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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第一章

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8/19

秩序と監察官

 翌朝、風霊学術院の空はやけに重たく感じた。

 昨日のデズモンドとのやり取りが、まだ胸の奥に残っている。

 あの男、デズモン監察官――確かに敵意はなかった。だが、あの視線が、どうにも引っかかる。

 僕は、セラの研究室へ向かっていた。


「今日も、リアとの訓練だけど……そろそろ、この先のことも考えないとな」


 僕は、この世界を見る決意をした。

 孤独の道……世界を観測し、新たな『魂の道』を刻む。

 ちなみに、僕はまだこの世界が、大事故にあった大学の研究者である神代悠人が見ている夢という可能性も捨てていない。悠人が目覚める時、ぼくはこの世界から消える可能性だってある。

 それはそれでいい。でも、寝ているならこの世界で生きるべきだ。むしろ、起きた時に新たな研究テーマとして『夢の世界』のことを題材にするのも悪くない。

 研究室のドアをノック。部屋に入るとリアがいた。


「おはようございます。ユウト」

「おはよう。と……セラはまだ戻っていないのか」

「ええ。監察官のことを報告しようと思ったのですが、戻っていなくて」

「どこかへ出かけたのか?」

「それなら連絡を残すはずです。彼女はそういう人ですから」


 リアはため息を吐いた。

 僕はコーヒーを淹れようと、サイドテーブルへ。すると、そこには封筒が置いてあった。

 コーヒーを淹れるこの場所は、余計なものが何も置いていない。だからここに封筒があることは不自然だった。

 封筒をリアへ。


「これは……セラ主席研究員の」


 手紙を見ると、こう書かれていた。


『風霊学術院を離れる。監察官の動きに、何かおかしな点がある。調べてくる。

もし私に何かあったら、この識別札をアルトリウスに渡せ――セラ』


 手紙には、小さな金属の板が入っていた。


「デズモンドが来る前から、動いていたのか……」

「……私に、何も言わず」


 リアは少し落ち込んでいた。が、すぐに顔を上げる。

 僕は、気になった名前を聞いてみた。


「アルトリウス、っていうのは?」

「セラ主席研究員の同期で、今はエレメンティア精霊研究所の主席研究員です。彼も霊触者です」

「なるほど。何かあった場合、っていうのは……」


 僕はもう察していた。言うべきではなかったかもしれない。

 リアは、小さい声で言った。


「……セラ主席研究員は、危険なことをしているのかと」


 どうにも、嫌な予感がした。


 ◇◇◇◇◇◇


 とりあえず、今日やるべきことはある。

 勉強、精霊力の訓練、弓、そして技の開発だ。

 それらを終え、リアと二人で昼食を食べるべく風霊学術院に戻ると、廊下に妙なざわめきが走った。

 生徒たちがざわざわと話している。


「監察官の連中が、研究区画を封鎖したってよ」

「何かの違法研究が見つかったとか……?」


 リアと僕が駆けつけると、すでに数人の監察官が、風霊研究区画を占拠していた。

 彼らの中心には、あのスキンヘッドの男――デズモンド。

 リアが歯を食いしばり、精霊力を増幅させながら言う。


「貴様……ここで何をしている!!」


 聞いたことのないリアの怒声だった。思わずビクッと震えてしまう。

 だが、振り向いたデズモンドは、リアを無視して僕に言った。


「おや、ユウト様。お会いできて嬉しいですな。少々、調査をしておりましてね」

「……調査? 何のですか?」

「簡単なことです。『魂干渉実験』に関する記録を探しているのですよ。セラ・アルベリウス研究員の研究内容が、いささか『秩序』に反していると報告がありましてな」


 リアの顔が凍りつく。


「……まさか、セラさんを『異端』扱いする気ですか」

「異端などと。フフ、ただの確認です。ですが――『漂魂者』を召喚する技術を個人が保持しているなど、常識的におかしいとは思いませんか?」


 デズモンドの目が、僕に向けられる。

 あの眼差しは、まるで“魂”そのものを見透かすようだった。

 リアは叫ぶ。


「そもそも!! ここは『知恵の道』を歩む研究員たちの研究所です!! あなた方『秩序の道』を歩む監察官が、どういう権限を持って封鎖など……!!」

「冷静ではありませんね。お忘れですか? あなた方『知恵の道』を歩む者が精霊の力を研究することが許されるように、我々『秩序の道』を歩む者も、秩序に相反する者を裁く権利がある」

