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えーと、これはどういう事でしょう。
時間になったので下に降りていったら、酒場は騎士隊のほぼ貸しきり状態でした。しかも、何故かエイダまでいるし。
花を持ってきて近づいてきた彼女は、少し淋しそうに微笑んだ。
「今日が最後だと伺ったので」
花を受け取り礼を言う。…しかし、何故にそこまで情報が早い?決まったのは今日の昼ですよ?
「やあ」
にっこり笑顔の男に頭が痛くなる。頬を染めている場合じゃないですよ、カレンさん。この男悪党ですから。
って言うか、情報源はこの男に違いない。直感だけどそう思ったね。
「こんばんわ、副隊長様。ようこそお出でくださいました」
にっこりと極上の笑顔を見せてやる。
「ああ、残念だな。王都に向うときいたが」
…ギルドに守秘義務を進言したくなってきたな。まぁ、上層部とのパイプラインがないと色々不便だろうから、こういった情報の流失は仕方ないんだろうけれど…なんか、腹立たしい。
きっちり顔に出たんだろう、副隊長さんはくすくすと楽しそうに笑っている。
「とりあえず、今宵が最後なら我々がここにいたほうが妙なものは届かないだろう?」
あの会話憶えていたんかい!いくらなんでも、昨日の今日でそうそうそんな物騒な話になるわけないだろう!
…なんだか、歌う前から疲れた。
女将さんにいつもの果汁を貰って、定位置のカウンターの傍に立つ。今日は音叉はいらないみたいだね。姿勢を正した途端、しん、となった。
最初は「グリーンスリーブス」好きな歌だけど、今日まで歌わずにいたのは何故だろう。…まぁ、しんみりする歌でもあるからねぇ。
ふふん、今日はサービスだ。今までの「とっとき」を歌ってあげよう。
「雲の遺跡」ボーカロイドの歌だけど、これが一番リーリアのイメージに近い歌だから。
「荒野流転」…アニメの主題歌。いいよねぇ。「嘆きの歌」も捨てがたい。…オープニングの方が有名だけど。
「Wings」ゲームの挿入歌。マイナーだけど個人的に好きなんだよね。
どれもこれも、車の中で繰り返し聴いていた歌。対向車が少ないと車の中で歌っていた歌。時には長女が、次女が後部座席で歌った歌。そんな歌を続けざまに歌う。
「少し休まないか?」
コップを差し出され、見覚えのある色合いに目を見開いた。
「さっき女将さんに渡して作ってもらった。賄賂代わりに2,3個差し上げたがな」
赤蜜柑。蜜柑、というよりオレンジに近い…けど、柔らかな甘さがある味。
「ありがとうございます」
冷えた果汁が喉に優しい。見上げると、副隊長さんの碧い瞳とぶつかった。それが、優しげに細められる。
「王都に行ってどうするんだ?」
「…?観光、ですけど?」
妙に真面目な調子で言う相手に答えると、きょとん、とした反応を返され、次いで盛大に吹き出された。
どっかの誰かと同じパターンだな、これ。
「そうか…ふ、くくっ…観光、か」
人を何だと思っているんだこの人。
「ふっくたいちょー。副隊長ばっかり、リーリアさんと話してずるいっすー」
「そうですよー。リーリアは皆の歌姫なんですから、独り占めは良くないですー」
あちこちから、同様の声が上がる。そうだね、最後だから皆の所へ…へ?
「今口説いている最中だから、邪魔するな」
腰に手を回され耳元で囁かれる。すぐに、周囲からブーイングが起きるけど、本人は何処吹く風で、私の腰から手を離そうとしない。
…っていうか、いつ口説かれたんです?私。
「ん?今から」
表情、読みましたね。昼間ブランに言われた失礼な言葉を思い出してむっとする。すると、頭の上からくすり、と笑われ心地のいい声が振ってきた。
でも、自分の好みの声ではないのが少し残念。ま、好みじゃ無いのは声だけじゃないですけどね。なんていうか、嫌だこの男。どうしたら、相手により効果を与えることができるのか、どうしたら自分を良く見せる事ができるか心得ている。ナルシスト、とまでは言わないけど、苦手…いや、好きになれないタイプですな。
「どうだ?悪くはないだろう?」
なにが?と、思わず問い返しそうになって辞めた。なんか、碌でもない答えが返ってきそうだ。
「とりあえず、離していただけませんか?この体勢じゃ、歌いにくいです」
「ランスーリンだ」
へ?と顔だけ振り返れば、予想以上の至近距離に相手の顔があった。
「ランスでいい。名前で呼んでくれないか?リーリア」
…殴ろうか、蹴ろうか、それとも果汁をぶっかけようか。
前者二つは、こっちの手や足が痛くなりそうなので辞めた。後者は、高い果物がもったいないから却下。
気が付くと周囲が固唾を呑んで見守っている。…頭の上は楽しそうな気配。面白がられているのは解るけど、いい加減おねーさん…いや、おばさんも限界に近くなっているよ。
けど、ここでヴィダを呼び出す訳には行かないし…この男と二人っきりなら迷わず、呼び出していたけどね。
ふと、ある歌の歌詞が頭を過ぎる。旦那が良く聴いていた、洋楽の男性デュオ。ただ、思い出したのは彼らが歌っていたアレンジ曲ではなく、その原詩。
体勢を少しずらして、にっこり微笑むと副隊長さんの頬に手を当てた。驚く顔と、周囲のごくり、と喉を鳴らす声が聞こえ。
そうして、私は、静かに歌を紡ぎ出した。