ダンジョン調査
ギデオンさんと一緒に、僕らは郊外のダンジョン調査に向かっていた。
四人で歩きながら、僕はギデオンさんに質問する。
「あの、ギデオンさん。ダンジョン調査って、ギデオンさんみたいな部隊の隊長が直々にやるものなんですか?」
「まあ、そうだね。自分は若輩の隊長だから、こういう仕事が回ってくるんだ。それに、危険度の高いダンジョン調査は、霊触者でないと受けることができない。うちの部隊では、霊触者は二人しかいないからね……それに、まだ未熟だ。だから、こうして自分が調査をしている」
「あんたも大変ねぇ。ってか、あたしらと二歳しか違わないとか、なんか変な感じ」
森を歩きながら、フレイアが「にしし」と笑う。
ギデオンさんは微笑み、僕らに言う。
「きみたちにとっても、自分にとっても、今回はありがたい。一人では調査に時間がかかるけど、今回は早く終わりそうだ」
「あの、ギデオンさん。調査の内容は?」
リアが興味津々といった感じで、メモの準備をして言う。
「まず、今回発見されたダンジョンは迷宮型でね。階層調査、魔獣調査が主な仕事になる」
「ふむふむ……階層調査とは?」
「そのままの意味さ。そのダンジョンが何階層まであるのか調査する。でも、調査規定で五階層までの調査しかできないんだ。五階層以上あるダンジョンは上級ダンジョンに分類され、そこに入る霊触者は命懸けになる」
「なるほど……興味本位の質問ですが、これまで発見されたダンジョンで、最も深いダンジョンは何階層ですか?」
「確か、四十七階層だったはず。一級霊触者が調べ、戻って報告した記録が残っている。その霊触者は報告と同時に死亡したから、その記録が本物なのか不明と言われているけどね」
「なるほどなるほど……興味深い」
「ははは。リア殿は、『知恵の道』を歩む研究者らしいな」
ギデオンさんが笑うと、リアは恥ずかしそうに頷いた。
僕も言う。
「魔獣調査はそのまま、魔獣の調査……ですよね」
「ああ。十種類の魔獣を調べ、報告する。それ以上調べても構わないし、追加報酬にもなる」
「調べ、報告……!! 私の得意分野です。お任せください!!」
「助かるよ」
「はいはーい!! あたしとユウトは戦うわ。そのために来たんだからね。てかリア、あんたも戦いなさいよね」
「わ、わかってますよ」
「ははは。きみたち、実に面白いチームだね……と、到着だ」
到着したのは、草に覆われた岩石の割れ目だ。
入口は広く、三人で列になっても通れるくらいの広さがある。
「ここから先が、調査対象のダンジョン区域だ。岩盤の割れ目がそのまま入り口になっている。注意しろ、崩落も多い」
ギデオンさんの声は低く落ち着いていたが、耳に響くたびに心が引き締まる。
隊長という肩書きは伊達じゃない。歩く姿勢一つに無駄がなく、鎧がまるで身体の一部のように馴染んでいる。
「ずいぶん整備されてますね」
リアがそう言って岩壁を見上げる。
そこには鉄杭や支柱が埋め込まれ、崩落防止の補強がされていた。
ギデオンさんは微かに笑いながら言った。
「入口だけ、事前に補強しておいたそうだ」
やがて、目的のダンジョンへと到着した。
山肌の裂け目が、黒い口を開けて僕たちを飲み込もうとしている。
「このダンジョン、以前は鉱山として使われていたそうだが……数年前から魔獣の反応が増えてね」
「なるほど、放置できないってわけか」
「そうだ。内部には『精霊の吹き溜まり』があるらしい。そこに魔獣が惹かれる」
フレイアが斧槌を肩に担ぎながら唸った。
「つまり、戦えるってことね。久しぶりに思いきり暴れられそう」
