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船の上の 『Xmas』

作者: 大輔華子

クリスマスの夜には、神様が降りてきて、そして何かが起こるような気がしませんか。


【華】

<序>


 先日、うちの会社に中途で一人の男性が入社してきました。

 年の頃は、三十歳前後かな。名前はジョン・崎山。お母さんがカナダ人でハーフらしいのよね。

 彼が配属になった部署は、社内でも仕事しないことで有名な人事部・社員教育課です。

 私のいる秘書室も他部署のことは言えたものじゃないけれど、社員教育課の暇さといったら普通じゃないの。男性課長と女性課員三名でとっても家族的。十一時過ぎから厨房で良い匂いさせていたかと思うと、お昼は隣の公園でお食事会。午後一時には会社へ戻るけど、あとは席にいないの。そう、夕方まで会議室で課内の打ち合わせ。毎日いったい何の打ち合わせしてるの?

 そこへ突然一人加わった男性新人社員。それはもう、打ち合わせに拍車がかかりまくって毎日会社の会議費使って五時からお外で打ち合わせ。人事部長さん。それでいいの? 会社は業績不振で営業所はひーひー、工場は一時帰休だってのに、本社はるんるんのデレッデレー。


 そんなことはさておき……

 入社した次の日、彼は私に話し掛けてきました。


「あのう。私はジョンといいます。ジョン・ザキヤマ、『サキヤマ』ではなく、実は『ザキヤマ』なのです」


「はあ?」


「あなたのお名前はたしか……、マツサカ華子さん、ですよねー」


「いえ、あの。ちょっと違いますが……」


「ああ。誠に失礼致しました。『マツサカ』さんではなくて、『マツザカ』さんでしたか」


「いえ。そういうことではなくて、『松下』です。名前、違ってます」


「『マツジタ』さんではなくて?」


「…………」


「マツジタハナコさん。やっぱりそうでしたかー。あなたのイメージにぴったりでございます」


……何か失礼なヤツだなあ……


「いえ、普通に松下です。マツジタではありません。サキヤマさん」


「いえいえ、私は『サキヤマ』ではなく『ザキヤマ』です」


……メンドクサイ性格! もうどっちでもいいよう! ……


<一>


 ジョン・ザキヤマは、俗に言う『イケメン』風であったが、はっきり言って仕事ができない。

 打ち合わせは忘れてすっぽかすし、計算をするとどこか必ず一箇所はミスをする。

 先頃は、『親展』で上司から依頼された文書に誤って『回覧』の印鑑を押してしまい、大勢の社員に回されて上司があっちこちの部署に謝っていた。

 コピーを頼まれると誤ってシュレッダーにかけてしまったりもする。


 そんなある日、ジョン・ザキヤマは、また秘書の華子に話し掛けてきた。


「あのうマツジタさん。今日四時過ぎ、お時間空いていらっしゃいますでしょうかー」


……あれ? お誘い? あっりゃまー。何年ぶりだろう。でも四時って何よ。就業時間中だよ……


「私、松下です。『マツジタ』ではなくて。それからあのう。四時って、まだ時間中なんですけど……」


「そう。ですから打ち合わせをしましょう」


……何の打ち合わせよ! それにだいたい、社員教育課がそういう規則違反みたいなこと言っていいわけ? ……


「すいません。五時十分終業ですから、それからなら構いませんけど……」


……ちょっといい男だからこの際、ええい! 乗っちゃえ。抜けてるところは私も大なり小なり同じだしね……


 松下華子は、メタボリックっぽい太めの男性が好みであるが、何せ婚期を完全に逸脱しているだけに、目の前の『イケメン』風のお誘いに心揺らいだ。


「マツジタさん。ありがとうございます。それでは、玄関脇の男子用トイレの前でお待ちになっていてください」


「…………」


……やめようかな。こいつアタマおかしいよ。何で私が男性トイレの前で待たなきゃならないのよ!! ……


 抜けている者同士の行動は非常に危ないパターンに発展することがある。


<二>

 

