ユウトたちが思うこと
カイルの授業を終え、帝都の夕暮れはすっかり赤黒い影を落としていた。
僕たちはそのまま宿に戻る……つもりだったけど、ギデオンが「落ち着いて話せる場所が欲しい」と言い、帝都の大通りにある料理店に入った。
外観は質素なのに、店内は妙に豪奢で、店員の態度は選別された者だけに向けるような無駄のない礼儀正しさだった。
個室に通された僕たちは円卓を囲み、それぞれが席についた。
「……静かだな。外の喧騒が嘘みたいだ」
思わず呟くと、リアが淡く笑う。
「ここ、上級の客しか通さないお店みたいですよ。だから……落ち着けるんでしょうね。でも同時に、怖いです」
怖い――その気持ちは、分かる。
昼間見た帝国の姿は、あまりにもはっきりと力の優劣で形作られた社会だったから。
全員が飲み物と料理をを注文し、テーブルに料理が運ばれた。
ある程度食べたあと、僕は切り出した。
「今日は……いろいろ見たな。帝都のあり方とか。黒竜軍団のことも、黒鎖庁のやり方も……」
「ええ。胸糞悪いところも多かったわ」
フレイアが腕を組む。
その表情は沈痛というより、迷いに満ちていた。
「でもユウト、お前……昼間の表情、少し違ってたな。どう思ったんだ?」
ギデオンが言う。
僕は息を吸って、正直に口を開いた。
「……否定できなかったんだ。あれが、この国の『支配の道』なら……僕は、他国の価値観で簡単に否定しちゃいけない気がした」
言葉にした瞬間、胸の奥のざらつきが少し消えた。
その代わりに、皆の視線が集まった。
「ユウト。それは本気で言ってるのか?」
ギデオンの声には怒りではなく、戸惑いが滲む。
「本気だよ。僕らは『霊触者』で、道も違う。だけど……道って、善悪で決められない」
リアは指を組みながら、小さく頷いた。
「『知恵』の視点で見れば……帝国の仕組みは、学ぶ価値があります。倫理的にはともかく、国家の秩序がどう作られ、どう維持されるか――学術的には非常に興味深いです」
「リアの表現は、毎回えぐいわね」
フレイアが頬杖をつきながら呟いた。
「でも、あたしも嫌いじゃないかな、この国。『破壊』の視点で言うなら……退屈しないしさ。全体的にギスギスしてて、いつ爆発してもおかしくない空気って、ある意味エネルギーよね」
「破壊前提で見ないでほしいんだけど……」
僕が突っ込むと、フレイアは口元だけで笑った。
一方、ギデオンは深く溜息をつく。
「……自分は、『守護』の視点で見てしまう。弱者が踏みつけられているのを見ると、どうしても胸がざわつく」
彼の拳は机の下で固く握られていた。
「けど……この国の弱者は、それを当然と受け入れている。搾取されているという認識すら薄い。守護すべき相手なのか、それとも……外野が口出しすべきじゃないのか。自分には……判断がつかない」
ギデオンの迷いは、とても正しいと思った。
守るべきかどうか――それは、道を歩む者にとって、簡単には答えが出ない問題だ。
そこで、フィオナが静かに口を開いた。
「私は……『協調』の視点で考えると……この国の秩序は、ある意味で完成しています」
「完成?」
「はい。強者が支配し、弱者が従う――それで社会が機能しているなら、その秩序は間違いではない。もちろん、外から見れば不公平が多い世界ですが……」
フィオナは料理に添えてあるレモンをサラダに絞り、淡々と続けた。
「……彼らなりの協調があるんです。私たちがどう感じるかよりも、彼らがどう生きているか。それを尊重するのも、大事なはずです」
その言葉に、部屋が静まった。
それぞれの視点が、まるで違う方向から帝国という巨大な生き物を見ている。
でも――その全部が、間違っていない。
「……だから、僕は知りたいと思った」
気付けば、胸のざわつきは「決意」に変わっていた。
「この国のことを……もっと深く知りたい。強者の考え方も、弱者の生き方も。リュミエール=サルバがなぜここで動いているのかも……全部、知りたい」
言葉にすると、全員が少し驚いた顔をした。
「それで、私塾に通うつもりなんですか?」
リアの問いに、僕は頷いた。
「うん。カイル・ヴェルナー……あの人の言い方って、冷たいけど嘘はない。帝国を理解するなら、あそこが一番の近道だと思う」
フレイアが肩を竦めた。
「ま、あたしはどっちでもいいけどね。ユウトが決めたなら、それについてくよ」
ギデオンも静かに頷く。
「自分も……学びたい。守るとは何か、弱者とは誰か……考えたいんだ」
フィオナは柔らかく笑った。
「ふふ。協調の視点でいえば……賛成、です。一緒に学びましょう、ユウト様」
リアも、穏やかに頷いた。
「私も賛成ですよ。せっかくの機会ですし……この国を知ることで、きっと先の道が見えてくるはずです」
皆が賛成してくれた瞬間、胸の奥に小さく灯がともった気がした。
僕は、深呼吸する。
「よし。明日から、私塾に通おう。この国が何を目指し、どこへ向かっているのか――知るために」
僕の言葉に、皆が力強く頷く。
帝国は冷たくて、残酷で、それでも不思議と魅力的な国だ。
強さを拠り所にしたこの国が、どうしてこんな形になったのか。その真実を、僕は――知りたい。
そしてきっと、その先に待つのは……光骸導師リュミエール=サルバとの、避けられない道の交差だ。
それでも。
「――まずは、学ぶところからだな」
僕はそう呟き、グラスの水を口に運んだ。
帝都の夜は、静かで、そして深い。
でも……なんだか今日は、いい夜だと思えた。