「ふふ、頼もしいな」
ギデオンの口調は淡々としているが、どこか嬉しそうだった。
僕たちはランタンを灯し、ダンジョンの闇へと足を踏み入れた。
岩壁の中を抜けると、湿った風と鉄の匂いが鼻を打つ。
足元には古い線路のような跡があり、過去に採掘が行われていたのが分かる。
「きみたちは、ダンジョンについてどれだけ知っている?」
「……迷宮?」
「魔獣がいっぱい出てくるところ!!」
僕とフレイアが言うと、ギデオンさんは「ははは」と笑った。
そしてリアが言う。
「『精霊力の吹き溜まり』……といったところでしょうか?」
「さすが『知恵』の研究者。実にいい定義の仕方だ」
「「……えーと」」
「では、説明しようか」
◇◇◇◇◇◇
この世界では、精霊力は風の流れや水の流れと同じく、目に見えぬ『自然の呼吸』として大地のあちこちを巡っている。
しかし地形や地脈の歪み、戦乱による魔力残滓などが重なると、精霊力が行き場を失い、『吹き溜まり』を作ることがある。
やがてそこに濃密な精霊圧が生まれ、生物たちの魂を刺激し、進化・変異を促す。
その結果、通常の獣が魔獣へと変わり、棲み処を築く――それが、ダンジョンの原初的な姿である。
「このバストリア山岳騎士国は、そういう『吹き溜まり』の数が非常に多くてね。恐らく、ダンジョンは永遠に発生し続ける」
バストリア山岳騎士国は、高山と峡谷が連なる場所に建国された国だ。
地属性の精霊力が極めて濃く、その豊かな精霊力の流れは、地を肥沃にし、同時に「溜まりやすく、滞留しやすい」という特性をもっている。
結果――バストリアではいたる山腹や渓谷、地下洞窟に精霊力の吹き溜まり=ダンジョンが形成されているのだ。
「現在、国が把握しているだけでも、大中小合わせて七百以上のダンジョンが確認されている。発見されると我々騎士が調査をし、小規模なら潰し、中規模なら残し、大規模なものは手遅れになる前にダンジョン協会と合わせて潰す……今、大規模なダンジョンは四つ残っているが、それらは『手遅れ』になりつぶすことのできなかったダンジョンなんだ」
吹き溜まりに閉じ込められた精霊力は、長い年月のうちに「生命の型」を変えていく。
本来は普通の狼、熊、蛇、鳥――それらが精霊力の圧を浴びて変質し、魔力の塊である「魔獣」へと進化する。
多くは精霊と獣の中間にあり、「精霊の意志を持たぬ精霊獣」とも呼ばれる存在だ。
そして、さらに長い年月を経て、部の魔獣は「守護者」と呼ばれるダンジョン主となり、精霊力を循環させる中枢として機能するようになる。
「ダンジョンを破壊するには、『精霊力の吹き溜まり』を破壊するか、ダンジョンボスを倒せばいい」
「おー、わかりやすいじゃん。ねえねえ、ダンジョンってお宝あるって聞いたけどマジ?」
「もちろん。中規模以上のダンジョンにはボスが存在する。そのボスの持つ『核』は、装備として非常に優秀な素材になる。それにただ売るだけでも莫大な財産になる」
「おー、いいわね」
フレイアが興奮した。
ダンジョンか。かなり奥が深いな。
「……む、来たか」
ギデオンさんが装備していたメイスを手にする。
ほどなくして、最初の魔獣が現れた。
岩のような皮膚を持つ四足獣。目だけが赤く光り、地を蹴るたびに石片が弾け飛ぶ……こいつは小さいが、ロックリザードだ。
ギデオンさんが精霊導器である大盾を手に、前に出た。
「自分が受ける!! ユウト、フレイア殿、側面を取れ!!」
「了解!!」
「おう!!」
ギデオンさんの大盾が地面を叩くと、重い衝撃が響いた。
魔獣の爪が盾に当たるたび、火花が散る。まるで金属同士の戦いのようだ。