 ジョン・ザキヤマは、早速一人暮らしの自分のアパートの一室へ華子を招き入れた。いや、招き入れようとした。華子は玄関から入るなり異様な光景を前に、目を丸くした。

 玄関には沢山ぬぎ散らかされたままのシューズ。十足以上が重なるように溢れている。一目で見渡せる部屋にはゴミ袋が散乱している。一風変わって壁には、世界中の難民、その子供たちの写真が、隙間なく重なり合って貼り付けてある。奥の窓際には大きな三脚の上にカンバスが乗っていて綺麗な油絵が描かれている。外人女性の肖像画で、まるで写真のように綺麗だ。しかし目の部分が白く少し気味が悪い。

 他に見渡したところ、テレビや音楽コンポなどはない。天井の吊下げ型照明器具のコード部分からは、難民救援団体の『ジュニセフ』からの感謝状が額に入って二枚吊るされている。何から何まで普通の光景ではない。

 

「あの。ザキヤマさん。部屋の中じゃお話できそうにないわ。どこか外でお話ししませんか?」


「いえ、これから私たちはハーバーに行くのです。それから、暫く航海に出るのです」


 思いがけない言葉に華子は慌てた。


「何のことですか? あなた、ご家族はどちらにいらっしゃるの?」


「父は船乗りでしたが、もうこの世にいないのです。母は父の船で航海に出ています」


「航海って……。明日、あさっては土日だけど、月曜日は会社ですよ。あなたも私も」


「いいえ。しばらく会社はいいのです。私は母に会いに行くのですから……」


 華子は益々慌てた。そして話題をそらす作戦に出た。


「あなた。普段は何をしてるの? 趣味とかは?」


「私は、実は『難民カメラマン』なのです。私の父もそうでした。父は、生前、世界各国で百万枚以上の写真を撮っているのです」


「なっ、難民カメラマン? それって何かパクってない? だいいち今、どうしてお母さんに会いに行かないといけないワケ?」


 ジョン・ザキヤマは一瞬表情を曇らせた。しかし、眉尻をきりっと上げて言った。


「もうすぐ聖なるクリスマスです。クリスマスは毎年家族で食事を共にし、これまでの航海の無事に対して神に感謝の祈りを捧げるのです。そして、世界中の難民の子供の命が救われんことをお祈りするのです。私も、あなたも……」


「ちょっ、ちょっと待ってください。私もって……」


 よく見ると窓際のカンバスに描かれた女性の肖像画はかなり年配の女性である。華子はその女性がカナダ人といわれる彼の母親ではないかと思った。目の部分は白いが、絵の中の銀髪の女性はまるで生きているようである。素人ではなかなか描けないような見事な肖像画だ。彼は仕事では失敗だらけだが、難民カメラマンとしてずっと地道な活動を続けている。そして絵も一生懸命描いている。

 華子は、彼の別な能力を発見したような気がして少し嬉しくなってきた。

 

 いよいよ華子の天然が出そうな気配になってきた。


「私、行く行く。私が必要なんでしょ? ザキヤマさん」


「そうなんです。あなたが必要なんです。マツジタさん、分かっていただけましたか」


「私、松下です。ここで待っていて。すぐ旅支度してくるから。食料も要るんでしょ」


「食料は要りません。二人で往復五日分の缶詰は船に有りますし、母の大きな船には有り余るほどの食料があります」


「分かったわ。船はどこに有るの?」


「はい。ハーバーはここから歩いて四時間くらいです。ホバークラフトで行きます。マツジタさん」


「ですから、私、松下です。読み方、濁りませんから。あの、歩いて四時間って、近くまで電車か何かで行けないんですか?」


「はい。行けますが、お金が有りません」


「ぶーーーーっ」


<三>


 ジョン・ザキヤマのアパート前で待ち合わせをして、そこからタクシーで二十分程度走った先の川沿いの桟橋下に艇長十メートル程の船が浮かんでいた。ホバークラフトではない。どこから見ても屋形船である。停泊地はとても『ハーバー』という感じではない。


