これから
さて、まだわからないこともあるが……僕はどうやら、『孤独の道』を歩むことになる。
僕が、この世界に新たな『魂の道』を刻むのか……仮に、僕がその道を歩いたからといって、後世で『孤独の道』を歩もうとする人なんているのだろうか。
まあ、いい。
僕は一人、風霊学術院の外から建物を眺めていた。
「孤独の道。拒絶じゃない……僕は、この世界を観測しよう。孤独を恐れるんじゃなくて、受け入れる。よし……決めた」
僕は、この世界を見て回りたい。
僕以外の『漂魂者』が歩んだ軌跡を見て、観測したい。
そう思う気持ちが強くなった。
「まずは……もっと今の状況を知って、必要なことを学ばないとな」
僕はセラの研究室へ戻ると、そこにはリアがいた。
「あら、散歩は終わったんですか」
「ああ。考えがまとまったよ。リア……いくつかお願いがあるんだ」
「なんでしょう」
「僕に、精霊力の使い方を教えてほしい。この世界を観測するためには、戦う力が必要なこともわかった。少なくとも、身を守れるくらいの力はないと」
「ふふ……そう言うだろうと、思っていました」
リアは僕に近づき、小さく微笑むのだった。
◇◇◇◇◇◇
さて、リアに案内されて移動したのは、風霊学術院の裏にある広場だった。
「ここは、実験場です。精霊力を使った実験などを行う場所で、事故が起きてもいいように頑強な作りになっています」
実験場というか、闘技場みたいな場所だった。
四方は硬そうな煉瓦造りで、天井はない。観客席みたいなのもあるし……ここで一対一の戦いが行われ、観客たちが賭け事をしても驚かないな。
リアは言う。
「ユウト。あなたは『風の精霊力』を持っています。『精霊導器』の形状は不明なので、まずは精霊導器を具現化してください」
「と、言われても……」
弓、弓……そう言えば、オリンピックで使うような弓、カッコイイよなあ。
「──って、うおおお!?」
「出せましたね。あら……妙な形ですね」
僕の手には、オリンピック選手が使うような滑車付きのゴツい弓が握られていた。色は銀色で、所々にエメラルドグリーンの装飾がされている。
リアは、壁に手を向けると、風の力で地面にあった的が浮かび、壁にくっついた。
「さて、訓練の前に教えておきます。ユウト、私たち『霊触者』は、普通の人と違って精霊力を操ることができる。そしてもう一つ」
リアは軽く跳躍、なんと垂直飛びで三メートル以上飛んでいた。
着地し、僕に向かってダッシュ……は、速い。
「『霊触者』として覚醒すると同時に、精霊の祝福により身体能力が一気に上がります」
「す、すごい」
「ユウトもですよ? ほら、ジャンプ」
「えと……せいっ!!」
ジャンプすると、なんと三メートル以上ジャンプできた。
びっくりするのもつかの間、着地。
「び、びっくりした……すげえ、なんてジャンプ力」
「他にも、病気にかかりにくかったり、怪我しても治る速度が速かったり……霊触者となるだけでも強くなれます。ですが、それだけでは不完全……さらに鍛えることで、さらに強くなれます」
「……それが、この精霊導器」
「ええ。『知恵の道』の精霊導器は弓です。なぜ知恵の道ではないユウトが弓なのか不明ですが、強くなるには、ひたすら弓の訓練ですね。それと……ユウト、あなたの歩む道なんですけど」
「『孤独の道』のことか?」
「ええ。まだ詳しいことはわかりませんが……ユウト、あなたはもしかしたら、『知恵の道』の特性を使えるかもしれません」
「特製?」
『魂の道』には、それぞれ特性がある。
例えば、知恵の道。
「知恵の道には、『戦術』と『分析』……この道を歩む者は、知略に優れます。そして、得た精霊力を使い、罠を仕掛けたりもできます。例えば……」
リアは、地面に精霊力を送り込む。すると、地面に紋様が浮かんだ。
