光骸導師リュミエール=サルバ
光骸導師リュミエール=サルバ。
目の前にいるのは、僕らを何度も苦しめてきた『導師』の仲間。僕らはハッとして臨戦態勢を取ろうとすると、リュミエール=サルバは僕らを手で制した。
「お待ちください。私に、あなた方と敵対する意思はありません」
「……その言葉を、信じろって? 少なくとも僕らは、お前の仲間にひどい目に合わされてる」
「確かにそうでしょうね」
リュミエール=サルバは淡く微笑んでいる。
まだドグラ・ドミナ帝国に入ったばかりなのに、早くも戦いになるかもしれないとは。
すると、リュミエール=サルバは言う。
「仲間、とは……なんでしょうか?」
「は? 仲間って……お前は導師、『虚環教団』の八導師の一人で」
「その通りです。ですが、私はあなた方に何かをするつもりはありません」
僕らは顔を見合わせる。
周りを見ると、往来のせいか人々が興味深そうに見ていた。
こんなところで戦えば騒ぎになる。
「ユウト殿。あなたには、行きつけの喫茶店、パン屋、定食屋などございますか?」
「……いや、ないけど」
「そうですか。私はあります。お気に入りのカフェ、レストラン……そこには、顔なじみの定員がいて、いつも挨拶をしてくれるんです」
「……それが、なんだよ」
「私は、彼ら彼女らの名前は知っています。ですが、家族構成や趣味、好きな食べ物などはわかりません。顔を合わせ、挨拶をし、別れる……そんな関係です」
「…………」
「私は、八導師の一人であり、私の他にも七人の導師がいます。ですが……私にとって彼ら彼女らは、お気に入りのカフェにいる定員、レストランの料理人と変わりないのですよ」
そう言い、リュミエール=サルバはにっこり微笑んだ。
「もう一度だけ言います。私は、あなた方と敵対するつもりはございません」
「「「「「…………」」」」」
僕らは、警戒を解いた。
リュミエール=サルバは一礼する。
「ありがとうございます。では……カフェでお茶でもしませんか? あなたと話をしてみたい」
僕らは、リュミエール=サルバに付いて歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
案内されたのは、静かな雰囲気のカフェだった。
小さいが個室のある綺麗なカフェだ。
自然を意識しているのか、森の中のような雰囲気だ。植物が多く置いてあり、いい香りがする。
個室に入り、コーヒーを注文。
全員分が行き渡り、リュミエール=サルバは一口飲む。
「いい味だ。ここのコーヒーは、私のお気に入りでね」
「……確かに、うまい」
「はい。おいしいです」
僕とリアはコーヒーの味が気に入ってしまった。
本当に美味しい。リュミエール=サルバは満足したように微笑んでいた。
そして、ギデオンがカップを置いて言う。
「……ここまで接触してくる理由は?」
リュミエール=サルバは、カップを置いた。
「ははは。何度も言いましたが……ユウト殿と話をしたいだけさ」
笑って言うが、どうにも悪意がない。
それどころか、僕たちを気遣っているようにも見える。
その気遣いが逆に怖いんだけど。
リュミエール=サルバは、僕の目をまっすぐ見つめてきた。
「ユウト殿。あなたは本当に、面白い『歩み』をしている」
言葉は褒めている。
でも、その奥にあるのは興味? 観察? それとも?
「何度でも言います。あなたと戦う理由はない。私の同僚のようにね」
その言葉に、リアが眉をひそめる。
「……信じていいんですか?」
「もちろん」
リュミエール=サルバは微笑んだ。
「私は『信念の道』を歩む者。戦いは、必要なときにしかしません。今はその時ではありませんし、あなた方に刃を向ける理由もない」
信念の道……魂の道のひとつ。
自らの信じた正しさだけを歩む――そんな、危うい響きを持つ道。
「……あなたは、帝国で何をしようとしているんですか」
僕はそう尋ねた。
「ええ、とても簡単なことです」
リュミエールは、帝都の中央――帝国の象徴がそびえる場所に視線を向ける。
「私はこの国で、『歩む者たち』を見たいのです。どんな信念を掲げ、どんな行いを選ぶのか。それが正しいか間違っているかではなく、人は何を善とし、何を悪とするのか――」
その声は穏やかで、優しく、そして底知れない。
フィオナが、震えた声で呟く。
「……導師様は、帝国に肩入れしているわけではないんですか?」
「ええ、そのつもりはありませんよ」
リュミエールは首を振った。
「ただ、『信念』という観点から、この国はとても面白い。力の国家。強者を絶対とする思想。その中で、人々は何を守り、何を差し出すのか……とても興味深いのです」
興味深い。
その一言には、好奇心だけじゃなく、どこか――試すような色があった。
「ユウト殿、あなたは……この国を知りたいのでしょう?」
「……はい」
「ならば――一人、訪ねるべき人物がいます」
そう言って、導師は白い手袋をはめた指先を軽く振る。
空中に薄い光の紋が描かれ、町の地図と名前が浮かび上がった。
地図に光点が点滅している。目的地らしい。
リアは、いつの間にか手に入れていた町の地図に、光点部分をマークした。
「カイル・ヴェルナー。帝国の貴族でありながら、制度に見切りをつけて下野した変わり者。私塾を開き、若者に『自由』や『革新』を説いている。あなた方が帝国の本質を知りたいなら、彼の話は大変有益ですよ」
フレイアが目を丸くする。
「貴族なのに自由? なーにそれ?」
「ふふ。だからこそ面白いのです。彼は『支配の道』を歩んではいますが……私に近い思想を持っている、と私は思っています」
「近い……?」
僕が問い返そうとしたが、導師は首を横に振った。
「これは、あくまで私の感想ですよ。ただ、興味を惹かれる――それだけのことです」
そこまで言ってから、リュミエール=サルバは立ち上がる。
個室の入口のドアに向かい、振り返って一礼した。
「私はここで失礼します。ああそうだ……ユウト殿、あなたと敵対する理由はありませんが――」
柔らかな光に包まれながら、導師は微笑む。
「もし『道』が交わり、衝突すべき時が来るなら、そのときは……全力で向き合いましょう」
優しい声なのに、背筋が凍る。
そのままドアノブを回し、普通に部屋を出て行った。
気づけば、導師の気配はもう、完全に消えていた。
僕は大きく息を吐く。
「……は、はぁ……っ」
「なんなのよ、あいつ……」
フレイアが脱力する。
ギデオンも息を吐き、冷めたコーヒーを一気に飲み干して言った。
「戦うつもりはない、と言っていた。ただし……『今は』と、そう聞こえた」
「僕も、そう思った」
「……戦う時が、来るんでしょうか」
リアが腕を組んだまま唸る。
僕は深く息を吐く……導師の言葉は、本心だった気がする。
けれど同時に――僕たちが歩く道を、試しているようにも感じた。
そして、導師が残した一つの手がかり。
フィオナは言う。
「カイル・ヴェルナー……でしたか。ユウト様、どうしますか?」
「……行ってみよう」
僕は言う。
「帝国のことも知りたいし、導師がわざわざ名前を出した以上、行く価値はあるはずだ」
「はい、ユウト」
「そーね」
「うむ」
「……わかりました、ユウト様」
僕たちは頷きあい、リアが持つ地図を頼りに移動を開始する。
帝国の『自由』を説く私塾。貴族でありながら制度を見限った青年――カイル・ヴェルナー。
彼との出会いが、この国での歩みに大きく影響することを、この時の僕はまだ知らなかった。




