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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第四章

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爪痕

 青環会の神殿へ戻ってきたのは、夕刻を過ぎてからだった。

 燃えるような赤色に染まった空の名残が、聖樹の壁面に淡く映り込んでいる。その神々しい光景を前にしても、胸のざわつきは静まらなかった。

 濾過塔の崩壊、ローレライ=ヴェルイーナの襲撃、フィオナの出生の暴露――すべてが一度に押し寄せ、僕たちは言葉を失っていた。

 入口の大扉が軋む音を立て、要人の足音がこちらへ近づいてくる。


「戻られましたか、フィオナ様、皆さま」


 迎えに来たのは青環会の神官長……確か、名前はアウリスだ。初老の、いかにも『神官』みたいな恰好をしている。

 神官長アリウスの目には明らかに動揺が混じっている。


「フィオナ様。報告がございます。水の汚染ですが……消失しました」

「え……?」


 消沈していたフィオナも、思わず顔を上げた。

 僕らも驚いた。全員がアリウスを見た。


「信じられないことです。水路、湖の汚染が、突如として消えました……いきなりのことで、我々は新たな汚染の兆候かと思いました。女王陛下直々にお調べになったところ、汚染は完全に消失しているとのことで……」

「……ど、どういうことだ?」


 ギデオンの疑問に、誰も答えられない。

 さらにアリウスは続ける。


「それともう一つ。『濁環』の構成員ですが……半分以上が、各地で亡くなっていました。幹部級の霊触者だけが忽然と姿を消してしまい……」

「……一体、何がどうなって」

「ワケわかんないし!!」


 リア、フレイアも驚き、困惑しかない。

 当然、僕もだ。

 強大な敵を倒したから汚染が消え、敵幹部を倒したから『濁環』が壊滅した……などではない。全く理由が不明なまま、事態が収束してしまったようなものだ。

 正直、スッキリしない……むしろ、気持ち悪い。


「……モヤモヤしかないな。本当に、終わったのか……?」

「「「「…………」」」」


 リア、フレイア、ギデオン、フィオナは黙ってしまった。

 こうして、全く理由もわからないまま、湖上国ミルフェリアの汚水騒動は幕を閉じた。


 ◇◇◇◇◇◇


 水の汚染の消失は、全くの原因不明だった。

 消えたのはいいことなんだが……だが、原因がわからないので、また汚染が始まるかもしれない。

 青環会の監視が強化されることになった。

 あと、中央濾過塔が崩壊したが、これも再建を開始するようだ。

 報告を終え、対策を講じ……すっかり夜も遅くなった。

 フィオナは最後、青環会の神官たちに言う。


「……皆さんに、伝えておくべきことがあります」


 僕は察した。ギデオンも、リアも、フレイアも。

 この場にいるのは、青環会の高位神官たち。フィオナは話すつもりだ……自分のルーツを。

 僕は迷った。言うべきなのか、そうでないのか。

 迷っていると、ギデオンがそっと手で制した。


「私は、孤児であり、普通の霊触者よりも水の精霊力を多く、敏感に感じることができました。その力が大精霊の力によるものと言われていましたが……違いました」


 どよめく神官たち。

 フィオナは、迷うことなく言った。


「私は、雷過導師ディス=ヴォルテクスの実験による生まれた霊触者でした。大精霊の力などではありません……ただ実験の過程で、そうなっただけの霊触者です」


 神官たちはどよめく。

 『聖女』という存在を神聖視しているからこそ、この告白には衝撃を受けているようだ。


「私は……『聖女』に相応しい人間ではありません。純粋な霊触者ですらないのですから。ですので……私は今、この時をもって青環会を脱し、『聖女』の地位を返上します」


 神殿は、静まり返った。

 誰も、何も言わない。僕らも何も言えない。

 すると、神殿の奥扉が開き……女王陛下が入って来た。


「……フィオナ」

「陛下。後程、ご報告にお伺いするところでしたが……」

「すまぬな、立ち聞きとは、まるで盗人のような真似をしてしまった」


 神官たちが一斉に一礼。フィオナも一礼したので、僕らも形だけ真似をした。

 女王陛下が言う。


「お前の覚悟はわかった。フィオナ……お前を『聖女』の地位から降ろす。そして、青環会も除名とする。この時より、お前は一人の霊触者だ」

「……はい」

「……辿るのだな?」

「ええ……その通りです」

「……寂しくなる」


 そう言い、女王陛下は別のドアから外へ出て行った。

 神官たちも後を追い、残されたのは僕たち五人だけになった。

 そして、フィオナは僕に言う。


「『漂魂者(メイリオン)』ユウト様。この時より私は、一人の『協調の道』を歩む霊触者となりました。どうか、あなたの従者として、旅の末席に加えていただきたく存じます」

