもいいんですよ。社会に出て、何十年のおばさん舐めちゃいけません。
「よろしくお願いいたします。お兄様」
「承知した」
ドレスの端を持って頭を下げると、笑いながら向こうも騎士の礼を返す。ちなみに、今回のドレスは、ロウエンの市場で出会ったオジサマのところで買った、お値打ちドレスだ。
ウォルフさんの笑顔が、柔らかで優しげなものに変わった。
「良く似合っている」
うわわわ、タラシだ。タラシがここに居る。
どこかで、呆れたような二つの溜息が聞こえた気がした。――何度目だろうね。幸せが逃げるよ、ムスコタチ――