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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第五章

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カイル・ヴェルナーの特別授業(後編)

 午後。

 僕たちはカイルに連れられて、帝都の外縁へと足を踏み出していた。

 帝都の城壁を抜けると、そこには広大な灰色の平原が広がっていた。草原というより、乾いた土と黒い岩が点々とする荒地。風は冷たく、乾いた砂を巻き上げては頬を刺す。


「歩きながら説明します。午後は課外活動です」


 無表情で、黒い衣を翻しながらカイルは言った。


「課外活動って……どんな?」


 フレイアが欠伸混じりに聞く。


「あなた方に帝国の本質的な信仰を見せるだけですよ」

「信仰……?」


 リアが緊張した声を漏らす。

 そう、帝国が信仰しているのは、闇の大精霊オルド・グラン。

 僕たちはすでに名前だけは聞いていた。ドラグ・ドミナに存在した精霊。その象徴となる『闇の精霊神像』が、これから向かう場所にあるらしい。

 しばらく歩くと、前方に黒いシルエットが見えた。


「うお、あれか……」


 巨大な人の形。しかし人ではない。

 近づくにつれ、はっきりと姿を現す……それは石像だった。

 高さは……二十メートル近くだろうか。闇色の巨人が両腕を広げて立っている。二足歩行のドラゴン……そういう表現が一番正しいかもしれない。


「……大きい」

「これが、闇の大精霊……?」


 リアとフィオナが息を呑む。

 カイルは石像の正面で立ち止まり、僕たちへ向き直った。


「これが帝国の象徴、闇の大精霊『オルド・グラン』です。帝国の価値観はすべて、この存在から生まれたと言ってもよい」


 僕は石像を見つめながら、背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。

 圧が違う。

 ただの石じゃない。視線を向けられているような錯覚さえあった。


「帝国は信じています。『闇こそ、すべてを呑み込み、すべてを均す』……光は形を与えるが、闇は形を奪う。どちらが強靭か……答えは明白でしょう」


 カイルがすっと手を掲げた。


「強さとは、破壊の能力ではなく――取り消す力です。存在そのものをね」


 その瞬間、石像の足元で風が渦を巻いた。

 ぞわっ、と空気が震える。


「……なんか、寒くなってきた」


 フレイアが肩を抱く。

 

