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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第四章

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湖上国にて

 湖上国ミルフェリア。

 白大理石の建物が水面に浮かぶ、まさに「天鏡の都」だった。

 長い橋を渡ると、湖上の風が頬を撫でる。水面は陽光を反射して、無数の宝石のようにきらめいていた。

 僕は、橋の上から湖を眺めて言う。


「うわぁ……ほんとに、湖の上に街が浮かんでる……」

「建築技術もすごいですね……言葉がありません」

「リアの言う通り、言葉がない。『守護』の国とは全く違うな……」


 ギデオンが感心したように顎に手を当てる。

 橋を渡っていると、何人か住人とすれ違ったが、行き交う人々は、みんな穏やかで落ち着いた顔をしている。

 住人にとっては当たり前の光景なんだろう。逆にこの人たちが『守護』や『知恵』の国に行けば驚くような光景に見えるのかもしれないな。

 僕はそんな人たちを見ながら言う。


「とりあえず、宿を取ろうか」

「そーね。料理がおいしい宿とか、湖に浮かぶコテージみたいな宿に泊まりたーい!!」

「それは予算的に厳しいと思います」

「うっ……リア、正論……」


 フレイアが頬を膨らませる。

 笑いながら、僕たちは街の中心にある宿を探した。

 運よく見つけたのは、石造りの二階建て宿屋『アクアリス亭』だ。

 水色に輝く不思議なランプがゆらゆらと光を放ち、まるで水底にいるような幻想的な雰囲気の宿だった。


 部屋を二つ取り、荷物を置いたところで、僕らは一階の食堂に集まった。

 水晶のように透き通ったコップの中には、ほんのり青く光る水。

 宿屋のおばちゃんによると、これは『精霊水』と呼ばれる、ミルフェリアの名産らしい。

 ギデオンは、青い水が入ったコップを手に、眺めて言う。


「水色の水……ミルフェリアの名産、というか水らしいが……」

「うまっ!! 普通の水だけど、なんかスーッと通るっていうか、おいしい!!」


 フレイアは普通に飲んで「おかわり!!」と言っていた。

 リアはしげしげと水を眺め、一口飲む。


「……雑味が全くありません。なんだか、空気を飲んでるような……おいしいです」

「確かに。ミネラルウォーター以上に透き通った水というか……カルキも、塩素もないというか」

「ユウト、何を言ってるんだ?」


 おっと、地球の言葉が出てしまった。

 ギデオンも水を飲み「うまいな」と頷き、リアは小瓶に水を入れて保存していた。

 そして、水を飲んでみんな一呼吸入れる。


「ふう……やっと落ち着けたよ」

「ほんとねー。久々のまともな宿!!」

「この前までは野営続きでしたから。ギデオンさんがいなければ、凍えてました」

「野営は嫌いではないが……やはりベッドのありがたみはあるな」


 ギデオンは淡く微笑みながら頷いた。

 焚き火の明かりではなく、ランプの下で見る彼の顔は、少し柔らかく見えた。

 せっかくなので、このまま食事をとることにした。

 本日のおすすめを頼み運ばれてきたのは、湖魚のソテー、香草スープ、そして透明な果実酒。

 穏やかな香りに包まれて、僕らはようやく「旅の一区切り」を感じていた。

 僕はナイフとフォークを置いて言う。


「さて――これからどうするか、だね」


 ギデオンはワイングラスを置き、真面目な声で言った。


「聖女……いや、フィオナ・ルフェイ殿は我々を招待すると言っていた。だが、それを受けるかは別だ」


 リアが静かに頷く。


「確かに、安易に近づくのは危険です。ですが、『協調』の魂が息づく国です。ユウトの精霊力の成長に関しても、得られるものは多いかもしれません」

「うーん……リアは研究熱心だね」

「当たり前です。学べることがある場所では、できる限り吸収しておくべきです」


 リアの目が輝いていた。

 彼女にとっては、精霊理論を現地で直接見られるのは何よりの喜びなのだろう。

 これまでの国では緊張の連続だったけど、この国では少し落ち着いて知識を得られそうだ。


「フレイアはどうしたい?」

「えー? あたしはとにかく街を見て回りたい!!」


 彼女は両手を挙げて元気よく答える。


「おいしいもの食べて、武具とか見て、お風呂も入りたいし!! あとあと、さっき宿のおばちゃんに聞いたんだけど、もう少ししたらミルフェリア名物の『水舞祭』っていう踊りの祭りもあるみたい。気になるんだよねー!」

