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この人相手に営業スマイルも出てこない。
驚いた気配が無いところを見ると、知っていたであろう二人は、何事も無かったかのように後ろを付いてくる。
自分の隣の椅子を引いて、どうぞ、と手を差し出す相手を綺麗に無視して、斜め前の席に腰を降ろす。
「こんにちは、副隊長さん。ご公務ですか?」
「ランス。そう呼んで欲しいと言ったはずだが?それに騎士の職を辞してきたから、役職で呼ばれても困るな」
なんですか、それ?まさかとは思いますが…いやいやいや。
タイミングよく来た給仕の人にパンとスープに果物という軽食を頼む。
「意外と少食なんだな」
誰かのせいで食欲が失せたんです。言葉に出さずににっこりと笑顔で応じると、一瞬怯んだような表情をして苦笑を見せる。
「悪かった。調子に乗ってしまったようだ。機嫌を直してくれないか?」
「別に」
そっけない私の言葉に、相手の目が見開かれる。中途半端な時間帯でよかった。近くに女性が居たら、完全に敵に回していただろうな、と思う。
この容姿だ、女性のほうが放っておかないだろう。だから、私のようなタイプは珍しいだけだと結論つける。離れた別の次元で見ている分には目の保養でも、実際傍で相手をしたくはない。
「まぁ、それでだ。冒険者ギルドに登録しようと思ってね」
ご勝手に。心の中で呟きはするが、口に出すほど愚かではない。っていうか、取り合えずまだ沸点には届いていない。
「つれないな。…もし、よかったら雇わないか?今ならサービスしておくが?」
「ご遠慮申し上げます」
昔「結構です」は了承の意味も含む、と聞いた事があった。電話での訳のわからない詐欺行為がやたら流行っていた頃だ。
第一声に『アナタはラッキーです!』その言葉に騙されてのこのこ出て行くと、訳のわからない商品を何十万も出して買う羽目になるという…いかん、話が脱線してしまった。
嫌いな相手には慇懃な態度で接していたのが、向こうでの私だった。実際電話口でその相手が出ると、温度が違うと周囲が笑っていた。慇懃無礼な奴だと昔人に言われたこともある。
極力関わりたくない相手には、悪くないやり方だと思う。向こうも察してか必要以上に関わってこようとはしなくなる。
目の前に居る相手もそういう存在だ。間違っても関わりたくないのに、どうして絡んでくるのか。
とはいえ、完全に嫌い、という相手ではない。少なくとも、悪くない…っていうか、『素』を出しても問題はない、と思った相手だ。まぁ、それが間違いだったと気づいても後の祭り。
でもねぇ、自分の蒔いた種とはいえ、気に入られた責任を負うのは違うと思う。一方的に気に入られても、此方が迷惑だと思えば立派なストーカー行為だ。本人がいじめられていると思った時点で「いじめ」は成立する。それと同じ。
なんてことを運ばれてきた食事を食べながらつらつらと考えていた。向こうは何も言わず、黙って目を閉じている。
そうしていなきゃ、じっと見てしまうから、とは本人の弁。迷惑な話だ。
私の気配を察してか、ブランは隣の椅子に座り、シュルツは相手の足元に蹲った。傍から見ていればほのぼのとしている光景かも知れないが、彼らは護りに入っているだけだ。万一向こうが迂闊なまねをしようものなら、実力で止めるだろう。それこそ正体を晒すことも躊躇わずに。
「聞いてもいいか?それほど俺を厭うわけを」
「厭っては居ませんよ」
にっこりと応じてみせる。
「ただ、関わらないで居て欲しいだけです。そして、私も必要以上に貴方に関わりたくない。それだけです」
そう、それだけだ。何かの折、例えば貴族のお屋敷なんかで招かれた側と、芸を披露すべく雇われた側で会う程度の関係。
それなら、相応に応じる。少し親しい間柄で笑って冗談をいえるくらいの関係を築いていける。
だが、常に傍にいて欲しい、傍にいたい相手ではない。誰が好き好んで、こんな疲れる相手の傍にいたいと思うかってぇの。
黙り込んでしまった相手に、軽く頭を下げると立ち上がる。曖昧に誤魔化すべき相手ではないと、そう思って話した。
中途半端は、却って失礼にあたる。向こうがどう思っているかは兎も角、此方の意思はきちんと伝えるべきだ。それを受け止める度量があると見込んで話したのだ。
<充分認めているじゃないか。どうして突き放すんだ?>
街に出た私に、肩に乗ったブランが不思議そうに尋ねてきた。
【あの男なら、腕も立つ。ご母堂の警護にはうってつけだと思うが?】
…全くドイツもコイツも、人の話をちゃんと聞いていた?
(関わりたくないのよ。あんなイケメン。騒ぎと揉め事が向こうからやってくる事位、分からない?)
【建前はいらぬ】
仕方ないなぁ。別に建前って訳じゃないんだけど。
溜息を一つ吐いて、自分達が一番安全な…人の耳を気にせず話せる場所…キャサリンの屋敷にお邪魔した。
おかぁさまぁ、と飛んできた相手をよしよし、と撫でてついでに外からも侵入できないように結界を張ってもらう。
「好みじゃない。はっきりきっぱり、ただそれだけ。文句ある?」
男にとって自信、というのは悪くは無いと思う。特にあれだけの人物だ、引く手数多の存在だっただろう。しかし。
「受け答えに常に気を張っていなきゃいけない相手を何故にパートナーに選ばなくちゃいけない?」
それに。と、私は口には出さず表層意識で彼らに語りかける。
リーリアは私という存在のみのために作られた「器」だ。ヒトとして一生を終える、とレンは言った。それは嘘ではないだろう。
ただし、一代限りでだ。
それが解っていながら、何故にあんな重い存在を背負わなくてはいけない?
「そこそこの身分なんでしょ?」
キャサリンに向って問いかけると、少し考えるようなそぶりを見せて、頭を縦に動かす。
「ランスーリン・レナード・ツァイ・レックス。一番上の兄上が宰相補佐をしている家柄ですわ。兄上の身分は子爵位。あと上の姉君がグランドの貴族に嫁いでいます。なんでも熱烈な恋愛結婚で、彼女のために王家を離れ一貴族に下ったと」
華やかなご家族をお持ちですこと。そんな相手が一介の市制の歌姫の警護って…笑わせてくれるわ。
しかし、レックス家、かぁ。敵に回したくは無いなぁ。
―大丈夫ですわ―
返って来る言葉に、小さく笑う。
「容姿、実力、人柄に家柄…揃いすぎている男は御免こうむるわ」
過去に受けた痛手は、簡単には拭えない。まぁ、痛手ってほどでもないけどね、いい思い出ではないわね。
私の思考に気がついてか、彼らもそれ以上は何も言いはしなかった。