湖上の聖女
さて、僕とギデオンさん、リアとフレイアの二組に分かれた。
みんなで一緒に、フィオナさんの元へ……と、最初は思ったのだが。
「あたし、面倒くさい話パス。ってわけで、男と女に分かれて行動しよっ!!」
「え……わ、私も?」
と、フレイアはリアの腕にしがみつく。
「あたしとリア、お祭り楽しんでくるからさ、聖女ちゃんから『協調』とかの話聞いてきてよ。ね、いいよねユウト、ギデオン」
「あー……まあ、僕はいいけど」
「自分も構わない。ユウトの護衛は、自分だけで十分。二人は祭りを楽しむといい」
「え、えっと……私、『協調』についての話も気になるところでして……『知恵の道』を歩む研究者としては」
「決まり!! じゃあリア、行こっ!!」
「ふ、フレイアさぁん~」
リアは、フレイアに掴まれズルズル引きずられていった……なんだかフレイアに付き合うのも大変かもしれないな。
ギデオンは僕を見て言う。
「では、自分たちも『青環会』の神殿に行こう。場所は、昨日にうちに聞いておいたから、案内も任せてくれ」
「ギデオン、頼りになります……」
兄貴分……本当に、こういう人のことを言うんだろうな。
僕とギデオンは、神殿に向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
湖上国ミルフェリアの『水舞祭』は、とても賑やかで美しかった。
空と湖が区別できないほど透き通っていて、街全体が青い光の中に浮かんでいるような……水の精霊力のせいなのか、周囲にシャボン玉みたいなのがたくさん浮いている。
不思議と、微かに水の香りがした。僕は思わず息を吸い込む。
「……まるで、夢の中にいるみたいだな」
ギデオンが、短くうなずいた。
「『協調の道』を歩む国……か。だが、美しい場所ほど、見えない影を抱えている」
「見えない影、ですか……どこの国でもそういうの、あるんですね」
「そうだな……行こう。フィオナさんが待ってる」
「はい」
ギデオンの言葉は、いつもどこか現実的で、重い。
最も賑やかな町の中央を躱すように進み僕たちは『青環会』の神殿へ向かった。
そして、ようやく見えた。
「おお、あれが……『青環会』の神殿ですか」
「ああ。話には聞いていたが、すごいな」
神殿は、大きな水たまりに浮かぶ白い建造物だ。橋が掛けられており、そこを渡る。
橋を渡るたび、足元の水が柔らかく揺れる。まるで湖に抱かれているようだった。
神殿入口は特に守られている感じはしない。ドアもなく、誰でも自由に入れるようだ……まるで、大きな口を開けているように見える。
「は、入っていいんですよね……」
「礼拝する人もいる。問題ないだろう」
ギデオンが先頭になり、神殿内へ。
神殿の中は、静謐そのものだった。
床一面に水が張られ、陽光が反射して天井を揺らしている。
人の気配はなく、聞こえるのは水音と、祈りの旋律だけ。
「すごい……薄い水たまり、ですかね」
「そのようだ。というか、誰もいないな……」
ギデオンが警戒している。
フル装備。そして左手は腰にあるメイスに触れている。戦闘にはいつでも入れるみたいだな……本当に頼りになる。
奥に進むと、白い衣をまとった少女……フィオナ・ルフェイさんが祈りを捧げていた。
薄い水色の髪、透き通るような肌。指先には水の精霊力が集まっており、小さな水球がいくつも浮かび、フィオナさんの周囲を旋回している。
『聖女』……正直、可憐で美しい、そして儚い少女に見えた。病気を患っており余命一年しかない、って言われても信じてしまいそうだ。
そして、フィオナさんの周囲に浮かんでいた水球が、ゆっくりと地面に落ちる。
「……お待ちしておりました、ユウト様、ギデオン様」
彼女は立ち上がり、振り向くと、穏やかな笑みを浮かべた。
けれどその瞳の奥には、どこか影のようなものが見えた。
「水の精霊力……あなたも、『霊触者』なんですね」
僕が思わず漏らすと、フィオナは微笑んだまま首をかしげた。
「ええ。私は『協調の道』を歩む、水属性の霊触者……水はいいですね。水は、心を映します。だから、あなたの心が穏やかなら、私も穏やかになれるのです」
「……は、はい」