「あの、これ。ホバークラフト?」


「はい。ホバークラフトです。屋形船ではありません」


……自分で『屋形船』って言ってるじゃん……


「これは三十人以上の宴会にも対応します。しかもトイレが綺麗なのです」


 屋形船で忘年会などの宴会を会社で行う場合、女性社員が最も気にするのはトイレである。トイレの汚い船には絶対に乗りたくない! そんなこともあって、パンフレットにトイレを載せているものもあるくらいである。いや、そんなことはどうでもいい。


 ジョン・ザキヤマの持ち物は、先程部屋にあった油絵のカンバスと絵画関係の用具のみである。


……この人、五日間着替えもしないつもり?! 何か嫌だなあ……  


 これから片道二日間、往復五日間の洋上の旅。ホバークラフト(屋形船)は思いもかけないスピードである。しぶきを上げながら、水面を滑るようにほとんど揺れもなく走って行く。走り出してまもなく川から海に出て、みるみる陸地が遠ざかっていった。華子は本当にこれで良かったのかなあ、と少しだけ感じながらも、頬が紅潮していくのを感じた。

 二日目の朝日を受けて華子は船の甲板に当たるところへ船室から出た。いや、顔を出した。

 未明からまたホバークラフト(屋形船)はジョン・ザキヤマの操縦で快調にとばしていた。


「もうそろそろだと思います。そこに入っている海図を見せていただけませんか。マツジタさん」


「はいはい。松下ですからね」と華子。


 彼が、紫外線焼けして黄色くなった海図をめくると、そこには真っ赤に塗られた三角印が表示されてあった。

 記録された船の時間、速度と方位を見ながら、慎重にチャートを記入していく。


「この方角に見えてくるはずです」


 さらに数時間程度走らせていくと、前方に黒い船が点のように見えてきて、みるみる近付いてきた。


「あの船はずっと停まっているの? あなたのお母さんが乗っているの?」


「そうなのです。停まっているのです。決して場所を移動しません。そして母は私たちが来るのを心待ちにしているはずです」


……変なの。何のためにお母さんは海にいるの? 亡くなったお父さんを偲んでのこと? 何だかよく分からない……


<四>


 大きな黒い船にホバークラフト(屋形船)を横付けし、ロープでしっかりと固定してから二人は黒い船の甲板に登り立った。

 ほとんど人の気配はしない。

 二人が船室へ入っていくと、そこにはこちらを向いて椅子に座った銀髪に青い目の老婆の姿があった。それはまるで、この日、この時を予想していたかのようであった。


……彼の肖像画の女性だ……


 気が付くと、ジョン・ザキヤマとその母は熱く抱擁していた。二人とも一言も発しない。母親は足が悪いのか椅子に座ったままである。

 華子は、あまり見てはいけないと思い、奥の部屋へ向かい部屋へ入ってドアを閉めた。すでに太陽は傾いていて、西日が部屋の丸窓から鋭く差し込んでいる。

 

 そこで華子はまた、あまり見慣れない光景を目にした。

 そこには、十数人分に当たる肖像画が置かれていた。画風は華子がジョン・ザキヤマのアパートで見たものと全く同じであり、一目で彼が描いたものだと分かった。


……沢山の肖像画。この人たちはいったい誰なの? どこの人? ……


 人の気配がして入口のほうを振り向くと、そこにはジョン・ザキヤマが立っていた。


「マツジタさん。それは皆、私が描いたものです。この船の乗組員でした」


……でした? ってどういうこと? まさか亡くなっちゃった人たちじゃないよね……


「そこの一番手前にあるのが私の父です」


「…………」


 そこにはきりりと引き締まった顔の紳士の姿が描かれていた。描かれていたというより、遠くから見ると写真と見間違うような見事な出来の肖像画だ。


……やっぱり、亡くなってしまった人たちの生前肖像画だ……


 彼は、亡くなった船の乗組員の肖像画を一人一枚ずつ描いている。よくよく考えてみると亡くなってからはこんなに細かいところまで書けるはずがないだろう。生前に描いていたものに違いない。