「え」


 驚いた。

 旅の仲間になりたい。そのために『聖女』の地位を降りたってことか。

 ギデオンが言う。


「導師ディス。奴を追い、自分のルーツを辿るのだな」

「はい。それに……私は決めました。あの非道なる雷過導師ディス=ヴォルテクスを、放っておくことなど絶対にできないと」

「自分も同じ気持ちだ。ユウト、リア、フレイア……自分からも頼む。フィオナを、旅の仲間に加えてほしい」

「私は構いません。水の精霊力を使う『調和の道』の聖女……回復役として、役立ってくれるでしょう」

「水属性いいじゃん!! つまり、これからは川で水汲みとかしなくていいんでしょ?」


 二人とも、理由が少しアレだけど……まあ、僕も問題はない。


「わかった。従者ってのは違うけど……フィオナを、旅の仲間にしよう」

「感謝します。リア様が言った通り、怪我や病気の治療などはお任せください。私の精霊術式、魂絶技は癒しに特化していますので」

「わーお、いいじゃん」

「そうですね。ふふ……」


 フレイア、リアは嬉しそうだ。

 こうして、僕らの旅にフィオナが同行することになった。


 ◇◇◇◇◇◇


 その後、僕たちはそれぞれ与えられた部屋へ戻ることになった。

 けれど僕は、どうにも胸騒ぎがして、しばらく眠れる気がしなかった。

 フィオナは大きな決断をしたばかりだ。

 聖女の地位を返上し、仲間として僕たちと旅をする――そう言ってくれたけれど、本当にあれでよかったのだろうか。

 気分転換に散歩でもしようと部屋を出て、神殿の廊下を歩いていると、微かに声が聞こえた。


「……あれって」


 フィオナとギデオンだ。

 僕は思わず足を止め、角の陰に身を隠した。

 盗み聞きはよくないのはわかってる。けど、気になってしまったんだ。

 月明かりが差し込むバルコニーで、二人は向き合っていた。


「……ギデオン様、無理をさせてしまいましたよね。本当はもっと……ちゃんと笑っていたかったんですが」


 フィオナの声は、昼間よりもずっと弱々しかった。


「無理なんてしていない。自分こそ……もっと力になれたはずなのに、何もできなかった」

「そんな……ギデオン様は、十分に……」

「いや、違う」


 ギデオンは静かに首を振った。


「自分は、気づいていた。フィオナ殿が何かを抱えていることに……それなのに、踏み込めなかった」


 バルコニーに吹く夜風が、フィオナの白い髪を揺らす。


「踏み込んでほしかった……かもしれません」


 フィオナが俯く。

 ギデオンは眉を下げ、フィオナに一歩近づいた。


「……怖かったんだろう。自分の生まれに、ディスの影に」

「ええ……自分は普通でないと、薄々感づいてはいました。ですが……真実を知ると、こうも気落ちしてしまうなんて」


 その声は小さく震えていた。


「人として生まれたわけじゃない。大精霊の加護も、力もなく……ただ、捨てられただけの存在で……」


 胸が締めつけられる。

 フィオナがこんなにも弱さを見せるのは、初めてだった。

 ギデオンは、そっとフィオナの肩に手を置いた。


「……それでも、フィオナ殿は生きている。そして、自分たちは……フィオナ殿と共に歩きたいと思っている」

「……ギデオン様」

「生まれがどうであろうと、今のフィオナ殿は紛れもなく仲間だ。自分たちの隣で戦い、笑ってくれるなら……それだけで十分だ」


 フィオナの肩が震え、彼女は目元を手で押さえた。


「……そんなことを言われたら、泣いてしまいます……」

「泣いていい。泣く権利は……フィオナ殿にもある」


 ギデオンの声は驚くほど優しかった。

 フィオナはしばらく黙っていたが、小さく呼吸を整えた。


「……ギデオンさんは……どうして、そこまで優しいんですか?」

「自分も……ディスに奪われた者だからだ。だから、あなたを放ってはおけない。守護の騎士として、仲間を守るのは自分の務めだからな」


 ギデオンがうつむく。

 フィオナは顔を上げ、そっと彼を見つめた。


「……似ていますね、私たち」

「ああ。だから……自分は、フィオナ殿を一人にはしない」


 その言葉は、夜気に溶けるように静かに響いた。

 フィオナは少し赤くなりながら、微笑んだ。


「……ありがとうございます、ギデオン様」

「様はいらない。ギデオンでいい」

「そ、そうですか。その……年が同じ男性の名前を、呼び捨てにするのは……では、ギデオンさんと」

「ああ、そうしてくれ」


 その瞬間、二人の間にある距離が、ほんの少し近づいたように見えた。

 ……しまった。見てはいけない大事な場面を見てしまった気がする。

 僕は慌てて足音を殺し、そっと廊下の影から離れた。


「……でも」


 だけど胸の中には、不思議と温かいものが残っていた。

 ――二人はきっと大丈夫。そう思えた。 

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