盾の兄貴分
守護の国を出発してから三日。
僕たちは、東へと続く街道を進んでいた。目指す先は、湖上王国ミルフェリア。
『協調』の魂が息づく国だという。穏やかで、美しい、そして他国の争いを仲裁する中立の地。
でも、そこに辿り着くまでの道のりは、穏やかとは言いがたい。
岩壁と茂みの入り混じる荒野。ところどころに魔獣の足跡。そして、昼夜を問わず吹き荒れる冷たい風。
そんな過酷な旅路でも……僕たちは、不思議と安心して進めていた。
理由は、ただ一つ。
「リア、フレイア。右前方、動いた。距離三十、魔獣の迎撃用意!! ユウト、リアと共にフレイアの援護を!!」
「はい!!」
「よっしゃ、前衛おまかせっ!!」
「わかった!!」
前を行くギデオンさんが、低く、的確に声を出す。
その一言で僕たちは一斉に構えた。
「おっしゃ、叩き潰す!!」と、フレイアが叫び。
「援護は任せてください」と、リアが弓を構える。
僕も、風属性にチェンジ。リアの隣で弓を構えた。
そして、ギデオンさんの指示で警戒していると。
『ジャシャァァァァァ!!』
地面がうねり、突如として大蛇のような魔獣が飛び出す。
土色の鱗を持つ大蛇、グランドサーペントだ。
「自分が抑える。その隙に攻撃を叩き込め!!」
ギデオンさんは一歩前へ踏み出し、巨大な盾を構えた。
その盾は、まるで大地そのものを切り取ったような質感をしている。
次の瞬間、轟音とともに地獄蛇の牙がその盾を噛んだ。
「フン、我が盾を、そんな矮小な牙で嚙み砕けるとでも? ──今だ!!」
「リア!!」
「はい、ユウト!!」
「おっしゃ、あたしにお任せ!!」
僕とリアによる矢の連射、そしてグランサーペントが怯みギデオンさんの盾から牙を離す。そこでフレイアが斧槌の槌部分で、グランサーペントの頭を叩き潰した。
魔獣は苦鳴を上げて地に崩れ落ち消滅……『核』だけが転がった。
僕はそれを拾い、みんなに見せて言う。
「ふう、終わりですね」
僕が息を吐くと、ギデオンさんが盾を地に突き立てた。
「すまない、少し押されたが、被害はないな」
「うん、完璧だよ。やっぱり頼もしいね、ギデオンさん」
「……自分は、それしか能がないのでな。それと、何度も言ったが……これから旅をする仲間なんだ、ギデオンで構わない」
「いやー……なんか、ギデオンさんは年上だし、兄貴分というか……呼び捨てしづらいというか」
「私も、呼び捨ては難しいです」
「あたしは最初からギデオンだけど。ってかリア、あんたユウトは呼び捨てだけど、なんで~?」
「べ、別に意味はありません!!」
「ははは。だがまあ、呼び捨てにしてくれるとありがたい」
彼の言葉は謙遜でも、冗談でもなかった。
本気でそう思っている声だった。僕も、呼び捨てで頑張ってみようかな。
◇◇◇◇◇◇
日が暮れるころ、僕たちは街道脇の丘に野営地を作った。
ギデオンさ……ギデオンは、大地に手を触れて精霊力を流し、四方を囲う壁を作った。
そして、手早く薪を組み、フレイアに火をつけてもらう。
僕らが水汲みに行ってる間、固めた大地で椅子やテーブルなども用意していた。
「すっご、椅子とかテーブルとか精霊力で作れんの?」
「ああ。土の質を変化させれば、ベッドを作ることもできる。リア、フレイア、今日はあちらの部屋で寝るといい。ベッドの上に草を敷いて、その上に寝袋を置けば、硬い地面で寝るよりましなはずだ。それに強度もある。このあたりの魔獣では傷一つ付けられないだろう」
「いやー、地属性って便利ねぇ。ユウト、あんた真似できる?」
「できないよ。ギデオンさ……こほん。ギデオンが器用すぎるんだ」
僕が言いなおすと、ギデオンは頷いて微笑んでくれた。
リアは言う。
「ギデオンさん、お気遣いありがとうございます」
「気にしないでくれ。それと……」
「はい?」
ギデオンはリアを呼んで耳打ち、リアは少し照れたように頷き、フレイアと二人で岩小屋へ。
なんだろう……けっこう気になるような。
するとギデオンが言う。
「ああ、すまない。あまり大きな声では言えないことでね」
「……えーと」
「岩小屋の隣に深い穴を掘って、四方を岩で固めた小屋を作ったんだ」
