新たな道
目が覚めると、知らない天井だった……わけではない。
「ふぁ……ぁ」
ベッドから身体を起こし、大きく伸びをする。
僕は着替え、部屋の窓を開ける。
「……夢じゃないんだよなあ」
今、いるのは風霊学術院の一室。
昨日、セラに精霊力の使い方を教わったあと、すぐにお開きとなった。いろいろ調べることができたとかで、セラとリアは二人で話し始めたのだ。
僕は部屋を用意してもらい、セラから少なくないお金をもらった。
夕食、そして売店で必要なモノを買うといいと言われ、その金で下着を買ったり、着替えを買ったりした。あと、ノートやペン、必要なモノを入れるカバンも買った。
ありがたいことにこのインクペン……構造がほとんどボールペンそのものだ。書き味も滑らかで、少しだけ懐かしい匂いがする。現代の記憶が、ふっと胸を刺した。
「食事のあとは、セラとリアに話を聞かないとな」
とにかく、今の僕には情報が少なすぎる。
このまま、この世界で生きていくのか。それとも日本の病院で包帯グルグル巻きで機械に繋がれているかもしれない僕の意識を目覚めさせる必要があるのか。それとも……この世界で生きるために僕ができることを探すべきなのか。
正直……この世界は、そんなに悪くないと思っている。
精霊力。かなり興味深い。
「とりあえず、朝食朝食」
若返ってから、かなりお腹が空く……そういえば、高校時代、特に運動してたわけじゃないのに、やたらお腹が空いたっけ。今は二度目の成長期なのかもしれないな。
◇◇◇◇◇◇
朝食を食べ、セラの研究室へ。
ドアをノックすると、リアが「は~い」と返事をした。ドアが開くと、目がどんよりしたリアが出迎えてくれる。
「おはようございます……」
「あ、ああ。なんか顔色が……」
「いえ……寝ていないだけで、よくあることです。どうぞ」
部屋に入ると、セラがソファで寝ていた。
リアがフラフラしながらセラの頭をパシッと叩くと、セラは「ふがっ」と美人にあるまじき声を出し、大あくびして目を擦る。
僕と目が合うと、片手をあげた。
「お~、ユウト。よく寝たか?」
「ええ、おかげさまで……大丈夫ですか?」
「ああ。リア~……濃いコーヒー、くれ」
「はぁい」
コーヒー、さっき僕も飲んだ。そう……この世界、コーヒーがあるのだ。しかも名前も同じコーヒーなので、この世界に来て一番喜んだかもしれない。
セラは言う。
「ユウトも飲むか? ああ、子供にはまだ早いか。ふふ、リアもミルクと砂糖入れないと飲めないしな」
「いや、ブラックで大丈夫です」
研究者にとってコーヒーは水みたいなものだ。教授の研究室に高級なコーヒーメーカーがあったし、教授は豆にこだわる人だったから毎日美味しいコーヒーが飲めた。この世界のコーヒーは、教授のと比べると……ああ、教授のコーヒー飲みたい。
と、コーヒーはここまでにして、僕はセラは対面に座る。
セラは、リアが淹れた真っ黒なコーヒーを飲むと、目元をキュッとしめる。
「っくぁ~!! この一杯がたまらない!!」
「わかります。すっごくわかります……!!」
思わず共感してしまった……僕もリアが淹れたコーヒー飲むと、その苦さに目がキュッとなる。
でも……うまい!!
