表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/70

カイル・ヴェルナー

 帝国の大通りを抜け、しばらく住宅街を歩いていくと、建物の区画が徐々に落ち着いた雰囲気に変わっていった。

 豪奢さはあるが、どこか硬質で、威圧感がある――いかにも帝国の『貴族区画』という感じだ。

 目的地は、その一角にぽつんと存在していた。

 「ヴェルナー私塾」と記された木看板は、貴族の豪邸が並ぶ中ではあまりにも地味で、逆に目立つ。


「……ここ、でいいんだよな?」

「はい、ユウト。地図の印も一致してます」

「貴族の街で塾……って、なんだか変な感じね」

「教師か……自分は苦手だな」

「私は、少し興味がありますね」


 みんながそれぞれ反応していると――突然、塾の扉が勢いよく開いた。


「――もうついていけません!!」

「失礼しますっ!!」


 十代後半くらいの青年と少女が、泣きそうな顔で飛び出してきた。

 僕らに気づく余裕もなく、二人はそのまま全力で逃走していく。


「……え、何? 今の」と僕。

「逃げた……よね?」とフレイア。

「うむ。あれは、完全に逃亡の足取りだった」とギデオン。

「いきなり暗雲なんですけど……」とリア。

「もしかして、危険なのでしょうか?」とフィオナ。


 塾の中で、一体なにが起きてるんだろう。

 僕は扉の方に顔を向け――そして。

 中から、ゆっくりと細身の人物が姿を現した。


 長い黒髪を後ろで束ね、片目には銀のモノクル。

 真っ白なシャツに黒のロングコート。

 整った顔立ちだが、表情の温度はひどく低い。

 そして、右腕には大きな本。左手にはチョークの粉がついている。

 見るからに――教師のような人だ。


「……ご来訪ですか?」


 声もまた静かでよく通る。

 だが、どこか人を見下すような、柔らかい皮肉を含んだ響きがあった。

 この男が、カイル・ヴェルナー。

 僕はそう直感した。


「ええっと、急にすみません。僕ら――」

「結構です。名乗りは必要ありません」


 きっぱりと、カイル・ヴェルナーは言った。


「あなた方が、授業をぶち壊しに来た騒がしい一般人でない限り、ですが」

「いや、壊しには来てないけど……」

「ならよかった。今日だけで七人目ですからね、授業放棄は」


 七人目……?

 さっき逃げていった二人のことか……と思ったら、その倍以上は脱走者がいるらしい。

 目の前の男は淡々と言葉を続ける。


「さて……あなた方が何を求めて来たのか。推測して差し上げましょうか?」

「えっ、いや別に……」

「リュミエール=サルバの紹介、ですね?」


 ――一瞬、呼吸が止まった。


「……なんでわかる?」

「わかりますよ。あの方が関わった人々は、皆、同じ顔をしてやって来る」


 カイルはわずかに肩をすくめて微笑んだ。


「――『わけがわからなくて混乱している顔』です」


 どこか白けたような目で、カイル・ヴェルナーは言う。

 僕はみんなを見て首を傾げた。


「そ、そんな顔してたかな?」


 ちょっと不安になっていると、みんなが言う。


「ユウトはしてたよ、ちょっと」とフレイア。

「自分もそう見えた」とギデオン。

「……私にはよくわかりません」とフィオナ。

「私はノーコメントで」とリア。


 どうやら、僕の顔は混乱していたように見えたらしい。

 カイル・ヴェルナーは軽く咳払いをして言う。


「それで……あなた方は、あの優男に言われて来た、と」


 カイルの「優男」の言い方が、ひどく冷えていた。

 あれは完全に――つまらなそう、というか、小馬鹿にしている口調だ。


「失礼ですが、あの方は私のことを『説明係』と思っているようだ。私も暇ではないのですがね。全く、面倒な」


 冷たい目をしたまま、淡々と毒を吐く。

 ……この人、リュミエール=サルバとは相性悪そうだな。


「ええっと……僕たちは、この国のことを少し知りたくて」

「知りたいのですか?」

「え、ええ」


 視線を向けられる。まっすぐ。透き通るほど冷たく。

 カイルはゆっくりとため息をついた。


「……困りましたね」

「え?」

「あなた方のように『動機が曖昧な人間』ほど、授業では扱いづらい」


 思わず詰まる。


「授業って……」

「わたくしは教師です。質問したいなら、まず生徒としての姿勢を整えるべきです」

「つまり――私塾に通え、ってこと?」

「そうなりますね。ああ、ご安心を。一般生徒と同様に扱いますので、貴族扱いは致しませんよ」


 いや、安心すべきなのかどうか。

 すると、リアが小さく呟いた。


「ユウト……どうしますか?」

「どうするって……」


 たしかに導師が言っていた通り、この人が帝国の本質を教えてくれる存在なら、避ける理由はない。

 逆に言えば――この国では、知らないことが多すぎる。

 強者の論理、霊触者(レグナス)の扱い、貴族制度。

 いろいろと、知っておく必要がある。

 僕は小さく頷いた。


「……入学、します。みんなもいいよね?」

「ええ、『知恵』を歩む者としては、非常に興味があります」

「あたし、寝ちゃうかもー」

「自分も興味がある」

「同じく、私もです」


 気がつけば、全員の意思は固まっていた。

 カイルは、眉ひとつ動かさず言う。


「なるほど。五人揃って、ですか。……はぁ」


 嫌そうにため息をついた。


「こんなに集団で来られたのは初めてですね。教室が狭いので座席の確保が大変です」

「……迷惑?」

「迷惑といえば迷惑ですが、まあ構いません」


 カイルは本を軽く叩いて言った。


「教師として、生徒が増えるのは悪いことではありません。人材の品質に問題がなければ、ですが」


 さらっと悪口を言われた気がする。


「ただし、一つだけお伝えしておきます」


 冷たい目で僕たちを順に見ていく。


「わたくしは優しくありません。教えることはしますが、甘やかしはしませんので」

「え、ええと……できれば優しく教えてほしいけど」


 カイルは首を傾けた。


「あなた方は『知りたい』と言った。わたくしは『教える』と言った。ならば互いに誠実であるべきでしょう?」


 言われてみればその通りだ。

 でもこの人……なんだかその、やっぱり怖い。


「では――」


 カイルは塾の奥、扉の向こうを指した。


「あなた方五人。今日からわたくしの私塾の『特別生徒』です。授業はすぐに始めますので、各自、席に座ってください」


 特別生徒……なんか、嫌な響きだ。


「ユウト……これ、だいじょうぶでしょうか?」

「わかんない。でも……やるしかない」


 不安と期待が入り混じった気持ちで、僕は一歩踏み出した。

 私塾内は、けっこうな広さだった。

 大学の教室よりも狭いが、僕ら五人で使うなら問題のない広さだ。

 席に座り、カイル・ヴェルナーは教壇へ立つ。

 モノクルの奥で、カイルの瞳が淡く光る。

 冷たいけれど、どこか燃えるように強い意志を宿して。


「では、生徒諸君。 ――『帝国とは何か』、本質から叩き込んで差し上げましょう」


 その一言で、空気が一気に変わった。

 こうして僕たちは、ドグラ・ドミナ帝国の異端教師、カイル・ヴェルナーの私塾へ正式に入学したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