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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第四章

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八導師の会話

 黒い霧が渦巻く洞窟――いや、正確には、地下に作られた巨大な研究空洞と言うべきだろう。

 壁面には精霊力を吸って淡く発光する鉱石が埋め込まれ、中央には歪な祭壇が鎮座していた。

 その前で、ひとりの男が静かに器具を片付けていた。


「ふむ……《雷過触媒》の活動停止を確認。標本回収も完了、と」


 雷の紋様を模した白衣を羽織る男――雷過導師ディス=ヴォルテクス。

 狂気を思わせるほど整然とした手つきで、黒い液体が満たされた瓶をケースに収めていく。

 その瞳は、実験の成功に喜ぶというよりは、ただ淡々と結果を積み上げているだけだった。


「やっほ~」


 洞窟の闇から、炎のように赤い髪が歩み出る。

 紅蓮の瞳。灼熱の精霊力を纏う女――灼壊導師ローレライ=ヴェルイーナ。

 フレイアと似た顔立ちだが、纏う炎は桁違いに熱い。

 ローレライは、つまらなそうに言う。


「ミルフェリアの汚染、完全に消えちゃった。あんたが触媒を引き上げたからっしょ?」


 ディスは肩をすくめていう。


「うん。実験はもう十分だしね。触媒の効力、成長速度……すべて確認できた」

「ふ~ん。でもさ、『濁環』の連中を実験体に使って完成とは、あんたらしくないね。もっと国を巻き込んで、それこそ水を真っ黒にするくらい遊ぶモンだと思ってたけどね~」

「楽しむ? 我輩が? ハハ、冗談はやめてくれ。我輩はただ、観察する側でいたいだけさ」


 ディスはローレライへ視線を向ける。

 その瞳には熱も冷たさもなく、ただ無機質な興味だけが揺れていた。


「濁環は『素材』として優秀だった。特に、汚染への順応速度と、指示への忠実さはなかなか良い。それに……彼らには気づいていないが、触媒の副作用である程度の選別が進んでいた」

「選別……?」

「そう。扱いやすい個体と、そうでない個体のね。だから、幹部だけを回収して、残りは処理しただけの話だよ」


 ミルフェリア各地で死んでいた濁環たち。

 原因不明の死は――原因不明ではなかった。

 ローレライは鼻で笑う。


「……相変わらず薄気味悪い男。お前の処理のせいで、ミルフェリアは混乱してるよ? また湖が汚染されるんじゃないかとか、またあんたが来るんじゃないかとかさ。わかりやすい『結果』を残さずとんずらとか、ある意味タチ悪いしね~」