「──ッッ」


 リアは何も言えなかった。というか、そうなのか。

 デズモンドの説明によると、『知恵の道』を歩む者は、精霊に関する研究を許されている。それこそ、この学術院国家都市以外の国でも、『知恵の道』を歩む研究所はあるし、研究員だっている。

 『秩序の道』を歩む聖秩序王国アストリアにも、『知恵の道』の研究者はいるし、研究所だってあるのだ。それを許可したのはアストリアであり、互いに共存関係にある。

 なので、この『知恵の道』の学術都市国家で、『秩序の道』の監察官が行動することは、なんの問題もないのだ。

 リアは言う。


「セラ主席研究員は、どこへ」

「探している最中です。さて、ユウト様……どうやらセラ主席研究員は、あなたを研究し、『漂魂者メイリオン』の魂を利用して自由に『魂の道』を刻む研究をしているようですよ。これは『秩序の道』に反する非人道的な行為ですね……あなたは、それでもこの国に留まり、『知恵の道』に協力しますか?」

「…………」


 僕は考える。

 リアは、デズモンドの部下である監察官を押しのけ、押収した資料に目を通していた。


「……嘘。これ、セラ主席研究員の、字……」


 僕も資料を見せてもらう。

 その資料には、『漂魂者の利用法』や『魂の道を刻む方法』など書かれていた。内容は……デズモンドが言った通り、『漂魂者(メイリオン)』の歩みを誘導し、どうすれば『知恵の道』にとって理想の魂の道になるかなど書かれている。

 リアは、無言で資料を握りしめた。


「ユウト様。『秩序の道』を歩むのでしたら、我々は歓迎しますよ。『秩序の道』を歩むことで、あなたの歩んだ秩序が、新たな道となるのです……ユウト殿?」

「……ユウト」


 僕は、考えていた。 

 リアが一歩前に出ようとした瞬間、僕の視界が一瞬だけ白く染まった。

 時間が止まったような感覚――いや、違う。

 世界が、輪郭線だけになっている。

 床のひび、空気の流れ、監察官たちの精霊力の軌跡。

 すべてが光の筋として、僕の意識の中に浮かび上がっていた。

 音が消えた。風の鳴き声だけが、僕の鼓膜の奥を震わせていた。


(……これは、何だ?)


 声が聞こえる。風の精霊の囁きのような声。 


『観測者よ。孤独を恐れるな。孤独こそ、真理への門なり』


 精霊の声だろうか? 

 頭がすっきりする。なんだろう……悪い感じはしない。

 僕は頷くと、世界は元に戻る。


「デズモンド監察官。申し訳ないけど、僕はどこにも属さないよ」

「ほう」

「ここにいるのは『知恵の道』を歩むからじゃない。この世界について知るには『知恵』が一番いいからね。ここに属するつもりはないし、いずれ僕は旅立つ予定さ。そして、僕の道は僕が決める。それが『孤独の道』だろうと、僕の観測する世界は、僕が決める」

「……ほほう」

「ユウト……」


 僕はリアに言う。


「リア、きみやセラにいろいろ教えてもらったり、世話をしてもらったのは感謝している。だから、セラがこんな研究テーマで僕を研究しても嫌悪感なんて抱かないし、むしろ研究者としては尊敬するよ。今、セラがどこで何をしているのか、身に危険が迫っているのかもしれないし、心配もするけどね」

「……ユウト」

「デズモンド監察官。僕がこの世界を歩む過程で、『秩序』に世話になる可能性もある。その時はよろしくお願いします」


 僕は頭を下げた。

 デズモンドは目を見開き、すぐにニッコリと口を歪めて笑った。


「あっはっはっはっは。いやあ、『漂魂者(メイリオン)』というのは実に面白い。あなたの目、とてもいいですね。本当に面白い……ユウト様、あなたを気に入りましたよ」

「ははは。それはどうも」

「では、一つ……ユウト様、そしてリア様にいいお話を」


 デズモンドは、僕に顔を近付けてきた……な、なんだか怖い。

 リアも、スッと近づいて聞き耳を立てる。


「『混沌』が、この『知恵』で暗躍しているようです。セラ主席研究員もそれを追っているのか、仲間として戻ったのかは不明ですが……どうか、お気を付けて」


 リアが凍り付く。僕は首を傾げた。

 デズモンドは、「では」と言って去って行った。

 そして、リアが僕の手を引いて無言でセラの研究室へ。


「……ユウト。危険が迫っています……『混沌の道』を行く者は、危険です」


 リアは真っ青になり、小さく震えていた。

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