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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第四章

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水の精霊神像

 湖上国ミルフェリアに向かう前、まず僕らは国を見下ろせる『鏡の丘』へ向かった。

 鏡の丘……丘という割には高い位置にあり、どう見ても崖上だった。

 崖に階段が綺麗に彫刻されていた。どうやら観光名所の一つらしい……けど。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「うう、さすがに、きび、しい……」

「おーい、遅いわよー」

「待てフレイア。先に行きすぎだ」


 僕とリアのずっと先に、フレイアとギデオンが待っていた。

 おそらく、五百以上の階段……体力にはそこそこ自信がついたけど、きついことに変わりない。

 そして、ようやく階段を上り終え、僕とリアはへたりこんだ。


「あぁ、疲れた……」

「同感です……」

「ちょっと、へばってる場合じゃないでしょ。ユウト、ほらあれ」


 と、フレイアが指さしたのは『水の精霊神像』だ。

 大きなマグロみたいな魚が、水色の石を咥えている。

 リアが、眼鏡をはずして汗を拭きながら言う。


「水の大精霊『ピスケス』の神像ですね……ふうう。ユウト」

「ああ、わかった」


 神像に触れようとしたが……僕は目の前に広がる絶景に、思わず息を飲んだ。


「……すごい」


 朝の光が、まるで湖の鏡面から空へと反射しているようだった。

 白く輝く霧が、ゆっくりと晴れていく……僕らは『鏡の丘』と呼ばれる崖の上に立ち、遠くに広がる景色を見つめていた。

 思わず、息をのんだ。眼下には、果てしない水の世界。

 湖面は鏡のように澄みきっていて、空と雲を映していた。

 その中心には、白大理石でできた巨大な都市――湖上王国ミルフェリア。

 湖面に浮かぶように築かれた都は、光を反射してゆらめいて見えた。まるで空に浮かぶ城のように。


「これが……『協調の国』か」


 ギデオンが静かに呟く。

 風が彼のマントを揺らした。リアも隣で頷く。


「これは、見る価値がありますね……」

「すっごく綺麗じゃん……」


 フレイアも、目の前の絶景に見惚れていた。

 僕は、神像に触れようと手を伸ばしたまま、四人で並んで崖下の光景を眺めていた。

 僕はハッとなり、首を振る。


「……っと、見惚れてたよ。さあ……いつも通り、よろしく」


 僕はそう言いながら、水の精霊神像に触れた。

 その瞬間――指先に、冷たいけれど優しい感覚が走る。

 静かな水の音が、まるで声のように僕の中に流れ込んできた。


「……っ!!」


 体の奥が、淡く光ったような気がした。

 色は青……そして、清らかな清流が、血管を通って流れ込んできたような気がした。


「きた……これが、水の力」


 僕の手には、水色の棒、先端にサファイアのような宝石がくっついた『杖』が握られてた。

 杖を振るうと、水の球がいくつか浮かび、それを空中に放つと花火のようにはじける。

 今はこの程度だが……ほかの属性の精霊導器と比べると、使える精霊力が多く感じる。


「……水の精霊力。これまでの精霊導器と違って、精霊力を増幅させる力がある。それともう一つ」

「ゆ、ユウト?」


 僕はリアの足に杖を向け、小さい水の球を足の踵に向けて放つ。

 すると、リアの足の靴擦れがジュワジュワと治療される。


「精霊力による治療。これが、水の精霊力の使い方か」

「ユウト、やるじゃん!! 怪我の治療とかすっごい!!」

「いや、今の僕じゃ靴擦れを治すのも何時間か必要かも……一人なら一瞬で治療できるけどね」

「でも、痛みがありません。すごいです、ユウト」

「治療か……これからの旅に役立ちそうだな」


 ギデオンの言う通り、回復の精霊力はありがたい。

 そんな時だった。


「驚きました……まさか、神像の精霊力を吸収し、我が物とする力を持つなんて」


 柔らかい声が、背後から響いた。

 振り返ると、白いローブをまとった少女が立っていた。

 淡い水色の髪が陽光を受けて揺れている。瞳は湖面のように澄んでいて、その中にこちらを映していた。

 少女は、穏やかな笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。

 その歩みは軽やかで、水の上を歩くような静けさがあった。