「混乱していた方が観察しやすいからね」

「……ユウトたちはいいの? 興味あったんじゃなかったの?」

「まあ、興味はあるけど、まだまだ先延ばしでいいかなぁ。今は、『触媒』の方が大事だいじ」


 ディスは瓶の蓋を閉じ、興味深げに微笑んだ。

 その漆黒の『雷過触媒』が、かつて『濁環』の幹部だったとは、誰も気付かないだろう。


「むしろ――彼がいたから、良いデータが取れた」


 その瞬間、ローレライの表情が険しくなる。


「ねえ、気になるのはいいけどさぁ……ユウトはアタシの獲物、殺るのはアタシだからね?」

「気に入っているわけじゃないさ。ただ『気になる』……あの魂の波長は通常の霊触者(レグナス)とは逸脱している。だからこそ――『実験体』としての価値は高い」

「……ふ~ん」


 ローレライの足元に炎が走る。

 地下空間の空気が瞬時に灼熱へと変わり、岩壁がひび割れた。


「なぁんか、アンタむかつくなぁ……」


 ディスは理解はできないが興味はあるという目で、ローレライを眺めている。


「ああ、きみには欠片も興味がないから安心してくれ。というか、むかつくという理由だけで、こうも怒るとは。ふふふ、少しだけ面白いね」

「あ?」


 炎が弾けた……その時だった。

 白い光が洞窟を満たす。

 やわらかく、だが確かな浄化のような輝き。


「まあまあ。これ以上、無駄な争いはやめたまえ」


 白金の髪を揺らし、ひとりの青年が歩いてくる。

 微笑みを絶やさず、光の衣を纏った『聖者』のような佇まい。

 ――光骸導師リュミエール=サルバ。

 彼が洞窟へ足を踏み入れると、ローレライの炎も、ディスの殺気も自然と弱まっていく。


「おやおやおや、リュミエール=サルバ……あなたが来るなんて、珍しいですね」

「ははは。そもそも、ここは私の管轄地ですよ。凶悪な精霊力を感じたので来たら、あなたたちがいた」


 リュミエールは苦笑する。


「君たちの喧嘩、放っておくと千単位で死ぬからね。私が止めに来るしかないだろう?」

「はん。偽善優男が」


 ローレライはつまらなそうに舌打ち。

 ローレライ=ヴェルイーナは、このリュミエール=サルバが大嫌いだった。

 リュミエールは二人の丁度中間地点に立つと、空気に光を漂わせる。


「さて。早速だけど……この国から出て行ってくれないか? きみたちのような野蛮人に、この国を荒らされたくないのでね」


 明るい笑顔だった。

 ローレライ=ヴェルイーナは逆に笑いだす。


「アハハハハハハハ!! どストレート、どストレート!! あ~面白っ……そう言われるとさぁ、めちゃくちゃにしたくなっちゃう!!」

「ははは。きみならそう言うと思ったよ。ローレライ、勘弁してくれないか?」


 リュミエール=サルバは頭を下げた。

 ローレライは舌打ちする……この、同じ八導師(ラス・オクタ)であり道越者でもある男が、こうも低姿勢で頭を下げる……それが、気に食わない。


「くっだらな……あたし、帰るわ」


 ローレライは軽く手を振って帰ってしまった。

 残されたディス=ヴォルテクスに視線を向ける。


「おやおや。我輩はどうしましょうかねぇ……『雷過触媒』のサンプルがもう少し欲しくてねぇ。この近くにある大きな『支配』の国で調達しようと思ってました」

「人が必要なら用意しよう。ちょうど、国内で悪さをしていた『混沌』の下部組織を摘発したばかりでね」

「おお、それはありがたい。そういえば……『サルバ公爵』の家系は、裁判官を輩出していた名家でしたな。あなたもそうなので?」

「自分は少し違うかな。フフフ……さて、他に足りない物はあるかな?」

「んんん~……考える時間、といったところでしょうな」


 ディスがチョイチョイと手招きすると、洞窟の奥に隠れていたステラが、ゆっくりと現れた。

 顔色が非常に悪い……『道越者』同士の気配に充てられ、気分を悪くしているようだった。


「せ、先生……もう、終わりましたか?」

「ええ。ローレライは帰りましたよ。ここにいるのは、人畜無害な青年です」

「やあ、きみがディスの助手か。なかなか優秀なようだね」


 リュミエール=サルバが微笑むと、ステラは頬を染めて頭を下げた。

 外見の良さだけなら、リュミエール=サルバは千年に一人と言えるほどの逸材だ。


「ステラちゃん。これから『混沌』にある研究所に行きますよ」

「え……『支配』ではなくて?」

「ええ。ここでは、何もしない」

「しかし……『混沌』には、液獄導師様がいる国です。先生とはその、不仲というか」

「それがなにか? ささ、いきましょうか。ではリュミエール=サルバ……また、お会いしましょう」


 ディスとステラは出て行った。

 誰もいなくなった洞窟で、リュミエール=サルバはフッと微笑む。


「さて、私もお出迎えの用意をしなくてはね……ようこそ『支配の国』へ。『漂魂者(メイリオン)』ユウト・カミシロくん」


 虚環教団(サークルオブヴォイド)八導師(ラス・オクタ)の一人、『信念』を司る光骸導師(こうがいどうし)リュミエール=サルバは、静かに微笑んだ。

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