「ふう、目が覚めた。さて……いろいろ聞きたいこともあるだろうし、私もお前に伝えなくちゃいけないことができた」
「は、はい」
セラは、リアを手招き。リアは眼鏡のような道具をセラに渡し、僕を見る。
そしてリアも僕を見ると、二人は顔を見合わせた。
「あの……なんですか?」
「改めて。ユウト……お前の『魂の道』は?」
「……『孤独の道』です」
なぜか、この質問を偽ることはできなかった。
あの、カラフルなピンポン玉が言った『孤独の道を歩め』は、そうしなくちゃいけないと思わせる何かを僕は感じていた。
セラは頷く。
「この眼鏡は、『精霊力・魂の波動を見る眼鏡』という魔導器だ。名前がそのまんまなのは気にするな。まあ、作ったのは私で、ネーミングはリアだけどな」
「セラ主席研究員?」
「おっと、怖い怖い。とにかく……こいつは、魂の波動、精霊力を色でとらえる。たとえばリア。リアは『知恵の道』を歩む風の霊触者。知恵の道を歩む者の魂は金色、風の精霊力は緑を示す」
セラは、ノートに人の絵を書き、心臓付近を金色に、輪郭を緑色で書いた。
「だが、お前は違う。輪郭も、魂の色も、全くない」
「な、ない?」
「ああ。輝いてはいる。だが、色がない」
「……魂の波動が色で見える。つまり、エネルギーが光学的性質を帯びるってことか。物理学的に考えたら滅茶苦茶だ。でも、今の俺はその滅茶苦茶の中にいるってことか」
リアは、いくつかの本をテーブルに置いて開く。
「現在、この世界には八つの『魂の道』が存在します。破壊、 秩序、 混沌、 協調、支配、守護、知恵 信念……これらの始まりは、『漂魂者』が歩んだ軌跡から産まれたという仮説です」
「……メイリオン、って。僕と同じような人が?」
「ええ。つまり……ユウト。あなたは、『魂の道』を作ることができる、という可能性です」
セラは、煙草を取り出して火を着ける。
「魂は嘘をつかない。八つの道のどれかに分類した色が付き、無道の人間ですら色がある。だがお前は色がない……それこそ、理の外から来た存在であるかのような……ああ、お前は『漂魂者』であることは確定だ」
リアは、別の本を開く。
「古代の伝承に『漂う魂は新たな道を開く』とあります。既存の魂の道を越え、未知の理念を紡ぐ存在──『新道』と。それが真なら、ユウト……あなたは、この世界の理を変える可能性がある」
「……また情報過多だ」
「ユウト。その『新しい道』が存在すると知れば……黙っていられない連中も出てくる。
魂の秩序を守る『秩序の道』の連中、支配を掲げる『支配の道』の国家、そして破壊を喜ぶ奴ら……お前は、世界そのものに狙われる可能性がある」
セラは、真面目な顔で言う。
つまり僕は、この世界にとって……はは、異物ってわけか。
「……少し、整理する時間が必要だろう。私はメシ食ってくる。リア、お前は」
「少し、ユウトと話をします」
セラは頷き、黙って出て行った。
◇◇◇◇◇◇
僕は、窓を開けて外を見た。
青い空、白い雲、そして風の香り……世界は今日も動いている。
すると、リアが何も言わずに隣へ来た。
「孤独の道、か……俺はずっと、誰にも理解されずに生きてきた。でも、ここに来ても同じなのかもしれないな」
孤独の道。
あの、カラフルなピンポン玉は恐らく精霊だ。その、この世界で最も崇拝されている存在が言うのだ。『孤独の道を歩め』と。
するとリアが言う。
「それは違います。私が思うに……あなたの『孤独』は、拒絶ではなく観測。それは、すべてを見て、受け入れ、分析するための『距離』です。もしかすると、それこそが──あなたの魂の形なのかもしれませんね」
「…………」
本当に驚いた。
観測……僕がかつて論文で使った言葉を、ここで聞くなんて思わなかった。
窓から風が入り、僕の髪を揺らす。
「『孤独の道』か。じゃあ、僕はこの道を歩むよ」
◇◇◇◇◇◇
セラ視点
◇◇◇◇◇◇
セラは、食事に行かず学術院の別室にいた。
そして、『通信機』で誰かと連絡をしている。
「ええ。確証は取れました。漂魂者が現れた……ええ、承知しています」
セラは何度か頷き、通信を切ろうとした……その時。
「……!!」
窓の外に、誰かがいた。
セラは舌打ち、手に精霊導器である火属性の弓を顕現させ、窓から飛び出し構える。
「──チッ、くそ。聞かれたか……!!」
セラは舌打ちし、頭をガシガシ掻くのだった。
だがその瞳には、ほんの一瞬、焦りではなく──決意が宿っていた。




