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「今から朝食か?」
頭上から掛けられた言葉に顔を上げる。重低音の耳に響く良いお声って…え?
「ああ、この姿であうのは初めてか」
反応できずに、一瞬声が出ませんでしたよ。階段を降りてくる相手を呆気に取られて見つめる。
「どうした?俺が解らないか?」
声と瞳の色でもしかしてと思いましたが…。
「おはようございます。ウォルフさん」
あー、びっくりした。確かに獣人の方がヒトの姿に成れるというのは知っていましたし、ロウエンでもブランたちに教えてもらったり騎士隊の中にも何人かいらっしゃいましたけどね。
うわ、やばい。この方ヒトの姿でもきっちりクリーンヒットだわ。
基本イケメン苦手な私ではあるが、「見る」分には嫌いではない。好きな俳優さんとか、芸能人はイケメン多かったからね。でも現実社会において付き合った相手は、一人を除いて殆どが「いかつい」タイプだった。…なんていうか、造りが荒いっていうか、悪くはないけど、お世辞にもイケメン、とは言わないタイプ。
ウォルフさんもそういうタイプ。豹頭のイメージっていうよりライオンや虎?黒いスーツ着てたら、そっち系の方に間違えられそうですね、わはは。
「おはよう、お嬢さん。朝から驚かせて悪かったな」
いいえ、と首を振る。なんとなく、そのまま一緒の席に座った。流石に朝早いと、食堂に居るのはほとんど宿泊客ばかりだ。
席は十分にあるけれど、一人よりも顔見知りが一緒のほうがいいもんね。
宿のご主人自ら席に来てくださった。それだけウォルフさんが長い付き合いなんだろう。
「おはよう」
「ああ」
「おはようございます」
ご主人が持ってきてくださった水を見て首を傾げる。…この色。
「お嬢さんに。昨夜の歌の礼だ。久しぶりにいいものを聴かせて貰った」
「あ、ありがとうございます」
昨夜レーエンさんにせがまれて(酔っ払いには勝てません)一曲だけ披露した。
小さい頃から、なんとなく口ずさんでいた「おぼろ月夜」。気がついたら、しーんとしていたので、どうしたのかな?と思ったら、拍手が酒場のほうからしたのでびっくりした。
「もっと歌って欲しい」とのお客さんの言葉には、エルグさんの無言の圧力と、宿屋のご主人の「お客さんだから」で抑えてもらった。
宿のご主人の言葉使いが砕けたものになっていて、ちょっと嬉しくなってしまった。庶民だからね、ホテルマン?としては当然なんだろうけど、あんまり格式ばった態度は苦手だったりする。…立場を弁えずに砕けすぎるっていうのも問題だけど。
しかし…思わず目の前に置かれたグラスを凝視してしまった。
「どうした?赤蜜柑、嫌いだったか?」
「あ、いえ、好きです。むしろ好物です!…ただ、こんな高いものに見合う歌だったかな、と思ってしまって」
後で向こうの酒場で値段を聞いてびっくりしたもんね。たかが、果汁一杯で、なに、この値段!?って。まぁ、それだけ希少性が高いんだろうケドさ。
問題は、過去に赤蜜柑に絡む人物。大人しくしていてくれると助かるんだけどな。
と、ご主人が私とウォルフさんを見比べて、妙な笑いを浮かべた。
「なんだ?」
別の給仕さんが持ってきてくれた食事に口をつけていた(なんつーか、食べる量が違うのは流石肉体派でしょうか?)ウォルフさんが怪訝そうに顔を上げる。
「ああ、悪い。いや、こうやって一緒に居ると髪と瞳の色のせいか兄妹みたいだと思ってな」
そういえば、人型のウォルフさんもリーリアと同じ金褐色の髪と瞳を持っている。こっちにきて、あんまり外見について考えた事なかったけど(だって、鏡見るたびに違和感、感じまくりなんだもんね)確かに似た色しているねぇ。ただ、リーリアに比べると色合いが濃い。同じ「トパーズ」に括られても、向こうは「インペリアル」でこっちが「黄水晶」って感じかな?存在そのものの格の違いもあるだろうけどね。…あ、別に黄水晶を貶めているわけじゃないよ?アレはアレで好きな宝石…っていうか、水晶そのものが好きな「鉱石」だもんね。
獣人とヒトとの間には、子供は出来ない。「種」として、全く異なるものなんだとシュルツが教えてくれた。私的不思議なのは、同じ獣人なら、例えばイヌ科とネコ科でも子供は普通に生まれるそうだ。ただ、種族的にはどっちかに偏るんだって。例えばライオンの獣人と虎の獣人の間に「ライガー」は生まれない。割合はその時々らしいけど、例えば双子が生まれたら、二人ともどちらかの時もあるし、一人ずつそれぞれの種族だということもある。
とはいえ、基本的に一回のお産で生まれるのは一人。双子以上はヒトの出産以上に珍しいそうだ。
話が逸れちゃったね。
ウォルフさんは獣人だから、本来の姿は豹だ。人型や、一部が獣で他は人型とか、色々なパターンで姿が変えられるらしい。
ただ、どうしても個人差があり、完全な人型になるには相当の修練が必要なんだと、昨夜エルグさんが教えてくれた。
けれど、街で暮らすには、人型のほうが便利なので此方の姿を取る事が多いらしい。…これは、シュルツに教えてもらった事。
<でも、たいしたものだと思うぜ?>
しみじみとした口調でブランが言う。
<『豹のウォルフ』は確かに有名だ。それと同時に狙う奴も多い。けど、わざわざあんな風な姿で街を歩いているって言うことは、牽制も含めているんだろうな。ウォルフと認識すれば、余計な揉め事に関与する確立は低くなるからな。…ただ、危険度も増えるけどさ>
自らの自信なのか、周囲への気遣いなのか微妙な所だろうが、多分両方だろう。
…けど、兄妹、か。
「リーリア?」
不思議そうな響きを含んだ低い声にはっと我に返る。自分の考えに没頭して、食事の手が止まっていたようだ。
前を見ると、すでにウォルフさんの食事は済んでいた。スープがまだ冷めていないところを見ると、そんなに長い時間ぼーっとしていたわけでもなさそうだ…てか、早っ。
「どうした?故郷の身内でも思い出したか?」
細められた琥珀の瞳に、少しからかうような色が混じる。苦笑いをして首を振ると私は食事を続けた。
ブランもシュルツも大人しく床に置かれた食事を取っている。
そんな穏やかな時間の真っ最中に。
やっぱり、赤蜜柑の果汁には碌でもないことが付随してくるのだと。
…美味しいのに。ちぇ。