なんだろう……不思議な人だ。ちょっと世界が違うというか、なんというか。
「……まだ、名乗っていなかったな。自分はギデオンだ」
「あ、僕はユウト・カミシロです」
「はい。ユウト様に、ギデオン様ですね。あら? お連れの肩があと二人いたはずですが……」
「すまないな。今日は水舞祭ということで、楽しんでもらっている」
「なるほど。ふふ、お話が終わりましたらぜひ、あなた方も楽しんでくださいね」
「ああ、そうさせてもらう」
ギデオンが低くつぶやく。だが、まだ警戒があるのか声が硬い。
それだけじゃない……きっとまだ、過去の痛みがわずかにある。
彼の胸の奥には、いまだ『妹の面影』があるんだろう。簡単に切り替えはできないんだろうな。
フィオナは、咳払いをする。
「では……まず、この神殿を案内します」
フィオナについて、神殿の奥へ歩き出す。
神殿の壁には、立派な絵が書かれていた。壁画……地球でも、こんなのは見たことがない。
すると、フィオナが歩きながら語り出す。
「『青環会』では、魂の道について学びます。他にも、精霊学、心理学、医学……中でも、精霊力を使い、癒しの力を使うことの研究は進んでいます」
「癒しの精霊力か……確かに、『協調』の霊触者は癒しの力を使うことに特化していたな」
「ええ……ですが、そう難しいことではありません。人も、精霊も、同じ流れの一部。だから癒しとは、流れを整えること……」
「……えーと」
ちょっとわかりにくいな……フィオナさん、僕より年上だよな。ギデオンと同じくらいだろうけど、大人びているというか、不思議系というか……もっと勉強しないとな。
すると、ギデオンが言う。
「フィオナ殿。一つ聞いてもいいだろうか」
「なんでしょう」
「……死した者を蘇らせる力は、あるのだろうか」
「……ギデオン様。あなたは、失ったのですか?」
「失った。だが、目の前に現れた……可能性を、感じてしまった。だから、癒すことができるのならば……と、考えている」
「…………事情は深く聞きません。ですが、たとえ『道越者』といえども、死を覆すことは不可能です」
シスカのことを言ってるのだろう。
『雷過導師』の話を聞くと、死して間もないシスカを蘇生させて改造したって話だ。地球でも、死んで間もない人間なら電気ショックとかで心臓が再び動き出すこともある。
シスカは死んで、ステラになった。でも……ギデオンさんに少し反応したこともあるし、可能性はゼロではない。
フィオナはそう言って、胸に手を当てる。
ギデオンは、それでも言う。
「あなたは『聖女』と呼ばれるほど、優秀な霊触者であり、癒しの使い手なのだろう……?」
「……『聖女』などと呼ばれていますが、私はこの国に拾われ、導かれ、聖女として育てられた――ただの孤児にすぎません」
「孤児……?」
「ええ。なので、私にできることはそう多くありません。過度な期待をして、落胆するのはあなたです……ギデオン様」
「……失礼した」
ギデオンは謝罪した。そして、フィオナのその微笑みはあまりに静かで、美しかった。
フィオナは歩みを止め、神殿の一番奥にある部屋の扉を開ける。
そこにあったのは、『水の精霊神像』だった。
フィオナは、神像の前まで歩き、振り返る。
「ユウト様。あなたは、あの日……水の精霊神像に触れましたね?」
「あ、うん。まあ……」
フィオナの瞳が細められる。
その瞬間、水面がふるりと揺れた。
「あなたの中には、水の加護が流れています。あなたの力、『漂魂者』――それはこの国にとって、大きな意味を持つのです」
「えと……?」
「どうか、私と共にお会いください。女王陛下は、あなたにお会いしたいと申しています」
女王。
いよいよ、この国の中心に足を踏み入れるときが来た。
僕はギデオンと顔を見合わせ、うなずいた。
「わかった。案内を頼むよ、フィオナさん。ただし……僕の歩む道は、僕が決める。女王様に会って何かを願われ、それが『協調』に関することでも、僕の歩む道は『協調』になることはない、それだけは言っておく」
「ええ、わかりました……あら」
フィオナは、足元の水が不自然な波を打ったのを見ていた。