そこに小石を投げると、紋様から竜巻が起き、小石を吹き飛ばした。
「このように、私は風の精霊力でトラップを仕掛けることが得意です。精霊力を利用した、自分だけの力を、『精霊術式』と言います。そして、もう一つ……」
リアは弓を構えると、鏃に風の精霊力が収束する。
そして、矢を放つと、風の矢が恐ろしい速度で飛び、上空にあった的を粉々に砕いた。
「霊触者にとっての奥義、必殺技ですね。これを『魂絶技』と言います」
「ひ、必殺技……」
「ええ。霊触者は必ず、『精霊術式』と『魂絶技』を持っています。もちろん、セラ主席研究員もです」
「……じゃあ、僕がこれからすべきことは」
「はい。弓の訓練と、『精霊術式』と『魂絶技』の開発、それとこの世界の常識ですね。ふふふ、いろいろ教えてあげますので、ご安心ください」
「は……はい」
こうして、僕は戦うための力と、常識を覚えることになるのだった。
知識は大歓迎だけど、戦う力か……ただの勉強好きな元大学生には、かなり厳しいなあ。
◇◇◇◇◇◇
その日から、弓の訓練、そして技と必殺技の開発が始まった。
まさか、大学で研究員として働いていた僕が、こんな子供みたいな……いや、まあ、興味がないわけではないけど、やることになるとは。
ただ、意外なこともあった。
「……すごいですね、まさか的をこうも外さないとは」
「いやぁ、不思議と見えるんだ」
弓は、的を外さなかった。
弓道やアーチェリーは実物を見たこともないが、不思議と射れば的に命中した。
「弓の時間を減らし、体術、技の開発に専念しましょうか」
「た、体術……格闘技とか?」
「そうですね。ユウト、これから先、霊触者同士の戦闘も想定すべきだと思います。対人間の戦闘手段を学ぶことは、決して無駄ではないかと」
「た、確かにそうだけど」
リアは白衣を脱ぎ、シャツと短パンだけの姿になる。
僕も、売店で買ったジャージみたいな服に着替えた。
「では、かかってきてください」
「いや、かかってきてと言われても」
「そうですか? では」
「え──っぶぉ!?」
なぜか、地面に転がっていた。
背中に衝撃。そして、リアが腕を掴んでいた。
「投げただけです。霊触者なら、すぐに回復しますよ」
「ゲホゲホ、げっほ!! い、いったぁ……あの、僕は研究者であって、武道とかの経験なくて、科学の、その」
「ではもう一度」
「おっふぶ!?」
また投げられた。
これからしばらく体術の訓練があると思うと、僕はすごく気分が下がるのだった。
◇◇◇◇◇◇
それから、数日が経過した。
日中は、リアによる一般常識の授業。午後は弓、体術、精霊力の訓練、夜は『精霊術式』と『魂絶技』の構想を続けた。
そして、ある日の午後。
「ふんっ!!」
「あら。驚きました」
僕は、リアが掴んだ腕をさらに掴み、足払いをして逆にリアを投げようとした……が、リアはあっさり着地し、さらに僕を掴んで投げた。
抵抗むなしく、僕は地面に転がる。
「ゲホゲホ……うぅ、やっぱり無理だった」
「気を落とさなくても大丈夫ですよ。動きはよくなっていますので」
差しだされた手を掴み、立ち上がる。
リアは、僕にタオルを差しだしたので遠慮なく顔を拭く。
「精霊力、弓については問題ありません。体術は未熟ですね……さて、『精霊術式』と『魂絶技』はどうですか? こればかりは、私は手を貸せませんので」
「まあ、思いついたことはあるよ。あとは形にするだけだ」
「そうですか……」
「……ところで、セラさんは? ここ数日、全く見ていないけど」
「…………」
リアは、何も言わなかった。
怪訝に思っていると、訓練場に人が集まって来た。
「な、なんだ……?」
「これは……」
来たのは、群青色の学ランみたいな服を着た人たちだった。帽子も被っているし、ぴっちり整列して僕たちの前にいる。
