後編
「突然目の前に現れたのは、病室で危篤状態にある貴女の映像だった」
正面に座ったレンは優雅な動作でお茶を口に運ぶ。惜しむらくはカップがウエッジウッドのメーカー品ではあるが、ピーターラビットのマグだと言う事だ。
「即死じゃなかったんだ」
あの状況で、と思わず唸ってしまう。痛かったとか、苦しかったという記憶は無いんだけど。
「うん、意識は無かったけどね、生きていた。魂がかろうじて繋がっているのが見えた。姫君たちの泣き叫ぶ声と、お姑さんが、一生懸命掛ける声が響いていた。お舅さんは呆然としてて、義理のお兄さんが一生懸命旦那さんに連絡を取ろうとしていた」
そういえば、パチンコに行くって出かけたんだよな。これで、足を洗うだろうか…無理だろうね。
義父さん、義母さん、ごめんなさい。不出来な娘達を押し付けて先立つ不孝をお許しください。
「…不穏なこと考えてるでしょ。ほんとふざけた性格だよね」
悪かったわね。『オタク』が蔑称だった、その筋の第一世代を舐めるんじゃないわよ。周りの白い目に耐えながら細々と同人誌活動していたんだからね。
「一応『カミサマ』だからね。瞬時に何が起こっているか理解しちゃったんだよ。で、気がついたら、その魂、こっちに引っ張ってきちゃった。テヘ。やってみれば、出来るモンなんだね、異世界召喚」
ふざけた性格はどっちだよ。テヘって何だ?あ、いや、こういう性格に作ったのは私なんだから、こういうのも親の責任っていうんだろうか?
「…もういい、で、私のこの先はどうなっているのかな?カミサマより偉い創造主さまっていうのは御免こうむるけど」
「ん~。とりあえず、『ここ』での最高神は俺だから、そういうことは無いと思うよ。それに母さん、一応人間としてこっちに来ているし」
「…ちなみに、私の外見どうなっている?」
「え、あ、リーリア?」
へ?と思わず目を見張る。
「リーリア?『歌姫リーリア』か?」
「設定はともかく、性格的に一番近いからそうなったんじゃない?お袋自身も言っていたじゃん『自分に一番近いキャラ』だって」
いや、それはあくまで性格上のことで、容姿とか、付随する能力とか違うし。…チートではないけれど。
さっきから、母さんだのお袋だの、呼び方コロコロ変わるね、キミも。
しかし、このヒースキングダム。主要人物の設定だけで、あとは脳内のお遊び世界になっていたから、ストーリも何も無かったんだよね。
と、待てよ。
「レギオン」
傍らに気配が現れる。レンが微かに舌打ちをする。これこれ、気持ちは解るがおやめなさい。
「お会いできて嬉しゅうございます。母上」
ああ、来たね。レンの仇敵、創造主と対を成す破壊の主。生むものがあれば、壊すものも有ると設定した、漆黒の魔王。
あくまで、初期の頃の設定だけど。
腰を折り、私の髪を一房すくって唇を寄せる。こういう男に一時憧れて作ったけれど、実際やられると鳥肌モンだね。
ビジュアル的にもレンと双璧をなす人外の美貌の持ち主。レンに比べると甘いマスクは、初期設定の名残だろうな。
二人を並んで立たせて、思わず眼福と浸ってしまう。
「お袋」「母上」
異口同音、とは言わないけど意味合いには同じこと。お互い顔を見合わせて嫌そうな顔をする。わははは、設定者が私だからね、根本的に似ているんだよキミタチ。
「憶えているだろうけど、お袋自身が設定したこの世界、主権は『人間』だ。神々は傍観者であり、基本手出しはできない事になっている」
「我らは互いの務めを果たすのみ。最終的に母上は我らを天上の神と冥府の神に位置づけられた」
すったもんだの末、それに落ち着いたのは大学の頃。最初は天界の戦士と魔界の戦士だったもんなぁ。イメージ的にはミカエルとアスタロト。
「だから、お袋にもここで人間としての一生を全うするしか無いみたいだよ。この世界が一つの世界として確立した理由は良く解らないけど、でも確かに『ここ』にある。それは事実だから」
「この先は我らにも解らぬ。神は万能であって、万能ではないという相反する設定をされた母上自身ならお分かりだと思う」
そう、神は万能ではない。
万能に近い能力を持っていても、全てを見通せる事無く。全ての未来を知ることは無い。それが、この世界の支柱となる条件付けだった。
「だから、俺達がお袋に出来ることは極僅かだ。多少の魔力と言葉の疎通」
「基本的な知識と、愛される資質」
「…逆ハー設定はいらない」
「我らは母上を愛しております。男神二人の愛は、充分逆ハーになりえませんか?」
言葉にならなかった、レギオン、冥界の王。決して正位置にはなれない立場に設定したのに、彼はやはり彼だ。
レンが時を経るにつけ腹黒でちゃらんぽらんになっていった反動で、生真面目な男になってしまった。最終的には悪役はどう見てもレンだと思えるほど、彼は優しく、穏やかだ。
初期設定の気障でフェミニストというのは最後まで消えなかったけど。
「苦労する、と解っていても目の前でお袋の命が消えていくのは耐えられなかった。…恨んでくれてもいいから」
…全く、この子達ときたら。
手を伸ばし、息子達の肩を抱く。
「愛しているわよ、私も。…恥ずかしいから二度と言わないけどね」
なんて言いながら、この先私は何度もこの台詞をいう羽目になる。
こうして、私の第二の人生というものが始まった。
ご指摘ありがとうございます。
誤字を修正いたしました。6/20