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なんだ、これは。
まだ日も高い、真昼間だというのに、この屋敷の周りだけ妙に薄暗く感じるのは何故だろう。
ほら、よく漫画なんかである縄目模様のおどろおどろした…あんな感じだ。
伸び放題の庭の木といい、レンガ造りの家のうらぶれ具合といい…お化け屋敷と言われても否定しないぞ的な要素が盛りだくさんだ。
って、ブランさん、そこ他所のお宅です。勝手に入っちゃいけません…って、あれ?
隙間を上手くすり抜けて中に入ったブランの姿が、本来の人型に戻っているのを見て目を見張る。
「相変わらず、妙な結界魔法使う奴だよな」
【やはり、変化の術はとけるか…仕方あるまい】
中から門を開けて「どうぞ」的な動作をする相手に、ちょっとばかりためらいを見せてしまう。
と、いうことはナンデスカ?ワタクシの姿も元に戻る、と?
「あー、そりゃあ無い無い」
表層意識を読んで返事はやめて欲しいとお願いしませんでしたでしょうか?
「申し訳ない。つい、変化のときと同じようにしてしまう。それはそうと、確かにご母堂が元の姿になる事は無い。この世界において、今のリーリアの姿がご母堂の姿だ」
門の中に入った為、やはり人型に戻ったシュルツが言う。しかし、人通りが無くて良かったね。
「ここをわざわざ通る物好きは居ないよ、遠回りしても別の道を通るさ。何が出てくるか解らないからな」
…もういい、好きにして。諦めました。中に入ると結界を抜ける独特の抵抗感がある…けど、あっさりと抜けられた。あれ?
「懸命なご判断だ。さて、我らの傍を離れぬよう…特に屋敷の中ではな」
「そんなにヤバイの?」
「ヤバイっていうか、ここの結界、本来の役目は中のものを外に出さない、だ。ほれ」
パチンと指を鳴らすと数メートルさきで炎が上がる。…って、アレは何?
「肉食系の虫。ヒトや獣人ならちょっと噛まれて血を吸われるくらいだけど、お袋さまに傷が付いたら、俺主に殺される」
あっちでいう「蚊」かなぁ。少し位噛まれても問題は無いけど。
「あいつ、目の前で増殖するぜ?」
へ?
「血を吸うと増える。卵とか産まなくてそうやって増えていくんだ。一度血を吸えば、二度と血は吸わないけど増殖した奴から吸われるからな。…きりが無い」
メスの蚊みたいな奴ね。あれも産卵のために血を吸うし。
「本来高い山の一部にしか居ない。ここにはそういった生き物が主の趣味で集められている」
危ない趣味の人だなぁ。
「魔族だけどな。あ、来た」
家の扉を開けた途端、どたどたどたーっと、大きな足音。
「やっぱりブラン、貴方ねっ!アタシの可愛いオーエンスちゃんを焼いたのはっ!」
オーエンスちゃん?
「アレは中に居る虫や生き物一匹一匹に名前を付けている」
あ、名前をつける程度の数なんだ。
「数千は下らぬ。夜行性のもの、地中に居るもの…様々だ。代が変われば名は引き継ぐから代わり映えはせぬが」
玄関口のホール。見上げる螺旋階段。って、どこにこんな高い塔があったんだ?外から見たら、せいぜい二階建てのお屋敷だったわよ?
どたどたどたーとやって来た相手を見て思わず目を見開く。美形ぞろいの魔族だって事は知っているけど、これは、また。
「やってくる度に、アタシの可愛いコ達を焼くのは止めてって言っているでしょう?」
「だって、うぜぇもん」
「うざいって、あんた…あら?」
ふわふわの栗色の髪にこぼれるような青い瞳。某乙ゲーの女王陛下二人を足して二で割るとこんな感じになりそうなタイプだ。
「まぁぁぁぁっ!おかぁさまっ!?」
あくまで、外見は、だね。
「お初にお目にかかります。通り名キャサリンと申します!お会いできて嬉しゅうございます」
「あ、えと、こちらでは『リーリア』と言います。よろしく、ね?」
両手を取られての至近距離。きれーな肌だなぁ、とぼんやり思っていると、キャサリンは満面の笑顔を向けてきた。
「本当におかぁさまですのね。こっちにいらっしゃっているとは存じていましたが、わざわざ来てくださるなんて。アタシ感激ですっ!」
あはははは、ありがとう。
「とんでもございません!まぁ、アタシったら、おかぁさまを立たせたままで!お待ちください!今仕度を」
どいつもこいつも人の表層意識を読み取って会話なさるのね。
「ちょいまて、キャシー」
擬音効果があれば「めりめりめり」っと、そんな勢いでブランが彼女を私から引き剥がした。
「お袋さまは、ここではヒト、だ。それを配慮しろ」
「しっつれいな。それくらい心得ているわよ」
「どうだかな」
「って、あんたもいたの?シュルツ」
ふかーく、おもーい息を吐いてシュルツはキャサリンに視線を向ける。
「緘口令を、キャサリン。今王都にいる全ての魔族に。ご母堂を見かけても必要以上に騒ぐのではない、とな」
ちょっと待って、どういう…ああ。
「愛される資質、ね。あのマザコン」
「ご母堂、それではあまりにも主が…それ以前に、我ら魔族そのような付加が無くともご母堂をお慕いしております」
うろんな視線を向けると、再びキャサリンが手を握ってきた。
「勿論ですわ、おかぁさま。母を慕わぬ子供が何処におりましょう?」
「私も愛しているわよ。子供達」
にっこりと笑うと、キャサリンの瞳が潤んでくる。…なんか、某守護聖の方々の気持ちがわかるような気がする。
「おかぁさまがヒトで残念です。魔族でいらっしゃるなら、すぐに真名を捧げましたのに」
彼らの真の名前は同族でしか発音できない。しかも、それは隷属を意味する。その為の通り名だ。ブランもシュルツも。
「何の為に、そんな設定をしたと思っているの?子供の自由を縛るつもりはないわよ」
いや、ホント変な設定していなくてよかったわ。色々な意味で。
気が付くと、跪く三人の魔族の姿があった。…だから、止めろと言っている。
色んな意味で前途多難だわ。やれやれ。
修正いたしました。