そして、その人たちが統一された動きで列を割り、その間を人が歩いてきた。
「フム……確かに、妙な精霊力を感じますな」
スキンヘッド、キツネ目の男性だった。というか……なんて身体をしているんだ。
服を着てもわかる。プロレスラーのような、ボディビルダーのような、とんでもない身体をしているのが見てわかった。
リアは言う。
「その制服、『秩序の道』……聖秩序王国アストリアの」
「ご名答。我々は聖秩序王国アストリア、教皇庁から来た監察官。私の名はデズモンド……どうぞ、よろしくお願いいたします。『漂魂者』ユウト・カミシロ」
リアの指先が小刻みに震え、低く舌打ちした。
「……やはり、来ましたか。秩序の犬どもがなぜ、ユウトのことをご存じで?」
「それは秘密です。フフ……さて、ユウト様。アナタのことはよくご存じですよ。新たな『魂の道』を刻む者として、我々はあなたを歓迎します」
「……?」
歓迎する? ふむ、どういうことだろうか。
リアは警戒しているが、僕は気になったので聞いてみる。
「歓迎、とは……いい意味でしょうか、悪い意味でしょうか」
「ほう、なかなか頭が回るようで。もちろん、いい意味であり、悪い意味です」
「……なるほど」
秩序の道。秩序……これが僕に会いに来た理由は、なんとなく察せる。
「今、この世界で新たな『魂の道』を刻むことができる僕が『秩序を乱す』かもしれないから排除するのか……それとも、自分たちの側に引き込んで『秩序のための道』を歩ませるために連れて行くか、という感じでしょうか」
「素晴らしい」
デズモンドは拍手。するとリアが言う。
「デズモンド監察官。ユウトに対する情報源が盗聴、密偵であることは確定しましたが……なぜ、この場に来ることが? ここは、風霊学術院の関係者でも、申請がなければ立ち入り禁止です」
「もちろん、申請はしましたよ。フフ……面会申請をね」
「……まさか、私にですか」
「ええ。あなたに会いに来たら、偶然、ユウト様がいたということですな」
リアは舌打ちする。どうやら、してやられたという感じだ。
だが、デズモンドは笑顔を浮かべたままだ。
「さて、ユウト様はしばらくこの国に滞在されるようだ。我々も、あなたと話したいことが山ほどあるのでしてね。近く、食事でも」
「ユウトは私たちが保護しています。それは不可能だと言っておきましょう」
「それはどうでしょう? そもそも、ユウト様は保護を願ったので? あなたが勝手にユウト様をこの国にお連れしただけでしょう? ねえ、ユウト様」
「……まあ、確かに」
僕は、保護をお願いしたことはない。
情報が欲しかったから、付いて来ただけだ。
こんな言い方は申し訳ないが……別に、リアやセラが全ての情報源というわけじゃない。
「……ユウト」
「わかってる。デズモンドさん、でしたっけ。申し訳ないが、今の僕はこの国……いや、風霊学術院、リアとセラの客人だ。二人に迷惑をかけてまで、いきなり現れたあなたと話すつもりはない」
「そうですか。ふふ……では、今日は帰りましょう」
デズモンドは踵を返す。そして、言う。
「ああ、ユウト様。お忘れなきように……『漂魂者』という存在は、あなた様が思っている以上に狙われることでしょう。真の安息、安全が欲しいのなら……我々の手を取ることも視野に入れておくべきだと……もっとも、貴方が選ぶ『孤独』が、我々の秩序にどう影響するか——興味がありますがね」」
すると、地面に大きな亀裂が入った。
デズモンドの精霊力が、大地に干渉して大きな亀裂を作ったのだ。
「秩序の道を歩む、地属性の霊触者……」
「そういうことです。では」
デズモンドは帰って行った。
残された僕とリア。
「……どうして、ユウトの存在が」
「…………」
どうやら……厄介なことが起きそうな気がした。