「この場所には、闇属性精霊力が濃密に満ちています。あなた方にはまだわかりにくいでしょうが……」


 カイルは石像を見上げた。


「帝国は、この『闇の力こそ強大』という理念のもとに成立しています。そして――」


 瞬間、カイルの声が変わった。

 冷たく、研ぎ澄まされた声へ。


「……授業の邪魔が来ましたね」


 僕たちは反射的に振り返った。

 ザザザザザッ……と、土煙を上げながら黒い影がいくつも現れる。

 二足歩行のトカゲのような姿。

 鱗は灰色と黒が混じり合い、腕には骨のような刃が生えている。赤い眼がぎらつき、牙をむき出しにして唸る。


「り、リザードマン……!? いや、ちょっと違う……!」

「帝国版の魔獣ですよ。名称は『ラート・リザード』です」


 カイルは淡々と説明する。


「この辺りではよく出る魔獣です。知能は低く、闇の精霊力に反応して集まってくる性質がある……授業の邪魔としては最悪のタイミングですね」


 その言い方は、ひどくイラついているように聞こえた。

 リザードの魔獣は五、六……いや、奥からも来て、十体以上。

 僕はすぐに精霊導器を出そうとした。そして僕は、近くにある『闇の精霊神像』に触れて、闇属性、新しい精霊導器を手に入れようと動こうとした。

 だが。


「動かないこと」


 カイルが僕の肩に触れ、動きを制する。


「これは私の課外授業……誰であろうと、私の授業を邪魔する者は許しません」

「え……?」

「邪魔者を排除するだけです」


 その顔は、授業を始める教師のそれだった。

 カイルは右手に、黒いモヤを集めると、それは形となった。

 片手で扱える短い柄に、前方へ伸びた太い砲身。

 まるで拳銃とグレネードランチャーを足して二で割ったような異様な武器。


「精霊導器……銃型、『支配の道』の精霊同期。カイル殿、あなたも霊触者(レグナス)だったのか」


 ギデオンが言う。

 カイルはモノクルをクイッと上げ、銃身を軽く回し、小さく息を吐いた。


「さあ――授業を再開しましょう。精霊術式、展開」


 次の瞬間。


「『闇律:黙示の跳黒弾(ノクターナル・バトン)』」


 黒い弾丸が放たれた。

 いや……弾丸、と呼ぶにはあまりにおかしい。

 闇色の球体。光を吸い込み、境界が曖昧な漆黒の玉。

 それが魔獣の足元に着弾した瞬間――音もなく跳ねた。

 まるで巨大なピンポン玉のように、地面を弾み、魔獣の胴へ直撃。


「え……は、跳ねた?」


 触れた部分が闇に食われる。

 鱗が、肉が、骨が、じゅうっ、と音もなく消えていく。


「ギギャァァァァア!!」


 魔獣が悲鳴をあげてのたうつが、もう遅い。消えた部分は再生しない。

 闇がちぎり取り、そのまま“存在しなかったこと”にしてしまう。


「うそ……なにあれ!!」


 フレイアが目を丸くする。

 黒い球弾は跳ね、跳ね、跳ね……一体、二体、三体と連続で魔獣を抉り取った。

 『跳黒弾』は減速しない。力の法則さえ無視するように、カイルの意思に引かれるように跳ね続ける。


「闇の精霊力は形を奪うことに優れています。破壊ではなく、否定。だから闇は強いのです」


 カイルは銃を持つ手以外は微動だにしない。教室で授業してるときと同じ表情で、淡々と説明する。


「……この先生、やっぱ怖い!!」


 フレイアのつぶやきに、僕も黙って頷いた。

 しかし、魔獣たちは数が多い。跳黒弾で倒れた仲間を踏み越え、さらにカイルへ迫ってくる。

 そのとき。


「ふっ」


 カイルの身体がふわっと浮いた。

 跳んだ――というより、吸い込まれたような動きだった。

 リザードの爪が地面を裂く。それを軽く避け、カイルは着地とともに片足で魔獣の顎を蹴り上げた。

 骨が砕ける乾いた音。


「うそ……あんな細身なのに……」


 リアが息を呑む。

 カイルはランチャーを片手で構えたまま、くるりと体を回転させ、もう一体の頭部へ踵を叩き込んだ。


「続行」


 言葉と同時に、跳んでいた黒い球弾が軌道を変え、カイルが蹴りで揺らした魔獣の胸に突き刺さる。

 ズブッ……と、闇が侵食し消滅する。

 跳黒弾はなおも跳ね続け、狙った獲物を正確に喰いちぎる。

 カイルは、魔獣の群れの中を歩くように進んだ。

 踏み込む、蹴る、旋回する……その動きは無駄がなく、無音で、まるで影が形を変えているようだった。

 銃口が向くたびに、黒い弾が跳ね、魔獣の体を欠損させる。


「私の精霊術式は、扱いこそ難しいですが……」


 カイルが地面を蹴り、魔獣の背後へ回り込む。


「『最も効率的に敵を減らす』という点で、これほど優れた精霊術式はありません」


 その言葉と同時に、跳黒弾が最後の魔獣の胸に吸い込まれた。

 闇が侵食……最後の魔獣が崩れ落ち――消失。

 跳黒弾は速度を失い、ふっと黒い粒子となって消えた。

 静かに、風だけが平原を吹き抜ける。

 カイルはランチャーをくるりと回し、消した。


「邪魔者は排除しました。では、授業の続きを」


 その声は、授業を終える教師そのものだった。

 僕たちはしばらく言葉を失っていた。


「……凄まじく強い。同時に、恐ろしい……」

「はい……闇の力、凄まじいです」


 ギデオン、フィオナが小声で漏らす。

 いや、ほんとに……僕たちが相手したら、数分じゃどころか開始十秒で終わっていたと思う。

 カイルは空を見上げながら言った。


「帝国の強さの根本は『闇』の思想です。理解できなくていい。ただ――知っておくことが重要です」


 黒い神像の影が、僕たちを覆う。 

 僕は背筋が伸びた。


「これが、帝国の強さなんだ……」


 僕はごくりと喉を鳴らした。

 カイルは振り返り、ゆっくり言った。


「次回は、さらに深いところを教えますよ。覚悟しておきなさい」


 その背中は、闇の案内人のように見えた。

 僕たちの旅は、まだまだ闇の入口に過ぎなかった。

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