そして、これから向かう道
戦いから、三日が経った。
あの坑道での惨状が、まだ頭から離れない。焼け焦げた岩肌、崩れた祭壇、散らばる鎧と骨。
そして、何より――ギデオンさんの前に現れた彼女。
名前はステラ。いや、本当の名は――シスカ・レオンハート。
ギデオンさんの妹。
もう二度と会えないと思っていたはずの存在が、あんな形で現れるなんて。
僕たちは誰一人、すぐには受け止めきれなかった。
騎士団の詰め所に戻ってからも、重たい沈黙が続いていた。
僕とリア、フレイアの三人は、宿舎の裏庭に腰を下ろした。
風は冷たく、空はどこまでも高かった。
「……あのあと、ギデオンさんは?」
僕が尋ねると、リアが髪を揺らして首を振った。
「騎士団の上層部に呼ばれてから、まだ戻ってきてません。きっと、いろいろ聞かれているんでしょうね。あの事件のことも、妹さんのことも……」
「……そりゃそうだな」
フレイアが石を蹴る。
カツンと乾いた音がして、しばらく誰も口を開かなかった。
「でもさ、どうする? ディスは逃げたままだし、ステラも一緒だった。あのままにしとくの?」
フレイアの声はいつになく真剣だった。
リアも静かにうなずく。
「放っておけません。彼が次に何をしようとしているのか、突き止める必要があります」
「うん。でも、どこへ行けばいいか分からない」
僕は地面に棒で線を引いた。
ドゥーン火山道、坑道、そして――『協調』の国。
あの時、ディスが最後に口にした言葉を思い出す。
「そういや……『協調の国』って言ってたな」
「ええ。そうです……詳しく解説しましょうか?」
「え~? それって難しいの? あたし、かったるいの嫌」
「では説明しますね」
リアはフレイアを無視し、離し始めた。
「『協調』を司る国……湖上国ミルフェリアという、大きな湖の上にある国です」
「み、湖……?」
「ええ。ですが、国の規模が小さいなんてことはないのでご安心ください。協調は中立国家で、他国、異なる魂の道と敵対しないことを信条に掲げていまして、代々女王陛下が統治をしている国です」
「うへえ、かったるそう。てかリア、詳しいね」
「ミルフェリアは、学術都市国家アルヴ・ノアとも深い交流があります。ミルフェリアでは『治療』に関する精霊力を研究する機関があるんですよ。私も、十三歳のころに一年ほど、この国に留学していたので」
「え、そうなんだ」
驚くフレイア。僕も初耳だったので驚いた。
「もっと詳しい説明も可能ですが、どうしますか?」
「え、えーと……とりあえず名前だけでいいや。わからないこと、興味あることは、そのたびに聞くよ」
「そうですか……」
リアは少し残念そうにしていた。
僕は仕切りなおすために咳払いをして言う。
「こほん……ってことは、次の目的地はそこか」
「そーね。あの変態野郎も、ステラも、『協調』に向かうとか言ってたし……あんなキモイ奴、今度は絶対にビビらないし、ぶっ倒してやる」
「私も同じ意見です。ユウト、あなたは?」
その言葉に、僕も笑って頷いた。
「当然、許させないことはある……まずは、『協調』に向かおう」
次の目的地は決まった。
けれど――僕の胸の奥に、まだ一つだけ引っかかっていることがあった。
「……ギデオンさんは、どうするんだろう」
あのあとギデオンさんは、誰とも口をきかず、鎧も脱がずに報告に向かった。
その背中が、まるで何かを背負いすぎているように見えたのを、僕は忘れられない。
「彼の気持ちを考えると……軽々しく声はかけられませんね」
「でも、あの人の盾がなきゃ、あたしたちディスと戦えないよ」
「それは……確かに」
リアが小さくため息をついた。
ギデオンさんが仲間になってくれたら……それは、僕も思っていた。
「でも、ギデオンさんはこの国の『守護』の騎士だ。僕らに同行してほしいなんて、軽々しく言えない。それに……騎士団が多く死んだ今、国を離れるわけにはいかないよ」
僕がそういうと、二人はがっかりしたようにうなずくのだった。
◇◇◇◇◇◇
それから数日、出発の支度をした。
ギデオンさんとは会えていない。だが、ここで立ち止まるわけにもいかないので、僕らは準備をしっかり終え、町の正門に向かっていた。
「ギデオン、来なかったわねー」
「しょうがないって言ったろ。ギデオンさんは騎士なんだ。忙しいのはどうしようもない」
僕らは町の正門へ到着し……足を止めた。
「遅かったな、ユウト、リア殿、フレイア殿」
そこにいたのは、ギデオンさんだった。
白銀の鎧、手には荷物を入れた袋だけ。振り向くと、黄土色のマフラーを風に揺らして、ギデオンさんが立っていた。
鎧は少し軽くなり、左肩の『グラン=フォルテ騎士団』の紋章は剥がされていた。
「ギデオンさん……!? あの、お仕事は……」
彼は静かに頷き、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
歩き方はまだぎこちなかったが、その瞳には迷いがなかった。
「上に報告は済ませた……自分はもう、騎士団を辞めた」
「えっ……!?」
「そんな……」
リア、フレイアも驚いていた。
ギデオンさんは、淡く笑った。
「騎士としての務めは果たせなかった。だが、兄としての務めは、まだ終わっていない」
その言葉には、決意が混じっていた。
フレイアが腕を組みながら言う。
「……つまり、これからはあたしたちと一緒に行くってこと?」
「ああ。自分はユウトたちに同行する。妹を解放し、ディス=ヴォルテクスを討つ。そのために、すべてを捨てて……いや、置いてきた」
ギデオンさんは大盾を地に突き、深く頭を下げた。
「頼む。自分を、仲間に加えてくれ」
その姿勢があまりにも真っすぐで、僕は思わず苦笑した。
こんな真面目な人に頭を下げられるなんて、こっちが恐縮する。
「そんなの、頼むまでもありませんよ。僕たちは最初から、ギデオンさんを仲間だと思ってます」
「……そうか」
彼はわずかに表情を和らげ、黄土色のマフラーを直した。
それは、まるで風に向かって立つような仕草だった。
リアも微笑み、フレイアが軽く拳を合わせる。
「よーし、これで四人揃ったね。ユウト隊、再始動!!」
「なんだよ、その名前……」
僕が苦笑する中、ギデオンさんはふっと笑った。
その笑顔はほんの少し、かつての穏やかな彼に戻っていた。
◇◇◇◇◇◇
旅の仲間にギデオンさんが加わった。
『守護の道』を歩む、元騎士にして今は僕らの壁役だ。
「次の目的地は……やはり『協調』か」
「はい。山脈を越えるには五日はかかります。補給地点は二つ。道中は魔獣も多いですが……」
「その時は自分の盾で守る」
ギデオンさんが即答する。その声には、もう迷いがなかった。
僕は笑って頷いた。
「よし、じゃあ行こうか!!」
「うん!!」
「了解です」
「任せておけ」
朝の光が道を照らす。
四人の影が伸びて、ゆっくりと街を離れていく。
風が吹き抜け、ギデオンさんのマフラーが大きくはためいた。
その布の先には、妹の名前が静かに縫い込まれているのを、僕は見た気がした。
「待っててくれ、シスカ……」
ギデオンさんが小さく呟く。
その声は、誓いのように空へと溶けていった。
僕たちは歩き出した。もう後戻りはできない。導司ディス=ヴォルテクス――そして、彼に奪われた少女を取り戻すために。




