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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第五章

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黒翼院(後編)

 黒翼院の深層へ降りる階段は、最初から普通の施設のそれではなかった。

 白いはずの壁に、無数の黒い管が走っている。脈動しているようにも見えるそれは、精霊力なのか、もっと別の……魂の流れと呼ぶべきものなのか。

 僕は足を踏み入れた瞬間、背筋がチリ、と痺れるような違和感を覚えた。

 みんなは黙りこみ、僕も言葉を出さずに思う。


(……ここは、本当に研究施設なのか?)


 だが進むしかない。

 印章を見せた瞬間、全員が無言で扉を開けた。ここは客人扱いなのだ。

 それがむしろ、僕たちの不安をさらに増幅させていた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 第一深層、魂接続実験区『ソウル・リンク・ラボ』


 大きな自動扉にプレートが掛けられていた。

 カイルはモノクルを磨き、どこかワクワクしながら言う。


「ここから先は、私も入ったことのないエリア。施設内容は知っていますが……ふふ、好奇心で溢れますね」


 僕らは何も言わない。怖いもの見たさ……いや、今も自問自答している。

 果たして、この先に進んでいいのかどうか。

 自動扉が音もなく開くと、眩しいほどの白い廊下が現れた。だが、そこに広がるのは清潔さとは真逆の不気味な静寂だ。

 壁一面に、黒い管。ゆっくりと脈動し、床をわずかに震わせる。

 そして――聞こえる。


『……パリン……パリ……ン……』


 何かが割れる音。いや、物理的な破砕音ではない。なんだろう、この皮膚が泡立つような不快感。

 僕は両腕に鳥肌が立つ。

 白衣を期待していた研究員は、全員が黒布を体に巻いた無表情の者たち。この空間で唯一動いているのは僕たちか、壁の管だけだ。


「なにこれ……」


 フレイアが低く呟く。明らかに嫌な気配が漂っているためか、いつもの軽口も出ない。


「魂位階の……分析?」


 リアが壁に貼られた資料を読み、顔色を変えた。


「弱者の魂を測って、適した精霊を分類する……? 魂を測る設備がここにはある? そんな……そんな技術、『知恵』の技術者でも実用化に至っていないのに……」

「最低だな……」


 ギデオンの拳が固く握られる。


「魂に優劣なんて……あってたまるか……」


 ギデオンから不快感、そして怒りが感じられた。


「あっ……ユウト様、あれを」


 フィオナが指差した先。

 巨大な装置に、痩せ細った少年が縛り付けられている。頭には黒い輪、胸には魔獣核のような石が埋め込まれかけていた。


「適性なし……注入開始」


 黒布の研究員が無表情でボタンを押す。

 僕は思わず手を伸ばし、声が出た。


「や、やめ――」

「――スウ……」


 少年の口が開き、声ではなく、まるで『魂が吸われる空気音』が漏れた。

 胸の核が黒く点滅し、少年の目が反転する――が、数秒後、全身が崩れ落ちた。

 残ったのは、黒く濁った核だけ。


「……失敗。素材に回せ」


 そう言った研究員は、まるで実験器具を片付けるように、少年の身体を引きずっていく。


「なるほど。聞いた通りですね」

「ど、どういう……」

「魔獣核を埋め込み、闇属性の精霊力を流し込むと……命は全て魔獣核に吸収されるという実験結果があります。命の全てが、あの魔獣核に……つまり、弱者の魂が、魔獣核に吸収されたと言ってもいい。これは興味深い……!!」


