次の目的地へ
僕らは『青環会』の神殿を出た。
もうフィオナは聖女ではない。それに、青環会にはやることが山積みだ。
汚染がなぜ消えたのか、これから再び始まる可能性はないのか。
なぜ『濁環』の幹部が突然消えたのか。導師ディスの目的は何だったのか。
さらに、中央濾過塔の復旧もある。
女王陛下も僕に対しては、あまり興味を示さなかった。
いや、あれは……気まずさからかもしれないけれど。
ともかく、この国で聞けることはもうない。
協調の国、湖上国ミルフェリア。
『濁環』という組織は表層に顔を出していたが、それ以外では平和そのものだ。
内部争いもなく、水を尊び、精霊を敬い、静かで、穏やかだった。
……でも、この国の強さを僕は知った。
水の力が、ただ優しいだけじゃないことも。
神殿を離れ、湖を囲う街路を歩きながら、僕は仲間たちに問いかけた。
「さて……これから、どうする?」
「決まってます」
フレイアが言う。
「ローレライ=ヴェルイーナ、ディス=ヴォルテクスを追う」
「だね。あんなヤバい奴、野放しとかありえないし。あたし、今度こそローレライ=ヴェルイーナをブッ倒す……いい目標できたわ」
フレイアも腕を組む。
「自分は、ディス=ヴォルテクス……奴を必ず討つ。これは……妹のためでもある」
ギデオンが静かに頷いた。
そして、最後にフィオナへ視線が集まった。
昨日までとは違い、彼女はもう青環会の『聖女』ではない。けれど、その姿勢は少しも揺らいでいなかった。
「……私も参ります。あの雷過導師ディス――彼を、このまま放置してはなりません」
言葉こそ静かだが、その奥は熱い。
決意というより、覚悟……いや、『恐怖の先にある勇気』みたいなものが漂っていた。
僕は頷き、歩く速度を少し落として言った。
「となると……問題は次の目的地なんだけど」
「ユウトは何か心当たりがあるの?」
フレイアが覗き込んでくる。
「うん。昨日、地図を少し見せてもらったんだけど……ミルフェリアから一番近い国がある」
僕は言った。
「――ドラグ・ドミナ帝国。『支配の道』を司る国だ」
足が、みんな同時に止まった。
「うわあ……あそこか」
フレイアの顔が明らかに嫌そうになる。
「……最悪の国だな」
ギデオンも渋い顔だ。
「支配の国……」
フィオナが呟くように言った。
僕は説明を続けた。
「国の理念は 『支配こそ秩序の完成』……弱者は従うべき存在、だってさ」
「性格悪すぎ~!!」
フレイアが声を上げる。
リアが眼鏡をクイッと上げて言う。
「『支配の国』は完全な貴族制度。中でも、竜騎士爵という貴族が実権を握ってて、奴隷制が合法です」
リアは、次の言葉を言いにくそうに言う。
「それと……他国の魂の道を『下位の道』と見下しています」
「ムカつくわねー」
フレイアが「けっ」と女の子にあるまじき声で吐き捨てた。
ギデオンの声が低くなる。
「だが、ユウトの旅路で避けては通れんだろう。『孤独の道』を深めるのだろう?」
「うん。行ける国は全部見たい」
僕らが歩く湖上の路地に、乾いた風が吹き抜けた。
ミルフェリアの涼しい湿気を含んだ風とは違う。
ドラグ・ドミナへ行けば、こんな穏やかな空気はもう感じられないのかもしれない。
「そっちにディス=ヴォルテクスやローレライ=ヴェルイーナがいるかわからないけど……行けるなら、まずはそっちに行きたい」
僕の言葉に、仲間たちは黙った。
手掛かりはない。だけど、そこに行かなきゃ何も進まない。
「……そうですね。手掛かりがないのなら、前に進むしかありません」
リアが小さく呟く。
その言葉に、全員が頷いた。
「行こう」
僕は言い切った。
「前に進めばきっと、出会う時がやってくる。その時は全力で戦えばいい。もっともっと、僕らも強くならないと……フィオナ、これから頼りにさせてもらうよ」
フィオナは驚いたように僕を見た。
でも、すぐに小さく微笑む。
「……はい。私も、皆さまと一緒に参ります」
「ま、決まったね! ヤバそうだけど!」
フレイアが笑う。
リアも頷く。
「そうと決まれば、準備をしないといけませんね。町で旅の買い出しをして、支配の国へ向かうルートを確認しないと」
そうやって、少しだけ場の空気が和んだ。
僕はふと背後を振り返った。
水の向こう、湖面に浮かぶ白い神殿。
昨日まで聖女としてそこに立っていたフィオナは、静かにその光景を見つめていた。
「……大丈夫?」
僕が声をかけると、フィオナは目を閉じ、深く息を吸った。
「ええ……ただ、見ていただけです。でも――私はもう、後ろを向きません」
その横顔は、昨日よりもすこし強く見えた。
気のせいじゃないと思う。
すると、ギデオンが言う。
「フィオナ、辛ければ言ってくれ。自分は……」
フィオナはふっと笑った。
「はい。ギデオンさんには……きっと言ってしまいますね」
……まただ。
二人の距離が、昨日よりほんの少し近づいている。
僕はわざと前を向き、歩く速度を少し上げた。
盗み聞きするより、この距離感のほうがまだ安全だ。
「次は、『支配の道』か……」
僕は、歩きながらこれまで歩んだ道について考える。
知恵、破壊、守護、協調。
七つの道の内、四つの道、そして国を見た。
残りは支配、混沌、信念……この三つを見て、僕は自分が歩む『孤独』がどんな道なのか、最後はどうなるのか、わかるのだろうか。
湖上国ミルフェリアから、ドラグ・ドミナ帝国へ。
協調の国と、支配の国。
水の民と、竜の民。
僕は、みんなに言う。
「次の国でも、全員で乗り越えよう。僕たちは、仲間なんだから」
僕がそう言うと、四人は自然に歩調を合わせてくれた。
「当たり前ですわ」
「うん!」
「自分はいつでも戦える」
「……はい、ユウト様」
その声を背に、僕らは歩く。
支配の道――ドグラ・ドミナ帝国へ向けて。
ここから始まる旅が、どれだけ過酷なものになるのか。
まだ誰も知らなかった。