「……あ!! ああ、なるほど」
僕も察した。
ギデオンが作ったのはトイレだ。深い穴があるだけでもありがたい。最後は精霊力で穴を埋めるだけでいいからな。
ギデオン、気遣いの天才でもある……うーん、僕もこんな男になりたいな。
それからしばらくし、ギデオンの作った野菜スープを食べていると、リアが言う。
「ギデオンさん、旅慣れてるんですね」
ギデオンは微かに笑って言う。
「騎士団にいた頃、よく辺境任務があった。サバイバルも含めて、叩き込まれたよ」
「へぇー。じゃ、料理もできたり? これ、めっちゃうまいけどさ」
「……多少はな。焦がさなければいい程度だが」
フレイアがスープを飲み干し「おかわり!!」と叫ぶと、ギデオンがおかわりを鍋から掬う。
僕もリアもスープをおかわり。ギデオンは苦笑しながら言う。
「任務中に食う味気ない携行食よりは、よほどマシな程度なんだが……喜んでもらえると嬉しいよ」
焚き火の炎に照らされるギデオンの顔は、穏やかだった。
ただ、復讐相手を、妹だった少女を追うだけじゃない。少しでもギデオンが楽しいと思えるような、そんな旅にしたいと僕は思った。
◇◇◇◇◇◇
夜が更け、焚き火が小さくなったころ。
僕は見張りの交代のために起き上がり、ギデオンの隣に座った。
ギデオンは、静かに空を見上げていた。星々の光が彼の瞳に映っている。
僕が隣に座っても無言だった。
「ギデオンさん、交代の時間です」
「ん? ……ああ」
「あの……聞いてもいいですか? 騎士をやめて、後悔はないんですか?」
「ある。だが……それと同じくらい、大事なこともある」
彼は少し沈黙し、それから小さく息を吐いた。
「そうだな……少し、聞いてくれないか?」
「はい……僕でよければ」
焚き火の火がぱち、と弾けた。
「騎士団を抜けるとき、自分には婚約者がいた。幼馴染で……騎士として出世すれば、いずれ婿入りし、爵位を継ぐ約束もあった」
「……」
「だが、出発前に婚約破棄されたよ。理由は『騎士団をやめるなんて許せない』と言われてね……妹のことは彼女も知っていたはずなんだが、その妹が生きてる可能性があって、今は敵となった……なんて、信じてもらえなくてね」
「……でも」
「構わないさ。それに、彼女には自分よりもいい縁談がいくつも来ていた。自分がいなくてもすぐ、新しい相手を見つけるだろう……」
彼の声は淡々としていた。
けれど、胸の奥に沈む痛みが、はっきりと伝わってきた。
「ギデオンさん……」
「すまないな、暗い話を聞かせて。それと……聞いてくれて、感謝する」
ギデオンはゆっくり立ち上がり、焚き火に薪をくべた。
その仕草がどこか寂しげで、でも、揺るぎなく強かった。
◇◇◇◇◇◇
翌朝。
朝霧の中、四人で街道を進む。
遠くには、白い光を反射する大きな湖……『ミルフェリア聖湖』が見え始めていた。
「見て、湖!!」
フレイアが指を伸ばす。
「ミルフェリア聖湖。湖上国ミルフェリアの象徴とも呼べる、『水』の精霊力で満たされた聖なる湖です。その水面は鏡のように光を反射することから『鏡水』と呼ばれています。ここから少し距離がありますが……『鏡の丘』と呼ばれる場所から湖上国ミルフェリアを眺めると、湖に浮かぶ白大理石の建築群が光を反射し、遠くから見るとまるで『空の都』のように見えることから、『天鏡の王国』とも呼ばれているんです……久しぶりに見てみたいですね」
リアがうんちくを語り、ギデオンが静かに頷いた。
「『協調の道』を歩む国か……この目で見るのは初めてだ」
僕は、彼の横顔を見た。
どこか穏やかで、それでいて新しい何かを見つめているような目だった。
きっと彼にとっても、この旅は新しい始まりなんだ。
過去に囚われた盾が、再び前を向くための――そんな旅路。
「ユウト。『鏡の丘』には、『水の精霊神像』があります。先に行ってみますか?」
「うん、そうしよう。水の精霊力か……どんな力なのかな」
「新しい精霊力を手に入れる、か……ユウトと旅をしなければ、まず見ることのできない光景だな」
「お~い!! そこの三人、はやくはやくー!!」
僕らは先に行ったフレイアを追い、歩き出すのだった。