 カイルはワクワクしているが、フィオナが震える声でつぶやいた。


「……こんなの……人がやることじゃない」


 僕も、喉が渇き声が出ない。

 だが、ここはまだ『序の口』だった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

  第二深層、死霊標本庫『ネクロ・アーカイブ』


 階段を降りた瞬間、空気が変わった。

 冷気が肺を刺すほどに鋭く、呼吸するたび胸が痛い。

 空間は薄暗く、まるで霧のような黒いものが漂う。

 そして……奥から――囁き声がする。


「……みてる……」

「……かえして……」

「……さむい……いやだ……」


 存在しないはずの声が、耳元でささやく。


「ひっ……!」


 フィオナはギデオンの腕を掴んだ。今まで見たことないほど怯えている。

 視線を感じて振り向くと、棚に並んだ魔獣核入りの瓶が、うっすら光り、無数の目がこちらを追っているように見えた。

 広い空間、四方が全て棚……そこに、数百、数千の瓶が並んでいる。

 そして中央には、巨大な白い何か……なんだこれは。


「ここが……魂を……在庫として保管する場所……?」

「そうです。正確に言うと、魔獣核に命を吸わせ変質させた物質……『魂断片』ですね」


 リアの声が震え、カイルが事務的に言う。


「これほどの数……どれだけの命を犠牲に!!」


 ギデオンの顔は怒りで歪んでいた。


 壁際には、大量の魔獣核……いや、『魂断片』が保管されていた。

 色はどれも濁り、まるで血のように暗赤。

 そして、中央の白い何かをよく見ると、それはドラゴンの骨格標本のように見えた。

 カイルは「ほう」と呟く。


「これは、闇の大精霊オルド・グランの骨格標本ですね。材質は……ふむ、私にもわからない」


 すると、フレイアが言う。


「……気持ち悪い。なんでこんなところに標本あんの?」


 骸骨には黒い紋様が刻まれ、魂断片に囲まれている光景はかなり異様に見せた。

 そして、リアはハッとなり呟く。


「カイル先生。これは、もしかして……」

「さすが『知恵』の研究者。気付きましたか」

「え、なに、どういう意味だ?」


 カイル、リアは何かに気付いたが、僕らにはわからない。

 説明するのが楽しいのか、カイルは言う。


「そうですね……擬似大精霊とでもしておきますか。恐らく、この闇の大精霊オルド・グランの骨格標本、そして大量の魂断片……間違いなくこれは儀式。大量の魂断片を使い、疑似的な大精霊オルド・グランの生成をしようとしているのでしょう」


 僕らは絶句した。

 そしてリアは青ざめ、両手で身体を覆い震える。


「狂ってる……これはもう……研究じゃない」

「ここは……殺した魂で力を作る場所……」


 フィオナは今にも倒れそうになっていた。

 僕は胸が締めつけられる……ここまで来て初めて、本気で理解した。


(帝国は……本当に、歪んでいる)


 けれど――まだ、深層は終わりではなかった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 第三深層、魂還元炉『レギオン・ファーネス』


 三層への扉が開いた瞬間、黒い風が吹き抜けた。

 冷たい風……視界の中央には――巨大な『炉心』があった。

 黒い光が渦を巻き、無数の魂の残滓が彗星のように飛び交っている。

 壁は、影のようなものが蠢いている。見た瞬間、僕の魂が圧迫される感覚がした。


(なんだ、これ……!?)


