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「リーリア」
夕食を食べに一階の食堂に下りてきたら、入り口の方で名前を呼ばれ振り返った。そこに見知った相手を見て自然笑顔になる。レーエンさん、エルグさん…と、後一人、え?
向こうも驚いたのか、琥珀の瞳が見開かれていた。
「こんばんわ、レーエンさん、エルグさん。ウォルフさん」
今度はレーエンさんたちが驚く番だった。「知り合いだったのかい?」の言葉に、小さく首を振る。
「お会いしたのは今日が初めてです。往来で転びそうになったところを支えていただきました」
流石にあの時脳内とはいえ騒ぎすぎたからか、思った以上に冷静で居られるみたいだった。よかった、よかった。あんな醜態はそうそう曝け出したいものじゃない。
「…お前ら邪魔」
ぼそり、と宿のご主人が近づいてきておっしゃる。無理も無いな、エルグさんほどではないけれど、ウォルフさんもいい体つきしていらっしゃる。あっちだと、充分格闘家(いや、本職なんですけど)で通じるくらいだ。ふたり並んでいると、完全に入り口を塞いでいる。
しかし、それ以前に視線を集めている気がする。不思議に思ったけど、すぐに分かった、宿屋の多くがそうであるように、ここも昼は食堂、夜は酒場が併設されている。宿泊客の迷惑にならないよう、防音対策はばっちり、だそうだ。結界魔法の応用でそういった魔法の道具も売っているらしい。そっち方面に発達したくになんだなぁ、と妙に感心していたら、
<自然と人間が共存していくには、中世程度の文化水準が限界、っている持論を振りかざしている奴がいてさ>
あー、すみません。友人Aの極論を反映させたのは私です。ごめんなさい。
おっと、いけない話が脱線してしまった。
早い話、特Sクラスと特Aクラスが揃っているんだもんね、注目を集めるってものですよ。
「ほれ、こっち」
そう言って、ご主人が案内してくださったのは衝立で区切られた半個室みたいな席だった。
6~8人掛けの席で結構ゆったりしてる。一枚板のテーブルとベンチみたいになっている椅子にはクッションがおいてあった。
「お前らが揃っているならこのテーブルでも狭いかも知れんが、あいにくここしか開いていないからな。…いつものでいいか?」
確かに。エルグさんとウォルフさんで充分幅取るかも。…宿のご主人がおっしゃったのは、全く別の意味だって知ったのは、このすぐ後だったんだけど。
「あ、うん。任せる。リーリアは?何か飲む?」
え?ご一緒してもいいんですかね?一応お伺いを立ててみると「え?一緒に食べないの?」と、逆に聞き返されてしまいました。はい、それじゃ遠慮なく。おばさんは、ずうずうしいのだよ。
「あ、じゃあ、果汁をお願いします」
そう言うと、向かい側に座っていたレーエンさんが「いいこ、いいこ」と頭を撫でてきた。あー、あの、一応私成人していますが。別の視点では、この中で最年長だと思いますが。
「お休み中だっていうのに、喉を大切にするんだねぇ。偉い偉い」
あはははは、アリガトウゴザイマス。
「休み中?確か歌謡いと聞いていたが、ここで歌っているのではないのか?」
これは、私の横に座ったウォルフさんの台詞。当然エルグさんの席はレーエンさんのお隣なので、こういう位置関係になる。
「王都には観光に来たんです。それにこんな大きい場所で歌わせていただけるようなレベルではありませんから」
いいじゃん、死ぬ直前まで休みなしだったんだから。一応会社は土日休みだったけど、主婦に土曜も日曜も無いってね。
「リーリアは上手いよ。何ていうのか、本当に16って思うほど、歌に艶がある」
いやいやいや、実年齢は…わはははは。
「16?成人したばかりだったのか?若いとは思っていたが、世慣れた態度をしていたから、もう少し上だと思っていた」
レーエンさんをちらり、と見てウォルフさんは苦笑する。気持ちは良く解りますとも、はい。
「そうおっしゃるウォルフさんは、お幾つでいらっしゃるんですか?」
うっすらと殺気が漂ってきたので、話を少し軌道修正しよっと。
「俺か?いくつに見える?」
アルコールが入ってきたからかな?それとも親しいヒトが傍に居るからか、昼間会ったときよりも、砕けた印象がしますね。
「何言っているんだよ、獣人…特に『変化』している奴の年齢なんてわかるかよ」
呆れたようにレーエンさんが言う。
「変化」とは、文字通り身体の一部を変えていること。獣人は、その気になればヒトと同じ姿になることが出来る。だから黙って紛れていれば、魔法使いや訓練された使い魔以外気が付かれない、と言われている。そうはいっても、勘が鋭いヒトや、経験によって、気がつくヒトもいる。
ちなみに、属する生き物に変わることも可能なんだそうだ。魔族の変身能力は、色々な動物に擬態するのでブランもシュルツも違う生き物に変わる事は可能だ。本人達は、今の姿が気に入っているので、緊急時以外違う生き物の姿になる気は無いと言っているけど。
「30」
「まだ29だっ」
ぼそりと呟いたエルグさんの言葉を、即効で否定なさった。…いや、でも凄い。その若さで特S二つ。
「もーすぐ30」
…なんだろう、とっても古い歌にそういうのがあったような記憶が。おっと、いけない、年がばれる。
「お待ちっ」
どどん、という音が相応しい。そんな勢いで目の前に並べられる料理。ああ、そうか、ここはご夫妻の定宿だっけ?今回は別の用事で王都に来ているので、そちらの関係の宿に泊まっているらしいけど。
「やっぱり王都に来たら、親父さんのコレを食べないと」
「ああ、我々の王都での数少ない楽しみだ」
凄く嬉しそうにご夫妻はおっしゃるけど…ううん、これは。
「無理はしなくていいぞ。初めての者には視覚的に辛かろう」
なんておっしゃるウォルフさんもなんだか嬉しそうですね。
「いえ、それは大丈夫ですが…えーと、レーエンさん、お野菜も食べましょうね」
「心配ないよリーリア。ちゃんとこの後に出てくる予定だから」
ああ、そうですか…まぁ、私はすでにお腹一杯です。
所狭しと並べられたのは、全て『丸焼き料理』。豚に子牛に鳥に…大きさは鰤くらいの、名前を知らない魚も丸焼きになっています。
狭いって、こういう意味だったのね。しかも、まだ追加料理がくると。このご夫婦、エンゲル係数一体いくつなんだろう。
「惚けていると食いっぱぐれるよ」
ですから、ワタクシはもうお腹一杯ですって。