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歌い始めたのは、女王陛下がおわす王国に古くから伝わる歌。メロディラインこそ、かの男性デュオのものだけど。
私が歌ったのは英語での原詩。でも、まぁ、一般的な和訳で耳に届いたようだ。
実はこの歌、男性パート、というか男性が女性に向けて三つの問いかけをして、その答えの前に女性が男性に三つの問いかけをする、という歌なのだ。
当然、私が歌ったのは女性の方だけ。流石マザーグースって感じの内容の歌である。
それを叶えてくれたら、私は貴方を真実愛するでしょう。って締めるんだけどね。正直叶えてくれても気持ちは動かないと思う。
この歌の訳詩を読んだとき思ったのが「なんだ、このかぐや姫」だったんだよね。
「仏の御石の鉢」とか「蓬莱の玉の枝」「火鼠の皮衣」…無理難題を言って、叶えてくれたら相手を愛してあげるって、なんつー上から目線だよ、ってね。あのデュオの柔らかな歌声とは裏腹に、「なかなか」の曲である。
遠まわしに断っているとも言う。正直きっぱりはっきり断りたいけど、一応芸を売る身としては、TPOは心得ていなくちゃねぇ、って。
歌い終わって、にっこり。いつの間にか緩んでいた腕からするりと抜けて、数歩離れて一礼。
しーん、となった酒場に、思わず引かれちゃったかしらん、と思っていたら、楽しげな笑い声と共に拍手の音。振り返ると、女将さんが実に楽しそうに手を叩いていた。
「大したもんだよ、リーリア。この国広といえども『氷の貴公子』にそんな事を言うのはアンタだけさ」
すると、次々と拍手と共に「すげーぞ」とか「そうだ、他にも男はいるぞー」とか…まぁ、色々声が聞こえてきた。
そして、当のご本人はというと……。
暫くすり抜けた腕を見ながら考え込んでいるようだったが、やがてにっこりと笑顔を見せた。
ナンデスカ、ソノクロサハ。
「よかろう。楽しみに待っているといい」
誰が、『氷の貴公子』ですかっ!?どこが、氷なんですかっ?
どうして、そう私にこだわるかねぇ。地位といい、容姿といい、女性に不自由はしていないだろうと思うのにな。身分のない、旅芸人相手になにやっているんだか。
身分差など気にせずに、想う相手を手に入れようと、あの手この手で動く主人公…ハーレクインですな。もしくは、王道系、シンデレラストーリー。
王子様とお姫様は幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。…な、わけ無いだろうっ!
結婚する前よりしてからのほうが、一般的に人生は長いんだっ!しかも、問題は山積みなんだよぉ。
っていうか、私の意志は?いや、まぁ、無視すればいいんだけどね。でも、「待っていろ」ってナンですか?嫌な予感満載なんですけど。
最後だからと他にも色々歌って。
そろそろやめておいたほうが良いかな?騎士の皆様は明日もお仕事だろうからね。
少し考えて、歌ったのは「炎のたからもの」ご存知大怪盗の孫を名乗る男と仲間達の漫画原作のアニメーション。その映画の一つのテーマソング。ヒロインが可愛いんだよねぇ。
歌い終わって、ドレスの端を摘み、深々と腰を折る。こっちの作法、というより向こうの外国映画で見た動きに近い。
一応王族相手に取っていた動きだから、そんなにおかしくは無いはず。
拍手と笑顔と「またこいよー」の声に、不覚にも涙が滲んだ。流石に、副隊長さんも何も言わないで、笑顔で拍手をしてくれた。
いい街だった。
息子達に心からの感謝を込めて、もう一度膝を曲げる。
ありがとう、こんな良い街に連れてきてくれて。ここだからこそ、私は家族を失った悲しみに囚われずに済んだ。
ありがとう。
翌朝、いつの間にか戻ってきた(大分憔悴していたけど)ブランやシュルツ、レーエンさんご夫妻と共に、ロウエンを出て、王都に向った。
今回で「ロウエン」編終了です。
いつもより、若干短めですが、キリがよかったので。