「あなた……まさか、今の光を起こしたのですか?」

「え? あ、いや、その」

「やはり。――奇跡、ですね」


 少女は胸の前で両手を組み、深く頭を垂れた。

 リアとフレイアが驚いたように僕を見る。

 ギデオンも険しい表情で一歩前へ出た。


「失礼だが、君は?」

「申し遅れました。湖上王国ミルフェリアに仕える『青環会(せいかんかい)』の巫女――フィオナ・ルフェイと申します」

「……もしかして、『聖女』と呼ばれている方ですか?」

「ええ。ただの呼び名ですけれど……」


 フィオナと名乗った少女は、柔らかく笑った。

 だが、その笑みの奥に、どこか影のようなものが見えた。

 微かに揺れる瞳。その奥には、消せない何かを抱えているように思えた。


「あなたはまさか……『理を越える者』――古文書でしか見たことのない、伝承上の存在ですか?」

「で、伝承? いや、僕はその」

「そんなんじゃないよ。ユウトは『漂魂者(メイリオン)』だよ」

「お、おいフレイア!!」


 なんと、フレイアがあっさりネタバレした。


「……まさか、魂の道を作りし者? おお……」


 フィオナの声は震えていた。

 その表情は信仰にも似ていたけれど、どこか不安も混ざっているように見えた。


「あなたを、湖上国ミルフェリアへご案内させてください。女王陛下も、きっとお会いになりたがるでしょう。『奇跡』が現れたことを……報告しなければなりません」

「いや、奇跡って……」


 リアがそっと僕を見た。


「ユウト、どうしますか?」


 フレイアは腕を組んで、「また面倒なことになりそう。余計なこと言わなきゃよかった? あははごめんごめん」と小声で言った。

 ギデオンは沈黙したまま、空を見上げている。


「というか僕、ただの旅人ですよ?」

「謙遜なさらないでください。あなたのその力、とても興味深い……もしかしたら『協調』の」

「待て」


 と、ギデオンが僕とフィオナさんの前に割り込んだ。


「フィオナ・ルフェイ殿。……この件、我々にも考える時間をもらいたい。ユウトはただの仲間だ。奇跡だの神だのと祀り上げられるのは、本人も望まぬだろう」

「……」


 フィオナは一瞬、寂しげに視線を落とした。だがすぐ、静かな微笑みに戻る。


「では、こうしましょう。明日、湖上の街ミルセリアで祭礼があります。もしお考えが変わったら『青環会』の神殿を訪ねてください。――私は、そこで待っています」


 そう言って、フィオナは湖畔に一礼し、風のように去っていった。

 白いローブが朝日を受けて、青く光った。


 ◇◇◇◇◇◇


 フィオナが去ったあと、僕たちはしばらくその場に立ち尽くしていた。


「まだ入国すらしてないのに、厄介な予感する……」


 僕が言うと、フレイアが肩を叩く。


「ま、いいじゃん。ユウトの正体バラしたあたしが言うことじゃないけどね。あっはっは」

「お前なあ……」

「んー……でも、あの聖女ちゃん……なんか、ちょっと怖い雰囲気だったね」

「怖い?」

「うん。なんか、聖女って言う割には、影があるような……どこか希薄っていうか、死にかけてるみたいな。でもさ、胸はかなりデカかった。あたしやリアよりもね!!」

「……その情報はいらん」


 その言葉に、ギデオンが目を細める。


「……聖女にも、何か事情があるのかもしれないな。ユウト、きみが『孤独』を歩むなら、『協調』について知るいい機会でもある。『青環会』は聞いたことがある。確か、湖上王国最大の研究組織であり、精霊学、心理学、医学など、幅広い分野の研究機関だ。メンバーは導司、神官、医師、学者など多岐にわたる」

「相変わらず詳しいじゃん」

「ギデオンさんの言う通りです。『聖女』は、その中でもトップクラスの地位を持つお方です。『協調』について、いろいろ知ることができるかもしれませんよ」

「まあ確かに、『協調の国』に来たばかりだし、物知りそうな人に出会えたのは嬉しいな」

「ねーギデオン。『協調』って別に、『支配』や『混沌』みたいに危険な組織ってわけでもないでしょ?」

「それはそうだが……」

「じゃあいいじゃん。ってか、そろそろ行こうよ。聖女ちゃんに会うとか会わないとかの前に、早く湖上国ミルフェリアで、おいしいもの食べよっ!!」


 どこまでも、フレイアはお気楽だった。

 僕らはもう一度、湖上国ミルフェリアを見下ろして眺める。


「『協調』か……どんな国なんだろうな」


 この時の僕は、このあとでとんでもない『事実』を知ることになる。

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