 華子は、あの母親の肖像画の目が色塗られていない白いままであったことを思い出した。この部屋にある肖像画は全て目に色が入って完成されている。


……そうか。何かがあって、船の乗務員が皆亡くなってしまったのに、母親は家にいて一人、生き残ったんだ。だから母親は今でも乗務員を偲んでここにいて……。自らの死期を待つ覚悟でいるのかぁ。それって何か悲しいなあ……


 今日はたしか十二月二四日。クリスマスイブ。


 その日、ジョン・ザキヤマとその母、そして華子の三人は晩餐を執ることにした。ジョン・ザキヤマは彼のアパートの部屋の状況でも分かるとおり、食事の支度などできるような男ではない。そして彼の母親も高齢でとても体を動かすことなどできそうにない。

 

 華子は、自分はこの晩餐の支度のために呼ばれたのだと思った。

 たった一人残った傷心の母親と息子のクリスマスの晩餐会。

 材料はいくらでもある。奥の大きな保存室には七面鳥、スモークドハムやチーズ。パンは山ほどある。スープの材料もある。野菜もほとんど傷んでいない。酒もある。バターや牛乳、生クリームや調味料もたっぷりだ。インスタント食品は一切ないが、缶詰は山のようにある。

 華子はここで頑張らねばと思った。

 華子は親子水入らずの中で自分が夕食を共にするのは気が引けていたが、ジョン・ザキヤマや母親は華子に感謝こそすれ、邪魔になどしない。彼女を大切に扱ってくれた。


「お母さま……」


 華子はそう母親に語りかけた。母親も息子が彼女を呼ぶ時のような『マツジタさん』ではなく、「ハナコ」と呼んだ。思いのほか日本語が流暢である。

 料理の準備にかなり時間がかかったこともあって、晩餐会のスタートは夜十時頃になり、晩餐会は朝方まで続き、三人はすっかり心打ち解けた。


<五>


……ふうう。夕べはちょっと飲みすぎたぁ……


 華子は、疲れてソファーで眠ってしまったらしい。華子は毛布にくるまって一人寝ていた。朝方、食事の片づけをやっとのことで終えたところまではかろうじて覚えている。

 随分と寝過ごしてしまって、既に日は沈みかけている。華子は時差ぼけのように眠い目をこすりながら、ジョン・ザキヤマと母親の姿を捜した。

 大きな部屋はこの部屋と東と西に一つづつあるだけだ。あとは、厨房と大部屋奥の肖像画が置いてあった部屋。そのどこにも二人はいない。


……あれえ? どうしちゃったんだろう。だいいちお母さんは体が不自由だからこの辺にいるはずよ……


 船内のどこにも二人の姿はない。華子は、これ以上捜すのはあきらめて、一息つき暫くぼうっとしていた。それからふと甲板に出た。そして、脇に付けてあるホバークラフト(屋形船)のほうに目を向けた。日は既に沈んで辺り一面暗闇の中、ほのかな明かりが浮き上がって見えた。人影が見える。


……ザキヤマさん! ……


「ザキヤマさーん!!」


 華子の大声を耳にしたジョン・ザキヤマはホバークラフト(屋形船)の甲板に当たるところへ顔を出した。


「何だあ。やだあ、そっちに居たの。お母さんも一緒ね? 今から行くね」


 華子は、船を移ろうとしてふと気が付いた。


「ねえ。お母さんの肖像画持ってきたでしょ。それどうするの? 奥の部屋に置いてあったみたいだけど」


 また、かつての時のようにジョン・ザキヤマの表情が曇った。しかし今度はその表情のままだった。


「マツジタさん。母の肖像画は奥の部屋に置いたままで良いのです」


 華子はその言葉が終わるか終わらないかのうち、二人を捜して奥の部屋に入った時に入口近くに置いてあった母の肖像画のことを思い出して思わずのけぞった。記憶違いか、確認のためにもう一度奥の部屋のほうへ走った。

 ドアを開け、目の前に置いてある母の肖像画を見る。

 

