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ノックの音にエイダが我に返る。

慌てて、扉に向おうとした彼女を引き止めるとハンカチを差し出した。

え?という顔をして居る彼女の頬をそっと拭く。

私の歌ごときで泣いてくれるなんて、歌手冥利につきるけど、それで外に出るのは止めて下さい。あらぬ誤解を生み出しそうでイヤです。

自分で驚いていたみたいだったけど「はい、暫くお待ちください」と、外に声を掛けながら、身づくろいをして、顔を整えると、扉を開ける。



現れたのは一人の美丈夫。彼を見て、少し驚いた表情をした彼女だったがすぐに腰を落す。…それなりの相手なのかな?

私も倣って礼を取った。


「どうか、楽になさってください」

おお、声もお素敵ですね、おにーさん。顔を上げると、略式ながら、騎士の礼をした彼は笑顔を見せた。

「ランスーリン・レックスと申します。本日のエスコート役を仰せつかりました。騎士隊の副隊長を勤めています」

このおにーさんがカレンさんオススメの副隊長さんね。確かにイイオトコだわ。…個人的な好みからは外れるけどさ。


しかし、また偉いさんを寄越してくださったものですね。


「お世話をおかけいたします。リーリアと申します。よろしくお願いいたします」

差し出された手に、自分の手を重ねた。すると、後ろから声を掛けられ振り返ると、エイダが興奮した面持ちで近寄ってきた。

「素敵でした!機会があったら、お店に伺いたいです!」

ありがたいけど、それはちょっと辞めておいたほうが良いかと思う。少なくとも若い娘さんが来る場所じゃないしね。

困惑した私に気が付いたのか、副隊長さんも苦笑いを見せると彼女に視線を向ける。


「機会があれば、ロニかリチャードに連れて行ってもらいなさい。質は悪くないが、女子供が一人で行く場所ではない」

「あ、は、はい。レックス様。失礼いたしました」


その様子を微笑ましく思ってみていると、さりげなく手が腕に回される。廊下に出て扉が閉まる音が聞こえると、物言いたげな視線にぶつかった。

「喉慣らしに付き合っていただいたのです」

にっこり笑顔を見せれば、「ああ」との声と共に、柔らかな笑顔が返ってきた。

「それは、私もご相伴に預かりたかったです」


金髪碧眼。王子様的容貌の持ち主が、そんな笑顔で言えば、たいていの女性はクラッとくるだろうね。っていうか、自分の顔をちゃんと知っていて、どういう風に使えばいいか解って使い分けているタイプだわ。…しつこいようだが、好みじゃないけど。

「ありがとうございます。よろしければ店においでください」

いつまでいるか分からないけどさ。なんて言葉は出さずに営業スマイル。ごめんね、坊やの笑顔に赤面できるほど若くは無いのだよ、おばさんだから。

それに、レンやレギオン、ブランやシュルツを見てるからね。美形さんはもうお腹一杯ってカンジ?

ちょっとプライド傷つけちゃったかな?一瞬眉がよるけど、すぐに綺麗に戻して笑顔を見せる。…上っ面だけの、ね。

いい性格してるよ、おにいさん。流石副隊長さまってね。その黒そうな性格上の子のツボだわ。でも、顔があの子の好みでもないから、残念。

暫く歩くと重厚ないかにも、って扉の前に着いた。両側には騎士さんが控え、副隊長さんに礼を取る。


さて、本番ね。姿勢を正し、前を見る。ふと視線を感じて顔を向けると、副隊長さんの驚いた顔に出合った。えーとなんでしょうか?

次に副隊長さんが見せた表情は、私よりも両側の騎士さんたちが固まった。

いや、気持ちは判ります。反則ですよこれは。


「ランスーリン・レックス。歌姫リーリア殿をお連れいたしました」

良く通る声に、騎士さんたちが我に返って扉をあけた。副隊長さんの表情はすでに真面目な業務顔になっている。…いかん、私も気を引き締めなきゃ。

広間はすでに歓談中の様子だった、言葉と共に自然一部の人たちがわれて、通れるようになる。副隊長さんに手を引かれ進み出る。すぐに離され、私はその場にゆっくりと腰を折った。

「ようこそお出でになった、歌姫殿。顔を上げられよ」


この国の上流階級のマナーの第一は、身分の高い人からしか声を掛けちゃ駄目だということ。礼を取ったときは、相手から許しがあるまでそのままの体勢をしていなきゃいけないということだ。

正直中途半端なこの体勢はなれない身としてはちょっときつい。


「そなたの評判は耳に届いている。異国の歌を歌われるとか。今宵我らの耳を楽しませてもらいたい」

顔を上げた先はナイスミドルなおじさま。学者風の風貌に穏やかな笑顔。

うん、評判どおりの立派な領主様だ。目下のものにも気遣いを忘れない。上に立つものとして、見習ってもらいたいものです社長。…いかん、つい、ね。

「お耳汚しではありますが、楽しんでいただければ幸いにございます」


猫を被るのは得意さ。御領主さまが微笑んで合図を送られる。軽く腰を折り姿勢をただす。…わりとアットホームなパーティね。

身近な人たちを集めた、気の置けない雰囲気が漂っている。

口にのせるは「喜びの歌」。和訳の歌を歌う。正直ドイツ語の原詩の方が好きなんだけど、どう訳されるか分からないから、これでいくしかないよね。

しかし、合唱曲をソロで、アカペラで歌うって辛い。…これは、あの迫力で歌うべき歌だ。選曲誤ったかな?

歌い終わって腰を折る。…反応が無い、やっぱり選曲間違ったかな?なんて、思っていたら…。


大きなどよめきと共に巻き起こる拍車。え?思わず礼儀を忘れて頭を上げそうになった…やば。


「見事だ歌姫殿」

興奮した声に顔を上げると、満面の笑顔の御領主さま。

「宮廷で多くの歌い手達の歌を聴いたが、このような素晴らしい歌は初めてだ!さぁ、次はどのような歌を奏でてくれる?」

表裏の無い真っ直ぐな賞賛。本当にいい御領主さまだ。この辺りの人たちは幸せだなぁ。

再び礼を取り私は歌い始めた。ちょっと趣を変えて「メモリー」。子供にねだられて東京まで見に行った劇団「四季」のミュージカル。…良かったなぁ。



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