そして、水の流れが彼女の足元を巡り、小さな光がはじけた。
「……どうやら、『協調』を乱すものが現れているようですね。謁見の前に、やることができたようです」
◇◇◇◇◇◇
そのころ、リアとフレイア
◇◇◇◇◇◇
一方そのころ。
湖上の都ミルセリアは、祭りの賑わいに包まれていた。
「わぁ……きれい!」
リアは感嘆の声を上げた。
湖の上に無数の灯りが浮かび、水の精霊力が舞う。
水の上で踊るダンサーたちが、まるで天の星座のように揺れていた。
「水舞祭!! いやー、こういうお祭り、すっごく久しぶりなのよ!!」
フレイアが手を腰に当てながら笑う。
彼女の赤髪が光を反射して、まるで炎のように輝いた。
リアは、出店で買った果実水を飲みながら、ユウトたちが向かった神殿の方を見る。
「ユウトたち、大丈夫でしょうか」
「たぶん真面目にしてるでしょ。ギデオンも一緒だし。てか、今はお祭りっしょ!!」
「ふふ、そうですね」
リアはくすりと笑った。
戦いの連続だった日々が、ようやく一息つけるような気がしていた。
すると、どこからか水風船が飛んできて、地面を転がる。
リアが足元に落ちた水風船を手に取ると、それが薄い膜で覆われた、掴めるくらいの硬さでできたしゃぼん玉と気付いた。
祭りの音楽に合わせて、子どもたちが水玉を投げ、ダンサーたちが水に濡れながら踊る。
フレイアも、しゃぼん玉をダンサーたちに投げて笑い、リアも少しだけ童心に帰って投げた。
すべてが平和で、穏やかだった――その瞬間までは。
「……あれ?」
フレイアが眉をひそめる。
視線の先、群衆の中に、黒いフードの人物が立っていた。
動きもなく、ただ一点、湖の中央を見つめている。
「どうしたの?」
「……今、目が合った。あれ、普通の人じゃない」
リアが息を呑む。
黒衣の人物は、まるでその言葉を聞いたかのように身を翻し、路地裏へ消えた。
「クッソ怪しいわね……あたしの傭兵としての勘が、ああいう怪しいやつは何かやらかす、って言ってるわ」
「……どうしますか?」
「もち、確認が鉄則!! 楽しい祭り、ブチ壊すような『混沌』の連中かもしれないし!!」
互いに顔を見合わせて頷き、二人は同時に駆け出した。
向かったのは、町の中央から少し外れた裏路地。祭りの喧騒が遠のき、水の流れる音だけが響く。
狭い水路沿いの道を抜けると、影が跳ねるように逃げていく。
「止まりなさいっ!!」
リアの声が夜気を裂く。
黒衣の人物は一瞬、振り返った。仮面を被っており、手に何か持っている。
「……精霊力!! あれ、なんかおかしい……」
人物の手に握られていたのは、漆黒に濁った石。
それを近くを流れる水路へと投げ込もうとした――その瞬間。
「させないっ!!」
フレイアが斧槌を投げつけ、黒い石を空中で粉砕した。」
チッ、と舌打ちが聞こえたような気がした。そして、リアが弓を手に近くの建物へ登り、不審者に向けて矢を放つ。
だが、不審者はナイフを取り出し、矢を何本か弾き残りは回避した。
リアは言う。
「甘いですね──そこはすでに、私の精霊術式が仕込んであります」
「ッ!!」
精霊術式『ウインド・シード』。
風のタネを設置し、様々な効果を発揮するリアの技。
不審者が一歩踏み出した瞬間、地面から小さな竜巻が発生し、不審者を吹き飛ばした。
「ナイス!! あとはあたしが!!」
フレイアが、斧槌を手に不審者を気絶させようとした……が、突如として斧を手にした何者かが割り込み、フレイアを両断しようとした。
だが、フレイアは真正面から斧を受け止める。
「何あんた……あたしとやるの?」
「……」
返事はなかった。
ただ、低く囁くような声が聞こえた。
『協調の国にも、裂け目はある――均衡は、いつまでも続かない』
斧を持った何者かは離れ、倒れたもう一人を担いで水路に飛び込んだ。
湖上の祭りは、何もなかったかのように続いている。
二人は、水路を見ながら言う。
「……嫌な感じ。誰かが、湖を汚そうとしてる」
「そうねですね。ユウトに、すぐ報告しないと」
二人は顔を見合わせ、再び走り出す。
青い灯りが水面を照らし、夜空に反射する。
その美しさの裏で、確かに何かが動き始めていた。




