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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第五章

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リュミエール=サルバの目的

 翌日も、僕たちはカイル・ヴェルナーの私塾へ向かった。

 昨日と変わらず、玄関で出迎えた彼は丁寧な口調のまま淡々と言った。


「本日もよくいらっしゃいました。では……帝国の構造について授業を始めましょう」


 席に座るなり、挨拶もそこそこに授業開始……まあ、こういう雰囲気は嫌いじゃない。大学でも、僕は席に座ると「さっさと抗議が始まればいいのに」とよく思っていた。

 カイルは黒板に白いチョークを滑らせ、十六の支配領を円形に描いた。


「皆さまもご存じの通り、ドラク=ドミナは連邦構造の国家です。中心はここ、首都ドラグ・ノス。そこには黒翼院と黒竜騎士団、黒鎖庁が集中しています。帝国の頭脳、牙、鎖――三つの象徴、と言ったところでしょうか」

「……やっぱり、支配を前提にした構造なんですね」


 リアが呟く。

 カイルは微笑もせず、ただ頷く。


「ええ。当然です。『弱者は従うもの』という理念は国家全体に染み込んでいますから。強者が弱者を管理し、監督する。それを不公平とは誰も考えません」


 フレイアが肩をすくめた。


「やっぱ、好きになれない国だわー」

「お気持ちは理解しますよ。しかし、ここでは好き嫌いは思考の外です。帝国は力を軸に秩序を築き、そして成り立っている。そこに倫理は介在しません」


 ギデオンは眉を寄せ、フィオナは静かな視線でカイルを見ていた。

 そんな中、カイルは続けた。


「さて、ユウト君。昨日『もっと知りたい』とおっしゃいましたね。では質問です。この国の弱者はどうあるべきだと思いますか?」


 真正面から問われて、僕は息を整えてから答える。


「弱者が弱者のままでも、生きられるなら……それがこの国の理なんだと思う。僕の価値観と違っても、外から否定する権利はない」

「なるほど……面白いですね」


 カイルはほんのわずか、皮肉めいた笑みを浮かべた。

 その瞬間だ……――気配が変わった。

 私塾の扉がノックもなく開き、白衣のような衣をまとった男が入ってきた。

 その男……一度しか会ったことはないが、忘れられる存在ではない。

 光骸導師リュミエール=サルバ。虚環教団(サークルオブヴォイド)の導師の一人だ。

 にこやかな笑みを浮かべ、どこまでも爽やかに言う。


「やあ、授業中に失礼するよ。ユウト君、少し話をしても構わないかな?」


 カイルが眉をひそめる。

 まだ驚きはあったが……恐怖よりも驚愕、困惑の方が大きい。

 カイルは、嫌悪感を隠さず言う。


「……勝手に入られるのは困りますね、導師殿」

「すまないね。だが、二回目の授業と聞いてね……キミの授業ならもう、帝国の構造について、ある程度話は進んでいると踏んだ。それを踏まえて、つい聞きたくなってね」


 リュミエールは僕に視線を向けた。


「帝国について、どう思う?」


 不意打ちのような問いだった。でも……昨日からずっと考えていたことだ。

 僕は迷わず答えた。


「強すぎる国だと思いました。弱者への慈悲もなく、力だけで秩序を作っている……でも、それでも成り立っているなら、それはこの国の答えなんだと思います」


 リュミエールの目が細くなる。


「なるほど。では……こうは思わないかい? ――歪んでいる、と」


 彼の声は、やさしいのに寒気がするほど冷たかった。


「帝国は支配を理念に掲げ、弱者を秩序のための資源と扱っている。この国は、もはや正常ではない。だから私は壊したいと思っている……ユウト君。君も手を貸してくれないか?」


 空気が変わる。

 リアが息を呑み、ギデオンが立ちかけ、フィオナとフレイアが身構えた。

 でも――僕は手で制して答えた。


「……無理です」

「ほう?」

「たとえこの国が歪んでいるとしても、それを変える権利は僕にはない。魂の道は、それぞれの国の答えだと思っています。『支配』が間違っていたとしても……僕には、それを否定する資格はありません」


 リュミエールの瞳が愉悦に細まる。


「それが……君の答えか」

「はい」

「面白い。本当に面白いよ、ユウト君。期待以上だ」


 彼は笑った……明らかに楽しそうに。


「では――最後に贈り物をしよう」


 懐から取り出されたのは、黒い金属の印章だった。

 円形の石に、翼を広げた竜の紋章が刻まれている。

 それを見て、カイルが目を見開いた。


「それは、黒翼大公家の象徴……!!」

「これを持っていれば、黒翼院・黒竜騎士団・黒鎖庁……すべてに出入りできる。帝国の最奥を、この目で見るといい――君が、今と同じ答えを言えるかどうか、楽しみにしているよ」」


 印章を手渡しながら、リュミエールは囁く。


「君は『自分の道』を歩んでいる。ならば、見極めなさい……魂の道(レグナス)として、漂魂者(メイリオン)として、ね」


 そう言い残し、白衣を翻し、彼は教室を去った。

 しばらく誰も声を出せなかった。

 沈黙を破ったのはカイルだった。


「……ユウト君。それは本物ですよ。黒翼大公家の正式印章。帝国の中枢機関に自由に入れるなんて、常識的にありえません」


 カイルの声が興奮で微かに震えていた。


「まさか……導師殿が君にこれを渡すとは。これは……非常に、非常に価値がある!」

「そ、そんなに?」

「ええ。これがあれば帝国の真の姿を見られます。黒翼院の研究、黒竜騎士団の力、黒鎖庁の裏側……全部です!!」


 フレイアが肘で僕をつつく。


「ユウト、どうすんの?」

「まあ……ここまで来たら、ね」


 ギデオンは深く頷いた。


「……見極めなければならないな。この国の弱者がどう生きているのか」


 フィオナは手を胸に当てる。


「『協調』の視点からも……観察する価値は十分にありますね」


 リアも眼鏡を押さえながら言った。


「研究対象としても……興味深すぎます。ぜひ行きたいですね」


 そして――カイルが珍しく微笑んだ。


「私も同行いたします。皆さまの『案内役』として……あの三機関は、まともな倫理観では理解しがたい場所ですので」


 僕は印章を握りしめ、深呼吸した。

 これは、帝国の心臓部へ踏み込む切符。そして――リュミエール=サルバの問いに、改めて向き合うための試練だ。


「……行こう。黒翼院に。黒竜騎士団に。黒鎖庁に。この国の真実を見に」


 授業はそこで終わったが、胸の高鳴りはしばらく止まらなかった。

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