「……完全に観光客だな」

「いーじゃん。ずっと命がけの旅してたんだから、ちょっとくらい息抜きさせてよ」


 言われてみれば、その通りだ。


「じゃあギデオンは?」

「……自分は、少し情報を集めてみたい」

「情報?」

「ああ。この国には『青環会』以外にも、精霊に関する組織や学問機関が多い。特に、妹――シスカの足取りを探るには、こういう地で情報網を持つ者と接触するのが早い」


 ギデオンの目が鋭く光った。

 妹を探す――それは、彼がこの旅に出た最大の理由でもある。

 けれど、彼の声には焦りよりも、冷静な決意があった。


「ただし、無理はしない。騎士団で聞いた話を思い出した……この国は表向き平和だが、内部には派閥争いもあると聞く」

「派閥?」

「『協調』の理を重んじるあまり、感情や欲望を抑える派と、それを受け入れてこそ真の協調とする派に分かれているらしい。聖女フィオナがどちらに属するかは……まだわからん」


 ギデオンの言葉に、リアが少し顔を曇らせた。


「理と感情、ですか……なんだか、『秩序』と『混沌』の中間のような考え方ですね」

「そうだな。協調というのは、時にもっとも難しい理だ」


 ギデオンが言葉を締めると、食堂の空気が少し静かになった。

 僕はコップを傾け、青く光る精霊水を口に含む。

 口当たりは柔らかく、喉の奥でほんのり甘い香りが広がった。


「……僕は、とりあえず、フィオナさんに会ってみようと思う」


 静かにそう言った。

 ギデオンが少し眉を上げたが、止めはしなかった。


「彼女が奇跡なんて言ってた理由も気になるし、『協調』の魂のことも知りたい。それに、もしかしたら……僕たちが次に進むための手がかりがあるかもしれない」

「……そうね。あの人、何かを隠してる気がしたし」


 フレイアがスプーンをくるくる回しながら言う。


「光の裏には影があるってやつ? でもまあ、あたしはどっちでもいいかな」


 リアが少し苦笑した。


「フレイアさん……緊張感がありませんね」

「いいじゃん。ユウトもギデオンも真面目なんだから、あたしがバランス取ってんの!!」


 フレイアが笑うと、僕たちもつられて笑った。

 そうだ。ギデオンの盾、リアの知識、フレイアの明るさ。

 全部が揃って、僕たちはようやく『旅の仲間』になれた気がした。


 ◇◇◇◇◇◇


 夕暮れ。宿の窓から見える湖面は、金色に染まっていた。

 水上の街全体がきらめく光に包まれ、空と湖が溶け合っていく。

 僕はベッドの上で、明日のことを考えていた。

 フィオナ・ルフェイ――『聖女』と呼ばれる少女。

 彼女が見せたあの笑顔の奥にある、影のようなもの。

 気になる……あの影は、もしかして僕と同じ『孤独』なのかもしれない。

 そのとき、ドアをノックし、ギデオンが入ってきた。


「まだ起きていたか」

「ええ。少し考えごとを」

「……自分もだ」


 ギデオンは窓際に立ち、外を眺める。

 湖面の反射光が、彼の瞳を淡く照らしていた。


「ユウト。明日、聖女と会うつもりなら、自分も同行する。護衛のつもりでな」

「ありがとうございます。でも、いいんですか? 情報収集のほうは」

「問題ない。聖女から聞ける話も興味があるからな。それに……なぜか嫌な予感もする」

「嫌な予感……?」

「ああ。『協調』にある派閥……どうもきな臭い」


 ギデオンは、何か考えるようにあごに手を乗せていた。

 僕は頷く。


「わかりました、じゃあ一緒に行きましょう」

「……ああ」


 短く頷くギデオン。

 その横顔に、焚き火の時とはまた違う穏やかさが宿っていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌朝。湖上の街はすでに賑わっていた。

 青と白の布で飾られた街並み、湖面を渡る風、そして水晶の鈴の音。

 朝食を食べて町に出ると、とてもにぎわっていた……昨日、フレイアが言っていたお祭り、なんと開催が今日だったらしい。


「おーっ!! すごい!! これが『水舞祭』ってやつね!!」

「観光気分ですね、完全に……」

「リアもほら、せっかくだから楽しもうよ!」


 リアが小さくため息をつく。

 でも、ほんの少し口元が緩んでいた。


 僕たちは人の波に流されながら、青環会の神殿へと向かう。

 水晶でできた巨大な塔のような建物。その先に、きっと――フィオナ・ルフェイが待っている。

 『協調』の魂を背負う少女。彼女は、どんな物語を持っているのだろうか。


 僕たちの次なる物語が、静かに幕を上げようとしていた。

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