リアが弓で狙いを定め詠唱が重なり、風の矢がロックリザードの目に突きささる。
そこに僕がハルバードで前足を両断。
「今だ、フレイア!」
「おっしゃ!!」
轟音。
フレイアの斧槌が、まるで隕石のように落ちた。
衝撃波が岩壁を震わせ、魔獣の頭部が粉砕される。
「……ふう、守りがいるっていいわね」
フレイアが笑いながら汗を拭った。
「隊列も完璧だ。君たちの連携は見事だ」
ギデオンさんがそう言うと、リアが少し照れたように笑った。
「ギデオンさんの指揮が的確だからですよ。まるで……守られてるって感じがします」
「それが、僕たち騎士の務めだ。仲間を生かすために立つ。それだけだ」
その言葉に、彼の覚悟の重みを感じた。
◇◇◇◇◇◇
その後も、ダンジョンを進みながらいくつかの群れと遭遇した。
僕とフレイアが前衛、リアが支援、そしてギデオンさんが守り、全体の制御。
それぞれが役割を理解し、息を合わせる。
気づけば、これまで以上に安定した戦闘ができていた。
「ふふ、やっぱり連携っていいわね。ユウト、前より呼吸が合ってる気がする」
「お前が突っ込みすぎないからな」
「うっ……言わないでよそれ」
「仲の良いことだ」
ギデオンさんの笑い声は、岩壁にこだました。
規律に厳しい人かと思っていたが、笑うとどこか兄貴分のように優しい。
やがてダンジョンの最深部に到達した。巨大な空洞が広がり、天井から滴る水滴が静かに響く。
中央には、青白く光る結晶柱。精霊力の吹き溜まりだ。
「小規模だが、魔獣の質も悪くない。新兵の訓練場として残してもいいな……」
ギデオンさんがメモを取っていた。リアも同じようにメモを取り、キョロキョロしている。
僕とリアは、最深部の部屋中央の地面を見ていた。
「なんか、すごい精霊力を感じる……ダンジョンだから?」
フレイアが呟く。
確かに、精霊力の流れが脈打つように動いている。
ギデオンさんも頷く。
「ダンジョンの魔獣は、精霊力を媒介に血肉を得る。これほどの濃い精霊力なら、すぐに新たな魔獣が生まれるだろう……よし、調査はこんなところか」
調査を終え、帰路につく。
外へ出ると、山風が冷たく頬を撫でた。
ギデオンさんは深く息を吸い、空を見上げる。
日が傾き始めている。岩都はそう遠くないので、野営するまでもないだろう。
「……さあ、帰ろうか」
その声は、どこか寂しそうだった。
僕も、リアも、フレイアも、ギデオンさんが何か悲しんでいると気付いた。
「……ああ、すまないね。どうしても、夕日を見るといろいろ思い出してしまって」
「……家族のこと、ですか」
「ああ。以前、少しだけ言ったね……魔獣の大量発生、スタンピードで妹が亡くなったと。あの日も、夕方……夕日が赤く染まっていた」
ギデオンさんは小さく微笑んで言う。
「すまない、変なことを言ったな。さあ、帰ろう。戻ったら食事を奢らせてくれ。いい店を知ってるんだ」
その夜、町に戻った僕たちはささやかな打ち上げをした。
岩塩のスープ、焼いた獣肉、そして香ばしい黒パン。
テーブルの向こうで、リアとフレイアが笑いながらワインを注ぎ合う。
ギデオンも珍しく杯を傾けていた。
「この国の戦士たちは、こうして勝利の後に静かに杯を交わす。派手な祝宴はない。ただ生き残れたことを祝う。それが我々の流儀だ」
「いい風習ですね」
「……ああ。だが、今日ばかりは少し賑やかでもいいかもしれん」
その笑顔を見て、僕は確信した。
――この人は、まだ『守るもの』を失っていない。
そして、きっとその想いが、これから訪れる嵐の中で光になるんだろう。




