前編
憶えているのは一面のヘッドライト。
一方通行の狭い道をスピード出して逆走してくるんじゃねぇよ!という思考。
そして、気がついたら「ここ」にいた。
「天国?」
「残念、お袋。ここ天国じゃないし」
でも、あれで生きているとは思わないしなぁ。
「うん、それは正解。お袋、死んだし」
っさきから聞こえるこの合いの手は何なんだろう。しかも、「お袋」って、わたしゃ娘しかいないし、あの子たちまだ独身だし。
「やだなぁ、母さんったら、俺のこと忘れちゃった?」
…記憶のふちに引っかかるこの口調。音声付は初めてだけど。
「うん、正解。さすが、母さん」
「貴様か、レン」
レン。ミルドレン。私の最初の子供。
ふわり、と背中が温かくなる。後ろから抱きすくめられ目の端に映るのは、絹糸のようなさらさらした銀の髪。
重さも温度もある。死後の世界にしては不可解な。
「死後の世界って言ってしまえばそれまでだけど。…どっちかというと、異世界トリップ?」
「はぁ?」
重みが倍増する。こいつの体重設定何キロだったっけ?
「やだなぁ、母さんったら、カミサマなんだから体重設定も何もないでしょ。っていうか、そんな細かい設定なんて最初から俺にあったっけ?」
「なかったね」
混乱と理解の外にあることが起こると、感覚がショートして却って冷静になると今、初めて知りましたけどね。
「状況説明を、ヒースキングダムの至高の君」
中学の頃の自分の語彙の無さに改めて頭が痛くなる。と、いうか、その設定で遊びすぎて他の名前がしっくりしなくて、最終的にいつもこれに落ち着いていた気がする。
「そうだね。とりあえず、お茶する?」
音も無く現れるテーブルと椅子にティーセット。お流石カミサマ。
辺りを見渡すと一面の野原、記憶にあるような無いような花が咲き乱れる場所。
「神々の庭園?」
「そ。流石、我が創造主」
いたたまれない。こっぱずかしいネーミング。
改めて正面から見ると、確かに『ミルドレン』だ。腰まである銀糸の長い髪、角度によっては銀に光る灰色の瞳。
人外の美貌。思い描いていた通りの青年の容姿に思わず見惚れる。
「なに?」
「いやぁ、いい男に育ったなぁ、と」
「育ったって…最初から、俺はこの姿でしょうが?はい。好きでしょ?ダージリン」
カップは何故かピーターラビットのマグカップ。私の愛用の品。
「事の起こりは、アナタだと思う。創造主殿。貴女の死が…いや、事故が発端だった、としか思えない」