 僕は呼吸が乱れ、膝がわずかに震えた。

 ただの恐怖ではない。もっと深い――魂が呼ばれているような。

 僕だけじゃない。フィオナも同様に、身体を震わせていた。


「ユウト? それにフィオナさんも……大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

「……だ、大丈夫です」


 リアの声が遠く聞こえる。

 僕とフィオナは顔を見合わせる……これは、ただ事ではない。

 すると――背後から声がした。


「――ほう。きみと、そちらの女性は、普通の霊触者(レグナス)よりも鋭敏な感覚を持っているようだな」


 振り向いた瞬間、黒衣の男が立っていた。

 白い肌、赤黒い瞳、無機質な笑み。

 威圧ではない。存在そのものが冷たすぎて、空気が歪む。


「ようこそ、黒翼院最深部へ。黒翼院院長、ノクタリア・サルバだ。黒翼大公の実弟にして――この『闇皇の胎動計画』の主任研究者だ」


 名前を聞いた瞬間、空気がさらに重くなる。

 こいつが……この悪夢の中心人物。

 ノクタリアは僕をじっと見つめ、ゆっくり近づいてきた。


「……ふぅむ。不思議な精霊力を感じるな。黒翼の血筋にいなくとも、これほど珍しい精霊力は稀だ」

「……」

「ははは。リュミエールから話は聞いているよ。『漂魂者(メイリオン)』ユウト・カミシロくんと、その従者たちだね……黒翼院の深淵へようこそ」


 ノクタリア・サルバは優雅に一礼。にこやかに微笑むが、僕は薄気味悪さしか感じなかった。

 間違いなくこの人も霊触者(レグナス)で、戦闘力も高い……だが、そうじゃない。

 もう一度思う。この人は、薄気味悪いのだ。


「どうだね、黒翼院の深淵を見た感想は」

「……これが、『支配の道』の研究なんですね」

「そう。弱者を使った研究である。ふふふ……さて、ここからは私が案内しよう。この第三層で行っている実験は……ずばり、大精霊オルド・グランそのものだ」

「……そのもの?」


 聞き返すと、ノクタリア・サルバは頷く。

 ポケットから『魂断片』の結晶を取り出し、手で弄ぶ。


「簡単に言えば……弱者一万人分の魂を融合させ、オルド・グランを超える新たな大精霊を作る」

「「「「「ッ!?」」」」」

「……ほう、それは私も初耳だ」


 僕、リア、フレイア、ギデオン、フィオナは驚愕し、カイルはモノクルを指で押し上げた。

 ノクタリア・サルバは言う。


「ユウト・カミシロくん……キミのような無垢な道を歩む『漂魂者(メイリオン)』――つまり、君のような魂が協力してくれたら、研究はもっと進むんだがね」

「……冗談ですよね」


 背筋に冷たい刃を押し当てられたような感覚。

 ノクタリアは微笑む。


「君は鍵でもある。リュミエールから渡された黒翼大公家の印章……あれは、計画を開く『資格証』だ」

「……!!」

「おかしいと思わなかったのかね? その印章一つで、黒翼院の深淵まで踏み込むことができるなんてね。きみは、深淵を見た……最も深き深淵を。フフフ……すべてを知った以上、手を貸してもらうよ」


 まさか――あれが、そんな目的で?


「断れば?」

「ははは。できるはずがないよ」


 ノクタリアの視線が僕を貫く。


「――ユウトくん。君の魂を、そして道を……この計画に捧げないか?」


 言葉の意味を理解した瞬間、全身が凍りついた。

 それは、死ねと言っているのと同じだったからだ。

 フレイアが叫ぶ。


「ふざけんな!! ユウトは渡さない!!」


 ギデオンが一歩前に出て拳を握る。


「魂を……人形みたいに扱うんじゃない……!!」


 リアとフィオナも僕の前に立つ。

 それでも、ノクタリアは笑うだけだった。


「感情的だな。弱者の魂など、素材にすぎん。が――君の魂は違う。君は選ばれた存在だよ。大精霊オルド・グランに選ばれた、精霊に愛された魂だ」

「断る!!」


 俺は叫んだ。


「誰が……お前の計画なんかに乗るか!! 魂を道具扱いするなんて……そんなの、魂の道そのものへの冒涜だ!!」


 ノクタリアは――笑った。

 心底楽しそうに。


「……ますます気に入った。君は最高の素材だよ、ユウト。必ず迎えに来る。それまで、その魂を大切に」


 黒い風が吹き、ノクタリアの姿は闇に溶けるように消えた。

 残されたのは、脈動し続ける巨大な炉心と、魂を削るほどの圧迫感だけ。

 僕は震える指先を強く握りしめながら、仲間たちを見た。


「……行こう。ここに、長くいない方がいい」


 この深層にいるだけで、魂が削られていく。

 僕たちは闇の螺旋を駆け上がり、地上へ戻る階段へと走った。

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