 その肖像画は、間違いなく目に青色に輝く色が入って完成していた。

 

……何、何? どうして? お母さんも亡くなっちゃったの? ええ? それとも、まさか、まさか……


<六>


 ホバークラフト(屋形船)の中の二人。ジョン・ザキヤマと華子は互いに向き合っていた。

 彼は信じられないようなことを、ごく平然と語り出した。


「マツジタさん。母は、ちょうど一年前のクリスマス前に亡くなりました。私が行くのが一足遅かったのです。その時私は、母の亡骸に誓いました。必ず一年後のクリスマスイブの日に来るから、それまで待っていてくださいって。昨日がその一年後の日でした」


「うそ! 何のこと言ってるの? 昨日お母さんいたじゃないの! 三人で沢山おしゃべりしたじゃないのよ!」


「もういいんです。昨日のことは。母は私が目を入れた肖像画を渡して、あの世に旅立っていったのですから……」


「うそ! うそ! うそよ!!」


 華子の顔は真っ赤を通り過ぎてピンク色、いや、紫色になっている。


「それより、あなたにもう一つお願いがあるんです。聞いてくださいませんか」


「何! 何! 何よーーー!!」


 ジョン・ザキヤマはホバークラフト(屋形船)に備え付けられた収納ケースから一枚のカンバスを取り出した。


 それはなんと、ジョン・ザキヤマ自身の自画像だった。目が白くなっている。


「お願いです。これに目を入れてくださいませんか。私は、実は無念なことにあなたにお会いする数日前に亡くなってしまいました。母との一年越しの約束を果たせずに……。でも、あなたのおかげでその約束を果たすことができました。これから父母の元に行きますので、どうかこれに目を入れてください」


 華子はこれ以上ないというような断末魔の叫びを上げ、大声で泣き出した。


……ああああ。何てこと! 何てこと?! 何てことを!! ………


 ジョン・ザキヤマは紺碧の色の付いた絵筆を華子の前に差し出した。華子は必死に懇願するような彼の目を見て、訳も分からず嗚咽しながらその絵筆を手にした。 

 そういえば今日は十二月二五日。聖なるクリスマスの日。

 華子の耳にはどこからともなく『聖夜』のメロディーが聞こえてきた。


<七>


 気が付くと華子はホバークラフト(屋形船)の中で一人、うなだれるように座っていた。窓から顔を出すと、そこには暗闇の中でも黒い船の姿がないことは容易に認識できた。その後、ホバークラフト(屋形船)はポンポンと緩やかな音をたてながら闇の中を進んでいった。

 

 華子を乗せたホバークラフト(屋形船)はもう桟橋のほうに戻ってきている。

 華子には、この数日間の全てのことが夢に思え、しかしまた、現実にも思えて、まさに『心』の置き場所を失っていた。


◇◆◇


 華子は翌日会社に出社した。

 秘書室の上司は総務部長であるが、華子は人事部長とも日頃から結構会話を交わしている。しかし、人事部長はジョン・ザキヤマのことを何も言わないし、そもそも人事部に彼が採用されたこと自体、存在していなかった事実のように感じられた。

 華子はやはり夢をみていたのであろうか……。


 華子はジョン・ザキヤマのアパートに行き、そこで一通のクリスマスカードを手にした。


『メリークリスマス、マツジタさん。ありがとう、マツジタさん』


 壁いっぱいに貼られた世界中の難民の子供たちの顔が笑っているように見えた。

 

 華子の目からは思わずワケの分からない涙がこぼれ出た。しかし、彼女は笑っていた。そしてふと、心の中で呟いた。


……あのう、私、松下ですからね。ザキヤマさん……


<了>


たとえ一瞬でもいい……。

たった一つでもいい……。

皆、世の中の人々が、『その人なりの幸せ』を感じることができればいいのになあ。


【華】

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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと感動してしまいました。 うぷぷっと笑えるハートフルなファンタジーだなと。 私にはバッドエンドではなく、ハッピーエンドに感じましたよ。 ザキヤマさんを救ったマツジタさんはきっと悲…
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